「月給 50 万円のエンジニアを 1 人雇うと、会社は年間でいくら払っているのか」。この問いに即答できる人事・経営企画担当者は意外と少ないのではないでしょうか。給与本体だけでなく、健康保険・厚生年金・雇用保険・労災保険、そして 2026 年 4 月に新設された子ども・子育て支援金まで含めると、会社が負担する社会保険料は給与の 15〜16% に達します。年収 800 万円の正社員 1 名あたり、年間 120 万円超 が「給与とは別に」会社の口座から出ていく計算です。
エンジニア採用が難航するなか、役員から「フリーランス活用も検討せよ」と指示されたものの、月単価ベースで比較するとフリーランスの方が割高に見えて稟議が止まる、というシーンは多くの企業で起きています。月給 50 万円の正社員と月単価 70 万円のフリーランス、本当にコストが高いのはどちらか。社会保険料・採用費・研修費・退職金引当を含めた 総コストで比較しなければ答えは出ません。
そこに 2026 年 4 月の社会保険料改定が重なりました。子ども・子育て支援金(0.23%、労使折半)が新設され、会社負担はわずかですが恒常的に増加。今後段階的に 0.4% まで引き上げられる見通しです。「給与の何倍が実コストになるのか」を改めて計算し直す必要があるタイミングといえます。
本記事では、協会けんぽ・厚生労働省の 2026 年度公式料率をすべて一次情報で確認したうえで、IT エンジニアの単価レンジ(月 50・70・100 万円)について 正社員雇用とフリーランス委託の年間総コスト差を試算 します。さらに採用費・研修費・有給費用・退職金引当を加えた「実質コスト差」と、「フリーランス単価が正社員月給の何倍までならコスト的に正社員を上回らないか」の逆転ラインも提示します。読み終えた頃には、社内稟議に転用できる数値根拠が手元に揃っているはずです。
正社員雇用で発生する 6 つの法定・固定コスト
社内稟議で「給与額」だけを根拠にコスト比較すると、必ず判断を誤ります。給与本体は氷山の一角にすぎず、その上に 会社が必ず負担する 6 つのコスト項目 が積み上がっているからです。まずはこの全体像を俯瞰しましょう。
給与本体だけでは雇用コストを把握できない
人事・労務の実務では「正社員の総人件費は給与の 1.3〜1.5 倍」が経験則として語られます。経団連が実施した 第 64 回 福利厚生費調査結果報告 によれば、2019 年度の従業員 1 人 1 ヶ月あたりの福利厚生費合計は 108,517 円。うち法定福利費(社会保険料の事業主負担分など)が 84,392 円で、現金給与総額に対する比率は 15.4%(過去最高) に達しています。
つまり給与の額面 100 万円につき、社会保険料だけで月 15 万円前後が別途発生している計算です。これに法定外福利費、採用費、研修費、有給休暇費用、退職金引当を加えると、給与の 1.3 倍前後が「実際に会社が支払っている金額」になります。
法定福利費・採用費・研修費・有給費用・退職金引当・福利厚生費の 6 項目
正社員 1 名にかかる年間コストは、給与本体に加えて以下 6 項目が積み上がる構造です。
# | 項目 | 内容 | 性質 |
|---|---|---|---|
1 | 法定福利費(社会保険料の会社負担分) | 健康保険・厚生年金・雇用保険・労災保険・子ども子育て支援金 | 法律で支払いが義務付けられる |
2 | 採用費 | 求人媒体掲載料・人材紹介エージェント手数料・採用業務の人件費 | 入社時に集中して発生 |
3 | 研修費 | OJT 担当者の工数・外部研修費・資格取得支援費 | 入社直後と継続的研修の両方 |
4 | 有給休暇費用 | 年 10〜20 日の有給取得時も給与は支払う必要がある | 在籍中継続して発生 |
5 | 退職金引当 | 将来の退職金支払いに備えた毎期の積立 | 給与の数%が目安 |
6 | 法定外福利厚生費 | 住宅補助・健康診断・社員食堂など | 企業ごとに大きく異なる |
このうち最もインパクトが大きく、かつ 2026 年 4 月の改定で見直しが必要なのが 項目 1 の法定福利費(社会保険料の会社負担分) です。次の章で、その料率内訳と 2026 年改定の中身を一次情報で確認していきます。
社会保険料の仕組み|労使折半と標準報酬月額の等級制

社会保険料は「健康保険・厚生年金・雇用保険・労災保険・子ども子育て支援金」の 5 項目で構成され、それぞれ料率と労使負担割合が異なります。「労使折半」「事業主全額負担」が混在しているため、会社負担の合計率を正確に把握することが、フリーランス委託との比較の出発点になります。
5 項目の料率と労使負担割合(2026 年度・東京都・協会けんぽ基準)
2026 年 4 月から適用される料率を、すべて公式情報から整理しました。
項目 | 労使合計 | 会社負担 | 本人負担 | 根拠 |
|---|---|---|---|---|
健康保険(東京都・40 歳未満) | 9.85% | 4.925% | 4.925% | |
介護保険(40〜64 歳の場合に加算) | 1.62% | 0.81% | 0.81% | 同上 |
厚生年金 | 18.30% | 9.15% | 9.15% | |
雇用保険(一般事業) | 1.35% | 0.85% | 0.50% | |
労災保険(情報通信業) | 0.25% | 0.25% | 0% | |
子ども・子育て支援金(2026 年 4 月新設) | 0.23% | 0.115% | 0.115% | |
会社負担 合計(40 歳未満) | — | 約 15.29% | — | — |
会社負担 合計(40 歳以上・介護保険込み) | — | 約 16.10% | — | — |
ポイントは次の 3 つです。
- 健康保険・厚生年金・子ども子育て支援金は 労使折半(会社と本人で半分ずつ負担)
- 雇用保険は 労使折半ではない(一般事業では会社 0.85%・本人 0.5% と会社負担が大きい)
- 労災保険は 事業主の全額負担(IT エンジニアが従事する情報通信業の場合 0.25%)
これらを合算すると、IT エンジニアを雇用する場合の会社負担社会保険料率は 給与の約 15.3%(40 歳未満)〜 16.1%(40 歳以上) となります。本記事の試算では、エンジニア採用の中心年齢層を想定して 40 歳未満ベース(約 15.3%)で計算していきます。
標準報酬月額は何で決まるのか
社会保険料は給与額に料率を直接掛けて計算するわけではありません。実際には「標準報酬月額」という等級表に当てはめて算出します。
- 算定基礎: 毎年 4・5・6 月に支払われた給与(基本給+諸手当+通勤手当)の平均額を、健康保険法・厚生年金保険法で定められた等級表に当てはめる
- 適用時期: 算定された等級は その年の 9 月から翌年 8 月まで 適用される
- 上限額: 健康保険は 第 50 等級の 139 万円、厚生年金は 第 32 等級の 65 万円(厚生労働省 標準報酬月額の上限について)
つまり月給 65 万円を超える高年収エンジニアでも、厚生年金の保険料は 標準報酬月額 65 万円を上限として頭打ち になります。健康保険は 139 万円まで上限が高いため、高年収帯ほど「厚生年金が頭打ちになり、健康保険だけが伸び続ける」構造です。なお厚生年金の上限は、賃金上昇を踏まえて 2027 年 9 月から段階的に引き上げられる予定です(2027 年 9 月 68 万円 → 2028 年 9 月 71 万円 → 2029 年 9 月 75 万円の 3 段階)。
2026 年 4 月の改定で何が変わったか
2026 年 4 月の最大の変更点は 子ども・子育て支援金(被用者保険分 0.23%)の新設 です。労使折半のため事業主負担は 0.115% にとどまりますが、これに先立つ協会けんぽ東京都の健康保険料率も毎年見直されています。
子ども・子育て支援金は段階的引き上げが既定路線で、こども家庭庁の制度概要によれば 2028 年度には 0.4% 程度まで上昇 する見通しです(こども家庭庁 子ども・子育て支援金制度について)。会社負担はわずかでも、長期的には固定的なコスト増要因として無視できません。
業務委託先の社会保険料は誰が負担するのか
ここまでで、正社員 1 名にかかる会社負担の社会保険料率が 約 15.3%(40 歳未満) であることを確認しました。では業務委託契約でフリーランスに発注した場合、この負担はどうなるのでしょうか。答えは明確です。発注者は受託者の社会保険料を一切負担しません。
業務委託では発注者は社会保険料を負担しない
健康保険法・厚生年金保険法の被保険者要件は「適用事業所に使用される者」であり、雇用関係(労働契約)の存在が前提です。業務委託契約(請負契約・準委任契約)は、発注者と受託者が 対等な事業者間の契約 であり、雇用関係は存在しません。したがって、発注者は受託者について健康保険・厚生年金の事業主負担を行う義務がないのです。
雇用保険・労災保険についても同様で、これらは「労働者」を保護する制度のため、業務委託先(事業者)には適用されません。前章で示した会社負担社会保険料 約 15.3% が、そのまま発注者のコストから消える計算になります。月単価 70 万円のフリーランスを 1 年契約した場合の社会保険料負担は 0 円 です。
受託者は自身で国民健康保険・国民年金に加入する
ただし、社会保険料そのものがゼロになるわけではありません。受託者(フリーランス)側では、自身で 国民健康保険・国民年金に加入 し、保険料を全額自己負担する必要があります。一般的にこの負担はフリーランスの単価設計に織り込まれており、結果として正社員と同等スキルのフリーランスは「正社員の月給 + 社会保険料相当分」を意識した単価設定になる傾向があります。
フリーランス側でどのような社会保険切り替え手続きが必要になるかについては、フリーランス向け 社会保険切り替えガイド で詳しく整理しています。発注者の立場でも、フリーランスがどのようなコスト構造で稼働しているかを理解しておくと、適正な単価交渉や契約継続の判断に役立ちます。
偽装請負として再分類されないための実務注意点
業務委託契約の最大の落とし穴は、契約形式が「業務委託」でも 実態が雇用と判断される(いわゆる偽装請負) ケースです。偽装請負と認定されると、過去に遡って労働者として扱われ、社会保険料の遡及納付・残業代支払いを請求される可能性があります。発注者にとってこのリスクは無視できません。
実態判断では、おおむね以下のような観点が重視されます。
観点 | 業務委託として適切 | 雇用と判断されやすい |
|---|---|---|
指揮命令 | 発注者は成果物・納期のみ指示。作業の進め方は受託者が決める | 始業終業時刻・休憩時間・作業手順を細かく指示 |
専属性 | 他社の案件も並行可能。働く時間・場所も基本自由 | 他社案件を実質禁止。出社時間・場所を強制 |
報酬の性質 | 成果物・稼働時間に対する対価 | 時給的・固定給的な支払い |
道具・設備 | 受託者が自身の PC・ツールを使う(または発注者が貸与する場合は理由が明確) | 発注者の社員と区別なく設備を使用 |
エンジニアの業務委託では、特に「常駐+稼働時間ベース報酬」の形態で偽装請負リスクが指摘されやすい構造があります。契約書の文面だけでなく 実態の整備(成果物ベースの納品定義・作業裁量の確保・複数案件並行可の明文化)が稟議通過の前提になる点は、経理・法務担当者と必ず確認しておくべきポイントです。
IT エンジニアの単価レンジで試算する|正社員 vs フリーランス

ここからが本題の試算パートです。IT エンジニアの市場単価レンジ(月給 50・70・100 万円)について、正社員雇用とフリーランス委託の 年間総コスト を具体的な金額で比較します。試算前提は以下のとおりです。
試算前提:
- 賞与: 年 4 ヶ月分(給与 × 4)
- 会社負担社会保険料率: 給与・賞与ともに 15.29%(40 歳未満・東京都・情報通信業) を適用
- 標準報酬月額の上限: 健康保険 139 万円・厚生年金 65 万円を反映
- 賞与の保険料: 標準賞与額にも同率を適用(健康保険の上限は年度累計 573 万円、厚生年金は 1 回あたり 150 万円が上限)
- フリーランス: 月単価 × 12 ヶ月の固定契約を想定(発注者の社会保険料負担は 0 円)
月額 50 万円エンジニアの正社員総コスト試算
月給 50 万円・賞与年 4 ヶ月(合計 200 万円)・年収 800 万円のケースです。
項目 | 金額 |
|---|---|
月給 | 500,000 円 |
年間給与(12 ヶ月) | 6,000,000 円 |
年間賞与(年 4 ヶ月) | 2,000,000 円 |
年収(額面) | 8,000,000 円 |
健康保険 会社負担(4.925% × 800 万円) | 約 394,000 円 |
厚生年金 会社負担(9.15% × 800 万円) | 約 732,000 円 |
雇用保険 会社負担(0.85% × 800 万円) | 68,000 円 |
労災保険 会社負担(0.25% × 800 万円) | 20,000 円 |
子ども子育て支援金 会社負担(0.115% × 800 万円) | 約 9,200 円 |
会社負担社会保険料 年額 | 約 1,223,200 円 |
年間総雇用コスト(給与+会社負担社保) | 約 9,223,000 円 |
※ 標準報酬月額 50 万円(28 等級)・標準賞与額 200 万円で計算。会社負担率合計 15.29% を年収に適用した近似値。実際の保険料は等級表の刻みにより端数が変動します。
月額 70 万円エンジニアの正社員総コスト試算
月給 70 万円・賞与年 4 ヶ月(合計 280 万円)・年収 1,120 万円のケース。厚生年金は標準報酬月額の上限(65 万円)にかかるため、給与帯ほど社会保険料は伸びません。
項目 | 金額 |
|---|---|
月給 | 700,000 円 |
年間給与 | 8,400,000 円 |
年間賞与 | 2,800,000 円 |
年収(額面) | 11,200,000 円 |
健康保険 会社負担(4.925% × 1,120 万円) | 約 552,000 円 |
厚生年金 会社負担(9.15% × 65 万円 × 12 + 9.15% × 280 万円) | 約 970,000 円 |
雇用保険 会社負担(0.85% × 1,120 万円) | 約 95,000 円 |
労災保険 会社負担(0.25% × 1,120 万円) | 28,000 円 |
子ども子育て支援金 会社負担(0.115% × 1,120 万円) | 約 13,000 円 |
会社負担社会保険料 年額 | 約 1,658,000 円 |
年間総雇用コスト | 約 12,858,000 円 |
※ 厚生年金は月額部分が上限 65 万円で頭打ち。賞与は 1 回 150 万円までが標準賞与額の上限のため、年 2 回賞与なら全額対象。健康保険は上限 139 万円まで余裕があるため給与全額に適用。
月額 100 万円エンジニアの正社員総コスト試算
月給 100 万円・賞与年 4 ヶ月(合計 400 万円)・年収 1,600 万円のケース。
項目 | 金額 |
|---|---|
月給 | 1,000,000 円 |
年間給与 | 12,000,000 円 |
年間賞与 | 4,000,000 円 |
年収(額面) | 16,000,000 円 |
健康保険 会社負担(4.925% × 1,600 万円) | 約 788,000 円 |
厚生年金 会社負担(9.15% × 65 万円 × 12 + 9.15% × 300 万円) | 約 988,000 円 |
雇用保険 会社負担(0.85% × 1,600 万円) | 136,000 円 |
労災保険 会社負担(0.25% × 1,600 万円) | 40,000 円 |
子ども子育て支援金 会社負担(0.115% × 1,600 万円) | 約 18,000 円 |
会社負担社会保険料 年額 | 約 1,970,000 円 |
年間総雇用コスト | 約 17,970,000 円 |
※ 厚生年金は月額・賞与とも上限処理を反映。賞与標準額の年度累計上限(健康保険 573 万円・厚生年金 1 回 150 万円)を反映済み。
同等スキルをフリーランス委託した場合の年間コスト差
同じ単価帯でフリーランスに業務委託した場合、会社負担社会保険料は 0 円 です。
項目 | 月単価 50 万円 | 月単価 70 万円 | 月単価 100 万円 |
|---|---|---|---|
月額委託料 | 500,000 円 | 700,000 円 | 1,000,000 円 |
年間委託料(12 ヶ月) | 6,000,000 円 | 8,400,000 円 | 12,000,000 円 |
会社負担社会保険料 | 0 円 | 0 円 | 0 円 |
年間総委託コスト | 6,000,000 円 | 8,400,000 円 | 12,000,000 円 |
正社員とフリーランスを同単価帯で並べた場合の年間総コスト差は以下のようになります。
項目 | 月 50 万円帯 | 月 70 万円帯 | 月 100 万円帯 |
|---|---|---|---|
正社員 年間総コスト | 約 9,223,000 円 | 約 12,858,000 円 | 約 17,970,000 円 |
フリーランス 年間委託コスト(同単価) | 6,000,000 円 | 8,400,000 円 | 12,000,000 円 |
差額(会社負担社保+賞与分) | 約 3,223,000 円 | 約 4,458,000 円 | 約 5,970,000 円 |
差額の中身は「賞与 4 ヶ月分」と「会社負担社会保険料」が大半を占めます。月単価が同じでも、賞与の有無と社会保険料負担の有無で年間 300〜600 万円の差 が生まれる構造です。
ただし実際には、同等スキルのフリーランスは正社員月給より高い単価を提示するのが一般的です。「正社員月給 50 万円相当のスキル」を持つフリーランスの月単価相場については、フリーランスエンジニア 単価相場ガイド で職種・スキルレベル別に整理しています。次の章では、社会保険料以外の隠れ固定費も加味して、「フリーランス単価が正社員月給の何倍までならコスト的に正社員を上回らないか」の 逆転ライン を提示します。
また、ROI(投資対効果)の観点で「フリーランス活用が稟議通過後にどう成果に繋がるか」を試算したい場合は、フリーランスエンジニア 費用対効果の試算方法 を参照すると、4 ステップの試算メソッドが体系化されています。
社会保険料以外の「実質コスト差」を可視化する

社会保険料は会社負担コストの最大項目ですが、それだけで判断するのは早計です。正社員には 採用費・研修費・有給休暇費用・退職金引当 という「給与明細には現れない固定費」が存在し、フリーランス委託ではこれらがほとんど発生しません。
採用費・研修費・有給費用・退職金の合算
各項目について、信頼できる調査データを根拠に年額換算しました。
採用費
レバテック パートナーガイド 一人当たりの採用コストの相場 によれば、IT・通信・インターネット業界における エンジニア中途採用の 1 人あたり単価は約 100〜108 万円(エージェント利用料平均をベースに算出)。これを在籍期間 3 年で按分すると、年換算で 約 36 万円。さらに採用担当者の工数(書類選考・面接対応)を 1 人あたり 20 時間と仮定し時給 3,000 円で換算すると約 6 万円が加算され、合計 年約 42 万円 が目安です。本試算では切りよく 36〜40 万円帯で扱います。
研修費
産労総合研究所 2024 年度教育研修費用の実態調査 によれば、2023 年度実績の 従業員 1 人あたり教育研修費用の平均は 34,606 円。大企業は 41,050 円、中堅企業は 32,268 円、中小企業は 31,087 円です。ただしエンジニア職は技術書購入・カンファレンス参加・資格取得支援などで一般職より高くなる傾向があり、企業によっては 10 万円超を支給するケースもあります。本試算では年 5〜15 万円の幅で計上します。
有給休暇費用
法定有給休暇日数は勤続年数によって 10〜20 日です。年 20 日分を取得した場合、月給 50 万円の社員なら 日給約 23,000 円 × 20 日 = 約 460,000 円 が「働かない日も支払う給与」として発生します。フリーランスは稼働日のみの支払いのため、この費用は構造的に発生しません。
退職金引当
中小企業退職金共済(中退共)の標準的な掛金や、大企業の退職金規程をもとにすると、退職金引当は 給与の 3〜5% が実務的な目安です。月給 50 万円なら年間 24〜40 万円程度。退職金制度のない企業もありますが、エンジニア採用市場での競合性を考えると無視できない項目です。
隠れ固定費と「実質コスト差」のテーブル
上記を単価帯別に整理すると以下のようになります。
項目 | 月給 50 万円帯 正社員 | 月給 70 万円帯 正社員 | 月給 100 万円帯 正社員 | 同等フリーランス |
|---|---|---|---|---|
採用費(在籍 3 年で按分) | 約 360,000 円 | 約 360,000 円 | 約 360,000 円 | 0 円〜マッチング手数料 |
研修費(年間) | 約 100,000 円 | 約 100,000 円 | 約 150,000 円 | 0 円 |
有給休暇費用(年 20 日) | 約 460,000 円 | 約 644,000 円 | 約 920,000 円 | 0 円(稼働日のみ支払い) |
退職金引当(給与の 3〜5%) | 約 240,000〜400,000 円 | 約 336,000〜560,000 円 | 約 480,000〜800,000 円 | 0 円 |
年間 隠れ固定費 小計 | 約 1,160,000〜1,320,000 円 | 約 1,440,000〜1,664,000 円 | 約 1,910,000〜2,230,000 円 | ほぼ 0 円 |
これを前章の社会保険料込み年間総コストと合算すると、「実質コスト差」が明確になります。
項目 | 月 50 万円帯 | 月 70 万円帯 | 月 100 万円帯 |
|---|---|---|---|
正社員 年間総コスト(社会保険料込み) | 約 9,223,000 円 | 約 12,858,000 円 | 約 17,970,000 円 |
正社員 年間隠れ固定費(中央値) | 約 1,200,000 円 | 約 1,500,000 円 | 約 2,000,000 円 |
正社員 年間実コスト 合計 | 約 10,423,000 円 | 約 14,358,000 円 | 約 19,970,000 円 |
フリーランス 年間委託コスト(同単価) | 6,000,000 円 | 8,400,000 円 | 12,000,000 円 |
実質コスト差 | 約 4,423,000 円 | 約 5,958,000 円 | 約 7,970,000 円 |
一見高く見えるフリーランス単価が逆転するライン
ここから「フリーランス単価が正社員月給の何倍までならコスト的に正社員を上回らないか」の逆転ラインを逆算します。フリーランスの月単価が正社員月給の X 倍まで上がっても、年間総コストで正社員を上回らない条件は次の式で求められます。
フリーランス月単価 × 12 ≦ 正社員 年間実コスト合計
各単価帯で計算すると以下のとおりです。
単価帯 | 正社員 年間実コスト | 逆転ライン(月単価) | 正社員月給の何倍まで許容できるか |
|---|---|---|---|
月給 50 万円帯 | 約 10,423,000 円 | 月 869,000 円 | 約 1.74 倍 |
月給 70 万円帯 | 約 14,358,000 円 | 月 1,197,000 円 | 約 1.71 倍 |
月給 100 万円帯 | 約 19,970,000 円 | 月 1,664,000 円 | 約 1.66 倍 |
「正社員月給 50 万円相当のエンジニア」を確保するために、フリーランスなら 月単価 87 万円までならコスト的に正社員と同等以下 になる、というのが結論です。月給帯が上がるほど逆転倍率は緩やかに低下しますが、いずれも 1.6〜1.75 倍 という共通レンジに収まります。
この逆転ラインを稟議書に書き込むと、「フリーランス月単価が 87 万円なら、月給 50 万円の正社員を採用するのと年間コストはほぼ同じ」という極めて具体的な判断軸になります。月単価ベースで「フリーランスは高い」と見えていた印象が、総コストでは逆転していることが定量的に裏付けられるはずです。
コスト優位性を最大化する活用モデル|継続委託と直接発注
フリーランス活用のコスト優位性が定量的に示せた後、次に検討すべきは 「どんな活用モデルが最もコスト優位性を引き出せるか」 です。同じフリーランス活用でも、調達経路によってコスト構造が大きく変わります。
プラットフォーム経由とのコスト差
代表的な調達経路は以下の 3 つに整理できます。
調達経路 | コスト構造 | 主なメリット | 主なデメリット |
|---|---|---|---|
マッチングプラットフォーム経由 | プラットフォーム手数料(一般に 10〜30%)が単価に上乗せされる | 案件マッチングが早い・契約管理を代行 | 手数料分の単価上昇・継続性の確保が難しい |
直接発注(個別フリーランスとの直契約) | 中間マージン 0%。発注者と受託者の合意単価がそのままコスト | コスト最小化・密な連携が可能 | 案件発見・契約管理・継続調整を自社で抱える |
開発会社経由の継続委託 | 開発会社のマネジメント費を含むが、人材交代・スキルマッチ調整を一元化 | 継続性・品質安定・ナレッジ蓄積 | 単価そのものはやや高め |
プラットフォーム経由は短期のスポット発注には便利ですが、継続的にエンジニアリソースを確保したい場合は手数料が累積し、コスト優位性が薄れていきます。一方で完全な直接発注は、案件発見と契約管理を発注者自身が抱えるため、 規模拡大に伴って隠れ管理コストが増大 します。
継続委託と直接発注のメリット
社会保険料・賞与・退職金がかからないというフリーランス活用本来のコスト優位性を最大化するには、 「継続委託」と「中間マージンの最小化」 という 2 つの軸が重要です。
- 継続委託: 同じエンジニアに 6 ヶ月以上継続して稼働してもらうことで、オンボーディングコスト(業務理解・コードベース把握・コミュニケーション設計)が償却されます。スポット発注を繰り返すと、毎回の立ち上げコストが累積してコスト優位性が打ち消されてしまいます
- 中間マージンの最小化: プラットフォーム経由なら手数料率を、開発会社経由ならマネジメント費の透明性を確認します。コスト構造が見えない調達経路は稟議書に書きにくく、継続判断も難しくなります
開発会社による継続委託という選択肢
直接発注のコスト優位性と、開発会社経由のマネジメント支援を両立するモデルとして、 開発会社が長期的にエンジニアを派遣・委託するスタイル があります。秋霜堂株式会社が提供する TechBand は、このモデルに該当する選択肢の 1 つです。
TechBand では、開発会社が抱えるエンジニアを業務委託形式で発注企業に継続的にアサインします。発注企業にとっては「フリーランス直契約のコスト感に近い水準で、開発会社のマネジメント・人材交代対応・スキルマッチ調整を享受できる」という構造です。月単位の契約形態と中長期での継続性を両立しているため、「フリーランスを試したいが社内に管理リソースがない」「プラットフォーム経由の手数料が累積してコスト優位性が薄れている」といった状況にある企業にとって、活用モデルの比較対象として位置づけられます。
具体的な選定軸は企業ごとに異なるため、自社の状況(必要スキル・契約期間・社内マネジメント体制)と照らし合わせて、3 つの調達経路のうちどれが最もコスト優位性を引き出せるかを検討するとよいでしょう。秋霜堂は元々開発会社として運営してきた背景があり、エンジニアリングそのものに精通したマネジメントを提供できる点が、純粋なマッチング事業者との違いになります。
まとめ|社会保険料から逆算した意思決定の根拠
本記事の要点を、稟議書の結論部にそのまま転用できる形で整理します。
- 会社負担社会保険料率は給与の約 15.3%(40 歳未満・東京都・情報通信業)。2026 年 4 月の改定で子ども・子育て支援金が新設され、今後段階的に 0.4% 程度まで上昇する見通し。「給与の 1.15 倍が最低限の人件費」が新しい基準
- 業務委託では会社負担社会保険料は 0 円。健康保険・厚生年金・雇用保険・労災保険・子ども子育て支援金のいずれも、業務委託契約には適用されない。ただし偽装請負と判断されないよう、指揮命令・専属性・報酬体系の整備が前提
- IT エンジニア単価帯では正社員 vs フリーランスの年間総コスト差は 300〜600 万円規模(同単価想定)。賞与 4 ヶ月分と会社負担社会保険料がこの差額の大半を占める
- 採用費・研修費・有給費用・退職金を含めた実質コスト差では、フリーランス単価が正社員月給の 1.66〜1.75 倍までならコスト的に正社員を上回らない。月給 50 万円帯なら月単価 87 万円までが許容範囲
- コスト優位性を最大化するには、継続委託モデルと中間マージン最小化の 2 軸が重要。プラットフォーム経由のスポット発注では手数料累積でコスト優位性が打ち消されやすい
社会保険料の制度構造を一次情報で押さえれば、フリーランス活用のコスト優位性は「印象論」ではなく 制度的・定量的に裏付けられた判断軸 になります。月単価ベースの比較で稟議が止まっている状況なら、本記事の試算表を稟議資料に転用し、年間実コスト合計での比較に組み替えることで、議論を前に進めることができるはずです。



