「フリーランスの方が正社員より安いと聞くけれど、実際どれくらい違うのか」——上長からこう問われて、稟議添付用の比較データを探し始めた方は少なくないはずです。しかし競合記事を数本読み比べてみると、「月給比較」「メリット・デメリット」「一般的な相場」と抽象度がバラバラで、自社の案件に当てはめられる数字はなかなか見つかりません。
背景には、エンジニア確保のコスト比較が本質的に「単月給与の比較」では成立しない事情があります。正社員採用には社会保険料・採用手数料・オンボーディング期間の生産性ロスが積み上がり、フリーランス発注には契約管理工数や2024年施行のフリーランス保護法対応が加わります。受託開発会社に発注すれば発注側の PM 工数と要件定義工数が発生します。どれを選ぶかで「見えない差額」の構造がまるごと入れ替わるため、月額単価だけを並べた比較表では意思決定を誤る可能性があります。
さらに稟議で説得力を持たせるには、単発の総コスト比較だけでなく「プロジェクト期間が何ヶ月を超えたら、どの選択肢が最安になるか」という損益分岐点まで示す必要があります。上長は「一番安い方法は?」を必ず聞いてくるからです。
本記事では、正社員採用・フリーランス直接契約・受託開発会社発注の3択について、隠れコストまで含めた総コスト構造を分解し、プロジェクト期間別の損益分岐点と判断フレームを提示します。読み終えたときに、稟議書にそのまま貼り付けられる比較サマリと選択根拠を持ち帰れる状態を目指して解説します。
正社員採用とフリーランス発注のコストは、なぜ「単純比較」できないのか

「月給 60 万円の正社員と、月額 60 万円のフリーランス。どちらも同じコストでしょ?」という問いかけは、稟議の現場でよく耳にします。ですが、この単純比較は意思決定を誤らせる典型的な罠です。給与や報酬という「見えている数字」の裏側で、企業側が実際に負担している金額は選択肢ごとに大きく異なります。
単月コスト比較で見落とされる「見えない差額」5項目
正社員採用とフリーランス発注の総コストを比較する際、給与だけを見ていると次の5項目が視界から漏れます。
- 法定福利費(社会保険料の企業負担分): 健康保険・厚生年金・雇用保険・労災保険など、企業が上乗せで負担する保険料です。給与総額のおよそ 15% 前後が企業負担として上乗せされます(全国健康保険協会 令和8年度保険料額表、厚生労働省 厚生年金保険料額表)。フリーランス発注ではこの負担が発生しません。
- 採用費(求人媒体・紹介手数料・自社担当者工数): エンジニア1名を採用するのに数十万〜数百万円かかることは珍しくありません。一方、フリーランス発注では業務委託契約書の作成コストのみで済むケースが多いです。
- オンボーディング期間の生産性ロス: 正社員は入社後3〜6ヶ月程度、フルパフォーマンスに至るまでの立ち上がり期間があります。この間の給与は支払われますが、期待するアウトプットは半分以下というのが実感値です。フリーランスは即戦力前提の契約なので、この期間コストが基本的にありません。
- 退職リスク: 正社員が想定より早く退職すると、採用費が回収できないだけでなく、次の採用までの空白期間・引き継ぎコストが発生します。フリーランス契約は期間を区切って更新する運用が一般的で、契約終了時のコストは相対的に軽微です。
- 契約解除・スコープ変更の柔軟性: 正社員は不況・案件終了時にすぐ人員調整できません。フリーランスは更新のタイミングで契約規模を調整でき、受託開発会社との契約は成果物単位で完結します。
これら5項目は、単月の給与比較では絶対に見えてきません。稟議で「フリーランスの方が安い」と主張するなら、この5項目まで含めて数字を組み立てる必要があります。
意思決定に使うべき3つの比較軸
見えない差額をどう組み込めばよいか。実務では次の3つの比較軸で整理すると、稟議での説明が破綻しません。
- 人件費本体(給与または月額報酬): 表面的な単価。もっとも比較しやすいが、これ単体では判断できません。
- 初期コスト(採用費・オンボーディング期間の生産性ロス・契約準備コスト): 契約開始時点で一度だけ発生するコスト。正社員採用ではここが最も大きくなります。
- 期間別総コスト(人件費本体 × 期間 + 初期コスト + 管理コスト): プロジェクト期間全体を通じて累計いくらかかるか。3ヶ月・6ヶ月・1年・2年以上で最安の選択肢が入れ替わります。
本記事の後半では、この3軸をそれぞれ具体的な金額で分解し、最終的に「期間別総コスト」で3択のどれを選ぶべきかを示していきます。
3つの選択肢の総コスト構造を並べて理解する

エンジニア確保の選択肢は、正社員採用とフリーランス発注の二択で語られがちですが、実務ではもう一つ「受託開発会社への発注」という第3の選択肢があります。稟議で「一番安い方法」を説明するには、3択すべてを同じ土俵に並べる必要があります。ここでは各選択肢のコスト構造を分解し、章末で3列並んだ比較サマリ表を提示します。
正社員採用の総コスト構造
正社員採用の年間総コストは、次の4要素の合計として整理できます。
- 給与本体: 年収 600〜900 万円クラス(Web エンジニア中堅レイヤー)
- 法定福利費: 給与本体のおよそ 15% 前後(社会保険料の企業負担分)
- 採用費: 求人媒体費・人材紹介手数料・自社採用担当者の工数を合算して、1名あたり数十万〜数百万円
- オンボーディングコスト: 入社後3〜6ヶ月間の生産性ロス(給与は 100% 支払っているが、アウトプットは 30〜60% 程度)
初年度は採用費とオンボーディングコストが乗るため、給与本体の 1.5〜2 倍程度が実質負担額の目安になります。2年目以降は法定福利費のみ(給与本体 × 1.15 前後)で運用できますが、退職リスクを織り込むと平均コストは再び上がります。
フリーランス直接契約の総コスト構造
フリーランス直接契約は、月額報酬の見通しが立ちやすい代わりに、企業側の管理コストが正社員雇用より重くなります。
- 月額報酬: 職種・スキルレベルによって幅がありますが、Web エンジニア中堅で月 60〜100 万円、シニア・希少スキル領域では月 100〜150 万円
- 管理工数: 契約書の作成・更新、発注書・請求書処理、週次進捗管理などで発注側担当者に月 5〜15 時間の工数
- 契約書対応: 業務委託契約書・秘密保持契約書の初回準備コスト
- フリーランス保護法対応コスト: 2024年11月に施行された「フリーランス・事業者間取引適正化等法」(公正取引委員会 フリーランス法)への対応。書面交付義務・報酬支払期日設定(発注日から60日以内)・ハラスメント相談窓口設置などの運用整備が必要
法定福利費・採用費・オンボーディングロスは基本的に発生しません。ただし、企業側が発注管理体制を整えていない場合、上記の管理工数が想像以上に膨らむケースがあります。
受託開発会社発注の総コスト構造
受託開発会社への発注は、成果物単位・スプリント単位でコストが確定するため、稟議上の予算確保がもっとも容易な選択肢です。
- 契約金額(一括・準委任・月額制のいずれか): 案件規模と契約形態によって幅があり、小規模 Web システムで 300〜500 万円、月額制準委任で月 100〜300 万円というのが目安
- 要件定義工数: 発注前に発注元が要件を整理する工数(発注元 PM の 20〜60 時間)
- 発注側 PM 工数: 発注後の進捗確認・受入テスト・仕様調整の工数(週 3〜5 時間程度)
受託開発会社と一口に言っても、月額制準委任・SIer・従来型ウォーターフォール受託でコスト構造が異なります。契約形態別の詳細な比較は、月額制開発と SIer・受託開発の違いで三者比較の判断軸を整理しているため、こちらもあわせてご確認ください。
3択比較サマリ表(6ヶ月プロジェクト・1名相当を想定した基準ケース)
Web アプリケーションエンジニア中堅レイヤー1名相当・プロジェクト期間6ヶ月を想定した場合の総コスト目安を、3択で並べたサマリが次の表です。数字はあくまで基準ケースの目安であり、個別案件では詳細な条件で試算する必要があります。
コスト項目 | 正社員採用(新規1名) | フリーランス直接契約(月額80万円) | 受託開発会社発注(月額制準委任) |
|---|---|---|---|
人件費本体(6ヶ月) | 給与 350〜450 万円 | 月 80 万円 × 6 = 480 万円 | 月 120 万円 × 6 = 720 万円 |
法定福利費 | 給与の約 15%(約 55 万円) | 発生なし | 発生なし(契約金に内包) |
採用費 | 100〜200 万円 | 発生なし(契約書コストのみ) | 発生なし |
オンボーディングロス | 3ヶ月分の生産性ロス相当(100〜200 万円) | 軽微 | 軽微(引継ぎ後は自走) |
管理コスト(発注側工数) | 育成・評価工数(月 5〜10 時間) | 月 5〜15 時間相当 | 月 3〜5 時間相当 |
6ヶ月累計目安 | 約 605〜805 万円 | 約 490〜510 万円 | 約 730〜760 万円 |
この表だけを見ると「6ヶ月ならフリーランス直接契約が最安」に見えますが、これは基準ケースの前提条件(中堅スキル・単発案件・社内に受け皿担当者がいる)が成り立った場合の話です。プロジェクト期間・スキル希少度・体制構築フェーズによってこの数字は逆転します。次章以降で、各コスト項目をより実額で分解しながら、期間別・条件別の逆転ラインを提示していきます。
正社員採用の"隠れコスト"を具体金額で分解する
正社員採用のコストは「給与 × 1.5〜3 倍」と一般論で語られがちですが、稟議で説得力を持たせるには実額に分解する必要があります。ここでは採用費・オンボーディングロス・退職リスクの3項目を、公開されている公的統計・調査データに基づいて具体金額で示します。
採用コスト(求人媒体費+紹介手数料+自社担当者工数)の分解
エンジニア1名を採用するのにかかるコストは、外部コストと内部コストに分けて考えると理解しやすくなります。
外部コスト
- 求人媒体費: 主要な求人媒体の掲載費用は、月額数十万円から数百万円のレンジで、掲載期間・オプションによって変動します
- 人材紹介手数料: 紹介会社経由の場合、成約年収の 30〜35% が相場です。年収 700 万円のエンジニアなら 210〜245 万円が紹介手数料として発生します
- ダイレクトリクルーティング利用料: スカウト型サービスの年間利用料が数十万〜数百万円
内部コスト
- 採用担当者の工数: 1名採用するのに、書類選考・面接調整・面接実施・入社手続きで合計 40〜80 時間程度の工数
- 面接官(エンジニア)の工数: 現場エンジニアが1次〜3次面接で費やす工数。1名採用あたり合計 20〜40 時間程度
就職みらい研究所の「就職白書2020」では、2019年度の中途採用1人あたり平均採用コストは 103.3 万円と報告されており(就職みらい研究所 就職白書2020)、エンジニア職に限定するとこの水準を上回ることが一般的です。近年は求人媒体・スカウトサービスの多様化により実額はさらに拡大傾向にあります。
オンボーディング期間(3〜6ヶ月)の生産性ロスの計算式
入社直後のエンジニアは、コードベースの把握・開発環境の構築・チーム内の暗黙知の吸収に時間を要します。この期間、給与は 100% 支払っていますが、期待するアウトプットには達しません。
実務的な計算式は次のとおりです。
オンボーディングロス = 月給 × オンボーディング月数 × (1 - 生産性到達率)
- オンボーディング月数: 3〜6ヶ月
- 生産性到達率: 1ヶ月目 30%、2ヶ月目 50%、3ヶ月目 70%、4ヶ月目以降 90% を目安
月給 60 万円のエンジニアの場合、オンボーディングロスは次のように試算できます。
- 1ヶ月目: 60 × (1 - 0.3) = 42 万円のロス
- 2ヶ月目: 60 × (1 - 0.5) = 30 万円のロス
- 3ヶ月目: 60 × (1 - 0.7) = 18 万円のロス
合計 90 万円が「実質的に労働に対応していない給与」として発生します。オンボーディング期間を6ヶ月に延長するとロス総額は 120〜150 万円まで増加します。
退職リスクを織り込んだ 3 年トータルコスト
厚生労働省の雇用動向調査によれば、産業計の入職率・離職率はいずれも年 15% 前後で推移しており、業界による差はあるものの1年以内の早期離職は一定割合で発生します(厚生労働省 令和5年雇用動向調査結果の概況)。IT・エンジニア領域では平均勤続年数が他業界より短い傾向もあり、採用計画では退職リスクを織り込んで平均コストを算出することが実務的です。
3年トータルコストの試算式は次のとおりです。
3年トータル人件費 = (年収 + 法定福利費 + 教育費) × 3年
+ 採用費 × (1 + 期間中退職率)
+ 退職時の引継ぎ・空白期間コスト
年収 700 万円・法定福利費 15%・採用費 200 万円・3年以内退職率 30% と仮定すると:
- 3年間の人件費: (700 + 105 + 20) × 3 = 2,475 万円
- 採用費: 200 × 1.3 = 260 万円
- 退職時コスト: 100〜150 万円(引継ぎ工数 + 3ヶ月の空白期間)
3年トータル: 約 2,835〜2,885 万円
年平均 950 万円程度と見積もると、月額換算で 79 万円程度になります。この数字が「正社員採用の実質月額コスト」の目安として、稟議での比較基準になります。
社会保険料の企業負担詳細は既存記事に譲る
社会保険料の企業負担率・具体的な逆転ライン計算は本記事のスコープを超えるため、詳細な計算例と月額別の負担額比較はフリーランスと正社員の社会保険料差額で詳細計算しています。稟議書の別紙として活用する場合は、こちらの記事の試算表を併用してください。
フリーランス発注の総コストを"稟議前提"で計算する
フリーランス発注は「月額単価が明確」というメリットの裏側で、稟議通過後に見落とされがちな管理コスト・法対応コストが存在します。ここでは職種別単価相場・管理工数・フリーランス保護法対応の3点を具体金額で整理します。
職種別×スキルレベル別の月額単価相場(2026年時点)
フリーランスエンジニアの月額単価は、職種・スキルレベル・稼働率(週何日フルタイム相当か)で幅があります。2026年時点の相場を職種別に整理すると次のとおりです。
職種 | ジュニア(3年未満) | ミドル(3〜7年) | シニア(7年以上)/希少スキル |
|---|---|---|---|
フロントエンドエンジニア | 月 50〜70 万円 | 月 70〜90 万円 | 月 90〜120 万円 |
バックエンドエンジニア | 月 55〜75 万円 | 月 75〜100 万円 | 月 100〜130 万円 |
フルスタックエンジニア | 月 60〜80 万円 | 月 80〜110 万円 | 月 110〜140 万円 |
インフラ・SRE | 月 65〜85 万円 | 月 85〜110 万円 | 月 110〜150 万円 |
AI/ML エンジニア | 月 70〜90 万円 | 月 90〜120 万円 | 月 120〜180 万円 |
PM・テックリード | 月 80〜100 万円 | 月 100〜130 万円 | 月 130〜170 万円 |
2026年の単価トレンドとして注目すべき点は「生成 AI 活用度による単価変動」です。GitHub Copilot・Claude Code などの生成 AI ツールを日常的に使いこなせるエンジニアは、同じスキルレベルでも月 10〜20 万円上乗せの単価が付くケースが増えています。単純作業の代替が進んだ結果、上流設計・アーキテクチャ判断ができる人材への需要が集中しているためです。
発注側で発生する管理工数(契約・請求・進捗管理)の月次コスト
フリーランスに発注するときの管理工数は、企業規模と管理体制の成熟度で大きく変わります。実務的な内訳と工数目安は次のとおりです。
工数項目 | 月次工数目安 | 発生タイミング |
|---|---|---|
契約書作成・更新 | 初回 3〜5 時間、更新時 1 時間 | 契約時・更新月 |
発注書・請求書処理 | 月 1〜2 時間 | 毎月 |
週次進捗確認・仕様調整 | 月 4〜8 時間 | 毎週 |
成果物レビュー・受入テスト | 月 4〜8 時間 | 成果物提出時 |
支払い処理 | 月 0.5〜1 時間 | 毎月 |
合計すると、フリーランス1名あたり 月 10〜20 時間 の発注側工数が発生します。管理部門の時給を 5,000 円と仮定すると、月 5〜10 万円相当のコストが上乗せされる計算です。この工数を「見えない管理コスト」として稟議書に含めておくと、上長から「発注後に想定外の作業が増えた」と後追いで指摘されるリスクを減らせます。
フリーランス保護法対応で企業が新たに負担する運用コスト
2024年11月に施行された「フリーランス・事業者間取引適正化等法」(通称: フリーランス保護法、正式名称: 特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)により、フリーランスに業務委託する企業は次の義務を負うようになりました(公正取引委員会 フリーランス法特設サイト)。
- 書面(電磁的方法を含む)による取引条件の明示義務: 業務内容・報酬額・支払期日・給付を受領する場所などの明示
- 報酬の支払期日設定義務: 発注事業者が給付を受領した日から60日以内の支払い
- 募集情報の的確な表示義務: 実際の条件と異なる募集情報の掲示禁止
- ハラスメント相談窓口の設置義務: 一定の要件を満たす発注事業者に対して
- 中途解除・不更新の30日前予告義務: 6ヶ月以上継続する取引の場合
これらの対応にかかる企業側の運用コストとして、初期整備コスト(規程整備・契約書雛形の作成・相談窓口の設置)が数十万〜100 万円程度、継続的な運用コスト(フリーランス1名あたり月 1〜2 時間の管理工数追加)が発生します。既にフリーランス発注が定常化している企業では追加負担は限定的ですが、初めてフリーランスに発注する場合は初期整備コストを稟議に含めておくことをおすすめします。
プロジェクト期間別の「損益分岐点」で判断する

ここまで整理してきた3択のコスト構造を踏まえて、本章ではプロジェクト期間ごとにどの選択肢が最安になるかを実額で試算します。「短期はフリーランス」「長期は正社員」という定性的な結論に、具体的な逆転ラインで根拠を与えるのが目的です。
基準ケースの前提
期間別試算を組み立てるにあたり、次の共通条件を基準ケースとして設定します。個別案件では自社条件で差し替えて再計算してください。
項目 | 基準ケースの前提 |
|---|---|
求める人材像 | Web アプリケーションエンジニア中堅レイヤー1名相当 |
稼働率 | 週5日フルタイム相当 |
正社員採用の年収 | 700 万円(法定福利費 15%・月給換算 58 万円) |
フリーランス月額単価 | 80 万円 |
受託開発会社の月額単価 | 120 万円(月額制準委任・PM を含む体制) |
正社員採用の採用費 | 200 万円 |
オンボーディング期間 | 3ヶ月(生産性到達率 30% / 50% / 70%) |
管理コスト(時給換算) | 5,000 円 |
3年以内退職率 | 30%(3年以上プロジェクトの場合のみ計算対象) |
期間別総コスト試算表
上記の基準ケースをもとに、期間別の総コストを試算した結果が次の表です。
プロジェクト期間 | 正社員採用 | フリーランス直接契約 | 受託開発会社発注 |
|---|---|---|---|
3ヶ月 | 約 490〜540 万円 | 約 245〜265 万円 | 約 365〜380 万円 |
6ヶ月 | 約 605〜805 万円 | 約 490〜510 万円 | 約 730〜760 万円 |
1年 | 約 1,175〜1,275 万円 | 約 985〜1,015 万円 | 約 1,460〜1,510 万円 |
2年以上 | 約 2,000〜2,200 万円/年 換算で年 950 万円 | 約 985〜1,015 万円/年 | 約 1,460〜1,510 万円/年 |
- 正社員採用は初期の採用費とオンボーディングロスで初年度が跳ね上がり、2年目以降はコストが下がります
- フリーランス直接契約は初期コストが軽い分、短期案件で明確な優位性を持ちます
- 受託開発会社発注は PM を含めた体制コストが乗るため、単純な人月換算では割高に見えます
期間別の最安選択肢
上記の試算から、期間別の最安選択肢と支配的なコスト項目は次のように整理できます。
プロジェクト期間 | 最安選択肢 | 支配的なコスト項目 |
|---|---|---|
3ヶ月以下 | フリーランス直接契約 | 正社員採用の採用費・オンボーディングロスが期間に対して過大 |
6ヶ月〜1年 | フリーランス直接契約が最安、受託開発会社は要件定義工数を発注側で圧縮できる場合に競合 | 正社員採用は初期コストの回収が終わらないため不利 |
1年〜2年 | フリーランス直接契約と正社員採用が拮抗、案件特性で判断 | 採用に成功する前提が置ければ正社員採用の年間コストが下がる |
2年以上 | 正社員採用 | 採用費・オンボーディングロスが期間で希釈される |
ただし、この表は「エンジニア1名相当・単発案件・希少スキル要件なし」の基準ケースにおける整理です。スキル希少度・体制構築フェーズによって逆転ラインは移動します。次章でこの補助線を提示します。
詳細シミュレーションのカスタマイズ
上記の試算表は「基準ケース」を1枚に集約した簡易版です。年収レンジ・稼働率・採用費・オンボーディング期間などを自社条件で入れ替えたい場合は、Excel でシミュレーションを組むと再現できます。ステップごとの計算過程・変数入替パターンを詳しく確認したい場合は、外注 vs 正社員のコストシミュレーションで詳細な変数入替の手順を解説しているため、あわせてご確認ください。
スキル希少度・体制構築フェーズ別の判断フレーム

期間軸だけでは決められないケースがあります。「6ヶ月案件だけど AI/ML の希少スキルが必要」「PoC の段階だから体制も流動的」——こうした変則ケースでは、期間軸に「スキル希少度」と「体制構築フェーズ」の2軸を追加して判断する必要があります。
スキル希少度×採用形態の逆転ケース
前章の期間別試算では、フリーランスの月額単価を 80 万円と置きました。しかし、AI/ML・SRE・セキュリティ・データエンジニアリングなどの希少スキル領域では、フリーランス単価が月 130〜180 万円まで跳ね上がるケースがあります。
一方で、こうした希少スキルは正社員採用の難易度も極めて高く、採用手数料の相場も年収の 35% 上限を超えることが珍しくありません。また、採用できたとしても市場価値と社内給与テーブルの乖離により早期退職リスクが高まります。
結果として、希少スキル領域では以下のような逆転現象が起こります。
- 1〜2年の案件: フリーランス月 150 万円(年 1,800 万円)< 正社員年収 1,500 万円 + 採用費 500 万円 + 早期退職リスクを織り込むと、フリーランスの方が実質安い可能性が高い
- 3年以上の案件: 正社員採用が有利になるが、そもそも採用できないリスクがあり、フリーランス継続契約の方が確実性が高い
「希少スキルを短期〜中期で確保したい場合はフリーランス・受託の方が総コストで有利」という点は、稟議書で強調しておく価値があります。
体制構築フェーズ別の推奨選択肢
体制構築フェーズによっても、最適な選択肢は変わります。プロダクト・システムのライフサイクルにおける代表的な4フェーズと、それぞれで推奨される選択肢は次のとおりです。
フェーズ | 案件の特徴 | 推奨選択肢 | 理由 |
|---|---|---|---|
PoC(概念実証) | 数週間〜3ヶ月の検証、要件不確実 | フリーランス or 受託開発会社 | 短期・撤退容易性が最優先。正社員採用は間に合わない |
MVP(初期プロダクト) | 3〜6ヶ月で最小機能を市場投入 | 受託開発会社(月額制準委任)またはフリーランス複数名 | スピード優先、要件が固まりきっていない時期は月額制準委任が親和性高い |
本格運用(グロースフェーズ) | 継続的な機能追加、6ヶ月〜数年 | 正社員採用+フリーランス補完 | ドメイン知識の内製化が競争力に直結。コア機能は正社員、瞬発力が必要な追加開発はフリーランス |
保守・改修 | 既存システムの継続保守、変動需要 | 受託開発会社(月額制または成果物単位) | 稼働の波が大きい場合は自社リソースを固定化しない方が経済合理性が高い |
判断マトリクスと意思決定フローチャート
期間軸・スキル希少度・体制構築フェーズの3軸を組み合わせた判断マトリクスは、次のようになります。
期間 × スキル | 一般的スキル | 希少スキル |
|---|---|---|
3ヶ月以下 | フリーランス直接契約 | フリーランス直接契約 |
6ヶ月〜1年 | フリーランス直接契約 or 受託開発会社 | フリーランス直接契約 |
1〜2年 | フリーランス直接契約 or 正社員採用 | フリーランス直接契約(継続) |
2年以上 | 正社員採用 | 正社員採用(採用可能な場合)or フリーランス継続 |
迷ったときの意思決定フローとしては、次の順で問いを立てると答えが出やすくなります。
- プロジェクト期間は2年未満か? → Yes: フリーランスまたは受託を優先検討 / No: 次の問いへ
- 求めるスキルは希少領域(AI/ML・SRE・セキュリティ・データ)か? → Yes: フリーランス長期契約を優先検討 / No: 次の問いへ
- 要件が固まっており、社内に PM 経験者がいるか? → Yes: フリーランス直接契約が有力 / No: 受託開発会社(月額制準委要)を優先検討
- ドメイン知識の内製化が競争優位に直結するか? → Yes: 正社員採用を検討 / No: 現在の体制を継続
この4問で、稟議書に貼れる選択根拠がある程度まで固まります。
稟議に持っていくためのアクション整理

ここまでの内容を、稟議書にそのまま転記できる形に整理します。上長に対して「一番安い方法は何か」を回答するために必要な材料は、次の3つに集約されます。
稟議書に転記する3つの材料
材料1: 3択比較サマリ表
先ほど提示した「3択比較サマリ表(6ヶ月プロジェクト・1名相当を想定した基準ケース)」を、自社のプロジェクト期間・年収レンジ・単価に置き換えて再作成します。数字の根拠は本記事に加え、社会保険料の詳細・詳細シミュレーションを扱った既存記事を参照するとより精緻な計算になります。
材料2: プロジェクト期間別の総コスト
「うちのケースは6ヶ月案件だからフリーランス直接契約が最安、6ヶ月時点で総額約 490〜510 万円」といった形で、自社の案件期間に合わせた総コストを1枚にまとめます。損益分岐点(この期間を超えると別の選択肢が有利になる境界線)を併記すると、上長からの追加質問にも即応できます。
材料3: 選択理由の3〜5行サマリ
比較表と総コストの下に、選択理由を3〜5行の文章で添えます。例えば次のようなテンプレートが使えます。
本件は6ヶ月の新規開発案件のため、正社員採用(初期の採用費200万円+
オンボーディングロス90万円で総額約700万円)よりもフリーランス直接契約
(総額約500万円)が総コストで約30%安くなります。
希少スキル要件はなく、要件も固まっているため、直接契約による発注が
最適と判断します。契約はプロジェクト期間終了時に更新判断とし、
継続案件化した場合は正社員採用への切り替えを別途検討します。
このテンプレートに数字と選択理由を差し替えるだけで、稟議書の「選択理由」欄が完成します。
選択後に着手すべき次のステップ
稟議が通ったら、実際の発注・採用活動に入ります。選択した方式ごとに、初動で用意しておくと後戻りを減らせる項目を整理しておきます。
- フリーランス直接契約を選んだ場合: 業務委託契約書・秘密保持契約書の雛形整備、フリーランス保護法対応の書面テンプレート整備、週次進捗管理の運用ルール策定
- 受託開発会社発注を選んだ場合: 要件定義書のドラフト作成、複数社への相見積依頼、契約形態(準委任/請負/月額制)の選定基準の明確化
- 正社員採用を選んだ場合: ジョブディスクリプションの作成、選考プロセスの設計、オンボーディング計画の準備、育成メンター候補の選定
いずれの選択肢を取る場合も、判断基準・評価指標を稟議段階で言語化しておくと、プロジェクト進行中の意思決定がぶれにくくなります。
稟議書に貼れるより詳細な計算根拠や、フリーランス発注時のチェックリストをお探しの方には、外部エンジニア活用の戦略設計をまとめた外部エンジニア活用戦略ガイドをご用意しています。3択の判断基準・体制構築のステップ・失敗パターンをテンプレート形式で整理しているため、社内検討資料としてご活用いただけます。
「自社の案件だと、実際どの選択肢が最適か相談したい」という場合は、お問い合わせフォームからご相談いただけます。要件が固まっていない段階からのご相談にも対応しており、初回相談は30分無料で承っています。
よくある質問
- 正社員採用とフリーランス発注は、プロジェクトの途中で切り替えることはできますか?
可能です。PoCやMVPの段階はフリーランス・受託開発会社で進め、本格運用フェーズに入ったタイミングで正社員採用へ切り替える運用が一般的です。契約更新のタイミングで移行を判断すると、引き継ぎコストを最小限に抑えられます。
- プロジェクト期間が確定していない場合、どの選択肢を選ぶべきですか?
期間が未確定な段階では、契約更新のたびに規模を見直せるフリーランス直接契約や受託開発会社の月額制準委任が適しています。正社員採用は採用費・オンボーディングコストの回収に長期間を要するため、期間確定前の選択は避けるのが無難です。
- フリーランス保護法対応の初期整備コストは、発注が1名だけでも必要ですか?
発生します。規程整備・契約書雛形の作成・相談窓口の設置などの初期整備コストは数十万〜100万円程度が目安です。ただし一度整えれば継続利用できるため、実質的には初回発注時にのみかかる一時コストとして稟議上は扱えます。2人目以降は月1〜2時間程度の管理工数追加にとどまり、追加負担は限定的です。
- 受託開発会社に発注する場合、発注側のPM工数は正社員の育成工数と同じ扱いでよいですか?
分けて計上すべきです。受入テストや仕様調整などの受託発注の管理コストは発注側PM工数として週3〜5時間程度、正社員の指導・評価にあたる育成コストは月5〜10時間程度が目安であり、性質の異なる工数です。両者を混同すると期間別総コストの比較精度が崩れ、稟議での説明が破綻します。
- 稟議で「フリーランスは急に契約を打ち切られるのでは」と聞かれたら、どう説明すればよいですか?
フリーランス保護法により、6ヶ月以上継続する取引の中途解除・不更新には30日前予告義務が課されています。正社員の解雇規制ほど厳格ではありませんが、一定の予見可能性は制度的に確保されている点を説明材料にできます。



