フリーランスエンジニアやデザイナーと業務委託で取引している企業の担当者として、2024年11月に施行されたフリーランス保護法(フリーランス・事業者間取引適正化等法)の名前を耳にしたことがある方は多いのではないでしょうか。
「うちにも何か義務があるのは分かった。でも、具体的にどう対応すればいいか……」と、対応が後回しになっていませんか。
施行から約1年半が経過した2025年9月末時点で、公正取引委員会・厚生労働省は合計445件(勧告4件・指導441件)の行政措置を講じています。違反の大半は「書面明示義務違反」と「支払遅延」です。IT・システム開発業界でも外部エンジニアへの発注で同様のリスクが存在します。
本記事では、フリーランス保護法で発注企業に課される7つの義務を整理し、2026年時点で今すぐ対応すべき実務的な手順をご説明します。また、2026年1月に施行された取適法(旧下請法)との関係も解説しますので、「どちらに従えばいいか分からない」という混乱も解消できます。
フリーランス保護法とは?2024年11月施行の概要と2026年の注目点
フリーランス保護法の正式名称は「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(通称:フリーランス・事業者間取引適正化等法)です。2023年4月に可決・成立し、2024年11月1日に施行されました。
この法律の目的は、フリーランス(従業員を雇わない個人または一人法人)と発注企業との取引を適正化し、フリーランスが安心して働ける環境を整備することです。
2026年に注目すべき2つの変化
2026年は、フリーランス保護法に関連して重要な変化が重なった年です。
1. 解釈ガイドラインの改正(2026年1月1日適用)
公正取引委員会・厚生労働省が2025年10月1日に解釈ガイドラインを改正し、2026年1月1日から適用されています。禁止行為の判断基準が明確化され、電磁的方法(メール・チャットツール等)による書面明示の具体例が拡充されました。
2. 取適法(旧下請法)の施行(2026年1月1日)
2026年1月1日には、従来の「下請法」が「中小受託取引適正化法(通称:取適法)」として改正・施行されました。フリーランスとの取引にはフリーランス保護法が優先適用されるため、「どちらに従えばいいか」という疑問については後述します。
発注企業に課される主な義務7つ

フリーランス保護法は、発注企業(特定業務委託事業者)に対して以下の7つの義務を定めています。
1. 書面明示義務:9項目の具体的な記載内容
業務を委託する際、「直ちに」以下の9項目を書面または電磁的方法(メール・チャット等)で明示する義務があります。
項目 | 内容の例 |
|---|---|
① 業務の内容 | Webシステムのフロントエンド開発(React使用) |
② 報酬の額 | 月額50万円(税別) |
③ 支払期日 | 成果物受領日から30日以内 |
④ 発注事業者・フリーランスの名称 | 秋霜堂株式会社 / 山田太郎 |
⑤ 業務委託をした日 | 2026年4月1日 |
⑥ 給付を受領する日 | 2026年4月30日 |
⑦ 給付を受領する場所 | リモートワーク(成果物をメールで受領) |
⑧ 検査完了日(検査がある場合) | 給付受領日の翌日から7日以内 |
⑨ 報酬の支払方法(現金以外の場合) | 銀行振込(〇〇銀行〇〇支店) |
「直ちに」とは、業務開始と同時または直前を指します。口頭での発注は義務違反になる点に注意が必要です。
2. 60日以内の報酬支払い義務
フリーランスから成果物を受け取った日(給付受領日)から起算して60日以内に報酬を支払う必要があります。
注意点は、起算日が「検収日」ではなく「給付受領日」であることです。「月末締め翌々月末払い」など、受領から60日を超える支払条件は違反になる可能性があります。
3. 7つの禁止行為
1ヶ月以上継続して業務を委託する場合、以下の行為が禁止されます。
- 受領拒否(正当な理由のない成果物の受け取り拒否)
- 支払遅延(期日を超えた報酬の支払い)
- 報酬の減額
- 返品(正当な理由のない返品)
- 買いたたき(不当に低い報酬での発注)
- 購入強制・役務の利用強制
- 不当な経済上の利益の提供要請・仕様変更・やり直しの強要
4. 募集情報の正確性確保義務
フリーランスを募集する際(求人広告・SNS等を含む)、業務内容・報酬・条件などの情報は正確かつ最新の状態を保つ義務があります。虚偽の表示や誤解を招く表示は禁止されています。
5. 育児・介護への配慮義務(6ヶ月以上継続委託時)
フリーランスに6ヶ月以上継続して業務を委託している場合、そのフリーランスから育児・介護・疾病等による業務調整の申し出があったときは、必要な配慮を行う義務があります。
6. ハラスメント防止体制の整備
相手方がフリーランスであるかどうかに関わらず、自社の役員・従業員がフリーランスに対してハラスメント行為を行わないよう、体制を整備する義務があります。
具体的には、①ハラスメントを行ってはならない旨の方針の明確化・周知啓発、②相談窓口の設置、③ハラスメントが発生した場合の迅速な事後対応が求められます。
7. 契約終了の30日前予告(6ヶ月以上継続委託時)
フリーランスに6ヶ月以上継続して業務を委託している場合、契約の終了(解除・期間満了後の更新拒絶)に際しては、少なくとも30日前に予告する義務があります。
「自社は対象か」を判定する適用条件チェック
特定受託事業者(フリーランス)の定義
フリーランス保護法が保護する「特定受託事業者」とは、従業員を雇わない個人または一人法人です。
「従業員」とは、週20時間以上・31日以上継続して雇用される者を指します。フリーランスが発注者を複数持っていても、従業員を雇っていなければ対象となります。
特定業務委託事業者(発注企業)の定義
義務を負う「発注企業」は、従業員を1人以上雇っている個人または法人です。ほぼすべての一般的な企業が該当します。
期間別の義務適用表
義務 | すべての委託 | 1ヶ月以上継続 | 6ヶ月以上継続 |
|---|---|---|---|
書面明示 | ○ | ○ | ○ |
60日以内支払い | ○ | ○ | ○ |
禁止行為(7項目) | — | ○ | ○ |
募集情報の正確性 | ○ | ○ | ○ |
育児・介護配慮 | — | — | ○ |
ハラスメント防止体制 | ○ | ○ | ○ |
30日前予告 | — | — | ○ |
「相手がフリーランスかどうか」の確認方法
相手方が法人の場合でも、従業員を雇っていなければ「特定受託事業者」に該当します。取引開始時に相手方に「従業員の有無」を確認する仕組みを整えることをお勧めします。
2026年の発注企業が優先すべき対応3ステップ

施行後の指導・勧告445件のうち、大半が「書面明示義務違反」と「支払遅延」によるものです。この実態から逆算すると、以下の順番で対応を進めることが効率的です。
ステップ1:取引一覧の洗い出しと適用対象の特定
まず、現在フリーランスと取引している案件をすべてリストアップします。
確認すべき項目は次のとおりです。
- 相手方が「従業員を雇わない個人または一人法人」か
- 取引の継続期間(1ヶ月未満・1〜6ヶ月・6ヶ月以上のどれか)
- 書面明示が既に行われているか
SES会社・派遣会社・受託開発会社(複数人を雇う企業)との取引はフリーランス保護法の対象外です。個人または一人法人との直接の業務委託取引が対象となります。
業務委託契約の種類(SES・派遣・業務委託の選び方)については、「SES・派遣・業務委託の違いとは?発注者が知るべき調達方法の選び方」もあわせてご覧ください。
ステップ2:書面明示と支払条件の即時整備(最優先)
次に、最も勧告件数が多い「書面明示」と「支払条件」を整備します。
書面明示の整備
前述の9項目を含む発注書テンプレートを作成します。メールやSlackのメッセージでも「電磁的方法」として認められますが、9項目がすべて記載されている必要があります。
既存の口頭発注・簡易メール発注が残っている場合は、速やかに9項目を含む書面明示に切り替えてください。
支払条件の見直し
既存の支払条件(月末締め翌々月末払い等)が60日を超えていないかを確認します。超えている場合は、取引先フリーランスと協議の上で条件を変更する必要があります。
ステップ3:社内体制整備(ハラスメント相談窓口・担当者教育)
書面明示と支払条件の整備が完了したら、継続的な体制整備に移ります。
- ハラスメント相談窓口の設置: 既存の従業員向け窓口でフリーランスからの相談も受け付ける旨を周知するか、別途窓口を設置します
- 担当者への周知: 発注担当者に対してフリーランス保護法の概要と禁止行為を周知します
- 6ヶ月継続取引の管理: 育児介護配慮・30日前予告の適用条件(6ヶ月超)を把握するための取引管理台帳を整備します
フリーランス新法と取適法(旧下請法)の適用関係
2026年1月1日から施行された取適法(中小受託取引適正化法)との関係についてよく質問を受けます。
結論: フリーランス保護法が優先適用されます。
取引の相手方が「特定受託事業者(フリーランス)」に該当する場合は、取適法ではなくフリーランス保護法が適用されます(公正取引委員会の解釈ガイドライン)。
実務上の判断基準は次のとおりです。
- 相手方が「従業員なしの個人または一人法人」→ フリーランス保護法を適用
- 相手方が「従業員を雇う中小企業」→ 取適法(旧下請法)を適用
- 自社の資本金規模による追加要件は取適法の規定で確認
フリーランス保護法に対応した運用(9項目書面明示・60日以内支払い・就業環境整備)を整えれば、取適法の基準も概ね充足します。両法を別々に対応する必要はなく、フリーランス保護法への対応を優先することが効率的です。
違反した場合のリスク:施行後の実態から学ぶ
行政措置の流れ
違反が発覚した場合、以下の順番で行政措置が取られます。
- 指導: 違反行為の改善を求める行政指導
- 勧告: 指導に従わない場合の正式な勧告(企業名が公表されます)
- 命令: 勧告にも従わない場合の命令
- 罰金・公表: 命令違反の場合、50万円以下の罰金および企業名の公表
施行後の執行実績(2025年9月末時点)
2024年11月の施行から約1年で、公正取引委員会・厚生労働省による指導・勧告は合計445件(勧告4件・指導441件)に達しています(公正取引委員会 2025年11月発表)。
勧告を受けた主な企業には、小学館・光文社・島村楽器・グロービジョン等があります。ゲーム・アニメ制作・出版・放送業界での違反が目立ちますが、IT・システム開発業界でも外部エンジニアへの発注は同様の規制対象です。
IT外部人材活用における主なリスクポイント
- 「急ぎだったので口頭で発注した」→ 書面明示義務違反
- 「月末締め翌々月末払い(最大61日以上)の慣行が残っている」→ 60日以内支払い義務違反
- 「単価が上がってきたので少し下げてほしいと言った」→ 買いたたき禁止違反
- 「仕事が少なくなったので来月から契約を終わりにする」(6ヶ月以上の継続取引で突然終了)→ 30日前予告義務違反
今すぐ確認すべき対応チェックリスト

自社の対応状況を以下のリストで確認してください。
書面明示の確認
- フリーランスへの発注書に9項目がすべて記載されている
- 口頭・簡易メール発注が残っていない
- 業務委託開始と同時または直前に書面明示を行っている
支払条件の確認
- フリーランスへの支払期日が「給付受領日から60日以内」に設定されている
- 既存契約の支払条件が60日を超えていない
継続取引の確認(6ヶ月以上の取引がある場合)
- ハラスメント相談窓口をフリーランスに案内している
- 育児・介護等の申し出に対応できる体制がある
- 契約終了時に30日前までに予告する仕組みがある
複数の項目に未対応がある場合、法的リスクを抱えた状態で取引を継続している可能性があります。特に「書面明示」と「支払条件」は最優先で整備をお勧めします。
フリーランス新法への対応を体系的に行うためのチェックリストや契約書の整備方法については、「フリーランス新法対応 業務委託発注の法律・契約リスク点検ガイド」で詳しく解説しています。外部エンジニアとの取引を安全・適法に行うための実務ガイドとして、ぜひご活用ください。



