フリーランスのエンジニアやデザイナーに業務を発注している企業にとって、2024年11月に施行されたフリーランス保護法への対応は避けて通れない課題です。なかでも「書面交付義務」は、発注のたびに対応が求められる実務的な義務であり、未対応のまま取引を続けると法的リスクにさらされる可能性があります。
「書面で条件を明示しなければならないのは分かった。でも何を書けばいいのか、どこまで書けば大丈夫なのか」――そう感じている担当者の方は少なくありません。法律の条文を読んでも専門用語が多く、自社の発注書フォーマットのどこをどう直せばよいか、判断がつきにくいのが実情です。
本記事では、フリーランス保護法の書面交付義務(3条書面)について、発注実務の担当者が「明日から使える」レベルで理解できるよう解説します。必須記載8項目の記載例、発注書ひな形、業務委託メールのテンプレート、そして自社の対応状況を確認できるチェックリストを合わせてお届けします。
フリーランス保護法の書面交付義務とは

2024年11月1日に施行された「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス・事業者間取引適正化等法)」、通称フリーランス保護法は、フリーランスとして業務委託を受ける個人(特定受託事業者)が安定して働ける環境を整備することを目的とした法律です(政府広報オンライン)。
書面交付義務(3条通知)の概要
フリーランス保護法の第3条は、発注者(業務委託事業者)がフリーランスに業務を委託した場合に、「直ちに」書面または電磁的方法(メール・チャット等)で取引条件を明示する義務を定めています。
この「3条通知」が義務化された背景には、フリーランスとの取引では口頭だけのやり取りや、条件が曖昧なまま業務が開始されるケースが多く、報酬のトラブルや一方的な条件変更が生じやすかった実態があります。
対象となる取引:
- 発注者が個人事業主を含む事業者であること(法人・個人を問わない)
- 受注者が従業員を雇用せずに事業を行う個人事業者(特定受託事業者)であること
- フリーランスに業務委託をする場合、取引の規模・金額・業種を問わず対象
従来の発注フローとの違い
フリーランス保護法施行前は、「発注書を出さずに口頭で条件を伝える」「メールに金額と納期だけ書く」といった対応でも問題になりにくい環境でした。しかしフリーランス保護法施行後は、規定の8項目を網羅した書面の交付が義務となっています。
既存の発注書フォーマットが法に対応しているかどうか、自社の発注フローを一度見直す必要があります。
発注書(3条書面)に記載必須の8項目
3条書面(発注書)には、以下の8つの必須事項をすべて記載する必要があります(公正取引委員会 フリーランス法特設サイト)。
8項目一覧と記載例
# | 項目 | 記載例(エンジニア発注の場合) |
|---|---|---|
1 | 発注事業者・受注者の名称 | 委託者: 株式会社○○(以下「甲」)/ 受託者: 田中太郎(以下「乙」) |
2 | 業務委託をした日 | 2025年6月1日 |
3 | 業務の内容 | Webアプリケーション管理画面のフロントエンド実装(React.js使用、設計書に基づく) |
4 | 給付を受領する期日(納期) | 2025年6月30日 |
5 | 給付を受領する場所 | GitHub リポジトリ(https://github.com/example/project)へのプッシュ、または電子メール添付 |
6 | 検査完了期日 | 2025年7月7日(納品後7日以内) |
7 | 報酬の額 | 金500,000円(消費税別) |
8 | 支払期日 | 2025年7月31日 |
※ 支払方法については「銀行振込」「指定口座」など、支払手段も明記しておくことが推奨されます。
よくある書き漏れ・曖昧記載パターン
実務でよく発生するNG記載のパターンと、適切な修正例を確認しておきましょう。
NG例と修正例:
項目 | NG例 | OK例 |
|---|---|---|
業務内容 | 「Webサイト制作」 | 「コーポレートサイトのHTML/CSSコーディング、5ページ分、デザインカンプに基づく」 |
納期 | 「来月末まで」 | 「2025年6月30日」(具体的な日付を記載) |
報酬 | 「30万円程度」 | 「金300,000円(消費税別)」(確定した金額または計算式を記載) |
支払期日 | 「翌月末払い」 | 「納品検収後、翌月末日」または「2025年7月31日」(具体的な日付または計算方法) |
検査完了期日 | 記載なし | 「納品後14日以内」または「2025年7月14日」 |
「業務内容」と「報酬」の二項目が曖昧になりやすく、後のトラブルの原因になりがちです。業務内容は、成果物の仕様・数量・品質基準を相手が理解できるレベルで具体的に書くことが求められます。
発注書(3条書面)のひな形

実際に使える発注書のひな形を2パターン紹介します。
単発発注書フォーマット(PDF・Word送付用)
以下は8項目を満たした発注書のフォーマット例です。自社のロゴや体裁に合わせて調整してお使いください。
業務委託発注書
発行日: 年 月 日
発注番号: No.〇〇〇〇
【委託者(発注者)】
社名: 株式会社○○
担当者: ○○ ○○
住所: 〒000-0000 東京都○○区○○
【受託者(フリーランス)】
氏名(またはビジネスネーム): ○○ ○○
──────────────────────────────────
1. 業務委託をした日: 年 月 日
2. 業務の内容:
(例: ECサイトのランディングページデザイン制作、
Figmaを使用したPC・スマートフォン各1案、
デザインガイドラインに基づく)
3. 納品物・納品方法:
(例: Figmaの共有リンクまたはPDFファイル一式を電子メールにて)
4. 納期(給付受領期日): 年 月 日
5. 検査完了期日: 年 月 日(納品後 日以内)
6. 報酬の額: 金 円(消費税別)
計算方法:(単価×数量など必要に応じて記載)
7. 支払期日: 年 月 日
(または: 検収完了後、翌月末日)
8. 支払方法: 銀行振込
振込先: ○○銀行 ○○支店 普通 口座番号0000000
振込名義: ○○ ○○
──────────────────────────────────
本発注書の内容に同意の場合は、返信または署名の上ご返送ください。
以上
メール・チャットで取引条件を明示するひな形
メールやSlack等のチャットツールでも書面交付義務を満たすことができます(後述)。以下のテンプレートを参考に、必要事項をメール本文に記載してください。
件名: 【業務委託発注のご連絡】○○案件 発注No.〇〇〇〇
○○様
お世話になっております。株式会社○○の○○です。
このたびは以下の内容で業務をお願いしたく、発注のご連絡を差し上げます。
─────────────────────────────
■ 業務委託発注内容
発注日: 〇〇〇〇年〇〇月〇〇日
業務の内容:
コーポレートサイトのLP(ランディングページ)制作
仕様: HTML/CSS/JS(レスポンシブ対応)、1ページ
詳細は添付の仕様書をご確認ください
納品物・納品方法:
完成ファイル一式(GitHub リポジトリまたはZIP形式)
納期: 〇〇〇〇年〇〇月〇〇日
検査完了期日: 納品後7日以内(〇〇〇〇年〇〇月〇〇日まで)
報酬: 金〇〇〇,〇〇〇円(消費税別)
支払期日: 〇〇〇〇年〇〇月〇〇日
支払方法: 銀行振込(請求書受領後)
振込先は貴殿よりいただいた口座情報にお振込みいたします。
─────────────────────────────
ご不明な点がございましたらお気軽にご連絡ください。
よろしくお願いいたします。
既存の発注書フォーマットへの最小修正版
「今使っている発注書フォーマットをできるだけ変えたくない」という場合は、不足している項目だけを追記する方法でも対応可能です。
多くの既存フォーマットには「件名(業務内容)」「金額」「納期」は記載されています。これらに加えて以下の4項目が未記載の場合は追記してください。
不足しがちな項目 | 追記例 |
|---|---|
業務委託をした日(発注日) | 「発行日」欄を設け、発注時点の日付を記載 |
検査完了期日 | 「検収期限」欄を追加し「納品後〇〇日以内」と記載 |
給付受領場所(納品場所・方法) | 「納品方法」欄を追加し、具体的な納品先を記載 |
支払方法 | 「支払方法」欄を追加し振込先・手段を記載 |
書面交付の方法 — 紙・メール・電子契約の選び方

フリーランス保護法では、書面交付の方法について柔軟な対応が認められています。
電磁的方法で交付できる条件
以下の電磁的方法(電子的な手段)が認められています(公正取引委員会):
- 電子メール(添付ファイル・本文記載どちらでも可)
- SMS・チャットツールのダイレクトメッセージ(Slack、LINE Works、Chatwork等)
- FAX(受信データが記録・保存できる場合)
- CD-R・USBメモリ等の記録媒体
ただし、SNSへの「投稿」や「掲示板への書き込み」はフリーランス本人への直接通知にならないため、3条通知として認められません。必ず「相手に直接届く手段」で送信する必要があります。
なお、下請法では電磁的方法による交付にはあらかじめ受注者の同意が必要でしたが、フリーランス保護法では事前同意は不要です。これがフリーランス保護法独自のルールとして重要なポイントです(マネーフォワード クラウド契約)。
電子契約ツールを使う場合の注意点
電子契約ツール(DocuSign、クラウドサイン等)を使用して取引条件の書面交付を行うことも可能です。この場合、ツール側が交付記録を管理するため、後のトラブル時に証拠として活用しやすいメリットがあります。
メール・チャットで交付した場合の保存管理:
メールやチャットで交付した発注内容は、後から参照できるよう記録を保存しておくことが推奨されています。特にチャットツールでは、メッセージが削除されたり、アカウント変更でアクセスできなくなるリスクがあります。定期的なスクリーンショット保存や、発注履歴の別ファイル管理を検討してください。
フリーランスから紙を要求された場合:
電磁的方法で交付した場合でも、フリーランスから「書面(紙)での交付を求める」請求があった場合は、当該業務の報酬支払いが完了するまでの間、紙の書面を交付する義務があります。フリーランスからの請求を受け付ける窓口を担当者に周知しておきましょう。
発注者が注意すべき追加義務
書面交付(3条義務)以外にも、フリーランス保護法が発注者に課す義務があります。書面交付だけ対応して他を漏らさないよう、主要な追加義務を把握しておきましょう。
支払期日60日以内ルール(4条)
成果物の受領日を起算日として60日以内に報酬を支払うことが義務付けられています。60日を超える日を支払期日として契約した場合でも、法律上の支払期日は受領日から60日以内となります(freee)。
既存の「翌々月末払い」「90日サイト」等の支払条件は、フリーランス保護法の下では適法ではない可能性があります。取引先フリーランスとの支払条件を確認し、60日ルールに対応しているか確認が必要です。
やってはいけない禁止行為(5条)
業務委託期間が1ヶ月を超える取引では、以下の行為が禁止されます:
- 成果物の不当な受取拒否
- 一方的な報酬の減額
- 不当な返品・やり直しの強制
- 著しく低い報酬での発注(買いたたき)
- 自社商品・サービスの購入強制
継続的取引(6ヶ月超)に追加される義務
6ヶ月以上の継続的な業務委託では、書面交付・支払60日ルールに加えて以下の義務が生じます:
- 育児・介護への配慮(13条): フリーランスから申出があった場合、業務遂行への必要な配慮義務
- ハラスメント対策(14条): セクハラ・パワハラ等の相談対応体制の整備義務
- 契約解除の予告(16条): 発注者都合での解除は30日前までに通知が必要
対応チェックリスト — 自社は書面交付義務を満たしているか

以下のチェックリストを使って、現在の発注フローを確認してください。
書面交付(3条)対応チェック
- フリーランスに業務を委託する際、書面またはメールで取引条件を交付しているか
- 発注書または業務委託メールに8項目(発注者・受注者名/発注日/業務内容/納期/納品場所/検査完了期日/報酬額/支払期日)が全て記載されているか
- 業務内容が「相手が理解できる程度に具体的」に記載されているか
- 支払期日が成果物受領から60日以内に設定されているか
- フリーランスから紙の書面を要求された場合の対応フローが社内で決まっているか
禁止事項・追加義務チェック
- 1ヶ月超の取引において、禁止行為(報酬の不当な減額・受取拒否等)が発生していないか
- 6ヶ月以上の継続取引について、ハラスメント相談窓口の周知が完了しているか
- 6ヶ月以上の継続取引について、育児・介護配慮の申出窓口が設定されているか
- 継続取引の終了時は30日前までに通知する運用が整備されているか
全ての項目にチェックが入れば、フリーランス保護法の主要義務に対応できている状態です。未チェックの項目がある場合は、まず書面交付(3条)から優先して対応を進めてください。
フリーランスとの取引は今後ますます増えていくことが予想されます。法令対応を後回しにせず、発注フローと発注書フォーマットの見直しを今のうちに進めておくことが、トラブルのないパートナーシップ構築につながります。



