「他社で本業を持っている優秀な人材を、自社のプロジェクトに副業として迎えたい」。複業マッチングサービスや求人広告を通じてそんな候補者と出会い、面談を進めた段階で、人事・採用担当者の手は一度止まりがちです。「本業先の就業規則ではOKと聞いているが、自社が雇用したら労働時間を合算しなければならないのか」「本業先で守秘義務を負っているはず。自社業務がそれに抵触したらどうなるのか」「業務委託にしたほうがリスクが小さいのか」。判断材料がないままでは契約形態すら決められません。
副業を「自社社員に許可する側」の制度設計については、厚生労働省のガイドラインや法律事務所コラムで多くの解説が出ています。一方で「他社の副業者を受け入れる側」が直面する論点は、二重就労と守秘義務という2つの軸が絡み合うため、整理された情報が見つけにくいのが実情です。実際に「労働時間の通算は雇用契約に限定される」「業務委託なら通算対象外だが偽装請負リスクが代わりに発生する」といった原則を踏まえずに契約形態を決めると、後から割増賃金請求や情報漏洩トラブルに発展しかねません。
本記事では、副業・複業を解禁した他社社員を受け入れる企業の担当者を想定し、二重就労リスク(労働時間通算・割増賃金・安全配慮義務)と守秘義務リスク(本業先の秘密保持・競業避止)の2軸で押さえるべき注意点を整理します。雇用契約と業務委託契約のどちらを選ぶかという判断ロジック、本業先との関係で確認しておくべき事項、契約書・NDA に盛り込む条項、そして受け入れの4フェーズ(採用判断・契約締結・運用・終了)で使えるチェックリストまで通しで解説します。
なお、自社社員に副業を許可する側の制度設計や、業務委託契約書・オンボーディング規程の網羅的な作り方は別記事で詳しく扱っているため、本記事では「本業先との関係で発生するリスクをどう確認・回避するか」という外向きの視点に絞ります。契約形態の判断と契約前チェックの整理を、1週間程度で進められる状態を目指していきましょう。
副業人材を受け入れる企業が直面する2つの法的リスク

副業・複業を解禁した他社社員を受け入れる際、自社社員に副業を許可する側とは異なる固有のリスクが発生します。本セクションでは、なぜ受け入れ側に固有のリスクが生じるのかを整理し、以降のセクションで扱う論点の地図を示します。
「副業人材を受け入れる」と「自社社員に副業を許可する」は別の論点
副業・兼業に関する記事の多くは「自社社員に副業をどう許可するか」(送り出し側)を扱っています。就業規則の改定、許可制と届出制の選択、自社で発生する競業避止・秘密保持の管理などが論点です。
一方、本記事が扱う「他社で本業を持つ人材を、自社が副業として受け入れる」(受け入れ側)は、別の論点群です。受け入れ側は次の2つの視点を持つ必要があります。
- 本業先 → 自社への波及: 副業人材は本業先と労働契約を結んでおり、本業先での秘密保持義務・競業避止義務・誠実義務を負っています。自社が本業先と類似業務を依頼すれば、副業人材を介して本業先の秘密情報が自社業務に意図せず流入したり、本業先から「競業違反」と評価されたりするリスクが生じます。
- 二重就労による自社側の責任: 雇用契約で受け入れた場合、労働基準法上の労働時間通算ルール(後述)や安全配慮義務が自社にも及びます。本業+副業の労働時間が法定労働時間を超えれば、自社が割増賃金を負担する場面が出てきます。
つまり受け入れ側は、自社内の制度整備だけでは足りず、「副業人材の本業先で課されている制約」と「自社が新たに負う労務責任」の両方を視野に入れる必要があります。
受け入れ側が負う2つのリスク(二重就労リスク・守秘義務リスク)
受け入れ側のリスクを整理すると、大きく次の2軸に分けられます。
リスク軸 | 概要 | 主に影響する場面 |
|---|---|---|
二重就労リスク | 本業+副業の労働時間累計に起因する、労働時間通算・割増賃金・安全配慮義務・労災・社会保険のリスク | 雇用契約で受け入れる場合に顕在化(業務委託は原則対象外) |
守秘義務リスク | 本業先で課されている秘密保持義務・競業避止義務に副業人材が違反する形で自社業務に従事してしまうリスク。逆方向(自社情報の本業先への漏洩)も含む | 雇用・業務委託を問わず常に発生 |
この2軸は独立して評価する必要があります。たとえば「業務委託で受け入れたから労働時間の問題はない」としても、本業先との競合関係を確認しなければ守秘義務リスクは消えません。逆に「本業先と業種が全く違うので守秘義務は気にしなくていい」としても、雇用契約で受け入れる以上は労働時間通算が必要です。
厚労省ガイドラインの4義務を受け入れ側視点で読み替える
厚生労働省の副業・兼業の促進に関するガイドラインでは、副業・兼業を行う労働者が「使用者」に対して負う義務として、安全配慮義務・秘密保持義務・競業避止義務・誠実義務の4つを挙げています。本ガイドラインは送り出し側・受け入れ側双方を対象としていますが、受け入れ側の視点で読み替えると次のように整理できます。
義務 | 受け入れ側にとっての意味 |
|---|---|
秘密保持義務 | 副業人材は本業先の秘密情報を自社に持ち込まない義務を負う。受け入れ側は副業人材に対してそれを再確認させ、自社の秘密情報も本業先に漏洩させない仕組みを設計する必要がある |
競業避止義務 | 副業人材は本業先に対して競業避止義務を負っていることが多い。自社業務が本業先と競業関係にあると評価されれば、本業先が副業人材を懲戒・損害賠償の対象とし、副業人材経由で自社にも紛争が波及するリスクがある |
誠実義務 | 副業人材が本業先での労務提供を阻害しない範囲で副業に従事しているか。受け入れ側も、副業人材が本業で疲弊しないよう運用面で配慮する必要がある |
安全配慮義務 | 雇用契約で受け入れた場合、自社も副業人材の健康管理に責任を負う。本業+副業の合計労働時間を把握し、過重労働を防ぐ運用が求められる |
以降のセクションでは、この4義務を「採用判断」「契約締結」「受け入れ運用」「終了」のタイミング軸に落とし込みながら、具体的な確認事項と契約条項を解説していきます。なお、自社社員に副業を許可する側の論点に関心がある場合は副業解禁・社内副業制度の整備ガイドを、業務委託契約書・NDA・オンボーディング規程の網羅的な整備手順に関心がある場合は複業エンジニア受け入れの社内規程整備ガイドも併せて参照してください。
二重就労リスクを管理する(雇用契約で受け入れる場合)

副業人材をパート・アルバイト等を含む雇用契約で受け入れた場合、自社は労働基準法上の使用者として、本業先との関係も含めた労働時間管理・割増賃金・安全配慮義務などを負います。本セクションでは、自社が見落としやすい5つの観点を順に整理します。
労働時間通算ルール(労働基準法第38条1項)の基本
労働基準法第38条1項は「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と定めています。厚生労働省の副業・兼業の労働時間管理 Q&Aによれば、この条文は同一の使用者の異なる事業場だけでなく、使用者が異なる場合(本業先と副業先)も含めて通算すると解釈されています。
ただし、通算の対象となるのは労働基準法上の「労働者」として労働契約を結んでいる場合に限定されます。したがって次のような場合は通算の対象外です。
- 業務委託契約(請負・準委任)で従事している時間
- フリーランスとして自営している時間
- 自社で個人事業として行っている時間
つまり、自社が雇用契約で受け入れ、副業人材が本業先でも雇用契約で就業している場合に限り、労働時間通算が問題になります。本業先がフリーランスや業務委託である場合は、自社で雇用しても通算は不要です(自社の労働時間のみを管理すればよい)。
割増賃金は誰が負担するか(原則と簡便な労働時間管理)
労働時間通算の結果、1日8時間または週40時間の法定労働時間を超えた場合、超えた部分について時間外労働の割増賃金(25%以上)が必要です。割増賃金の負担者は次の原則で決まります。
- 原則: 法定労働時間を超える時間外労働を発生させた使用者(=後から労働契約を締結した使用者、または当該日に法定労働時間を超える労働を行わせた使用者)が割増賃金を支払う
- 副業先(後発の使用者)が割増賃金を負担するのが一般的: 本業先で既に8時間勤務した労働者が、副業先で追加で就業すれば、副業先での就業時間はすべて時間外労働となるため、副業先(=自社)が割増賃金を支払う必要があります
ただし、通算管理の事務負荷が大きすぎることから、厚労省ガイドラインは「簡便な労働時間管理(管理モデル)」を提示しています。これは事前に本業先と副業先が労働時間の上限枠を定めておき、各企業が自社の枠内で割増賃金計算を完結させる方式です。受け入れ側として活用するメリットは大きいものの、副業人材を介して本業先と労働時間の上限について事前合意する必要があるため、運用には一定の調整コストがかかります。
なお、副業・兼業の労働時間通算ルールは見直しが議論されていますが、改正法案の国会提出は遅れています。労働政策審議会では、健康確保のための労働時間通算は維持しつつ、割増賃金の支払いについては通算を不要とする方向で議論が進んできました(2026年労働法大改正:「副業・兼業の労働時間通算ルールの見直し」(社会保険労務士法人 湘南経営パートナーズ))。ただし、2025年12月に上野賢一郎厚生労働相が2026年通常国会への労働基準法改正法案の提出見送りを明言し(副業・兼業の労働時間通算ルール、見直し議論の現在地(社会保険労務士法人T&M Nagoya))、現時点では2027年以降の国会提出・施行が見込まれている状況です。当面は現行ルールでの設計を前提としつつ、改正動向を継続的にウォッチしておきましょう。
安全配慮義務と過労リスク(健康管理の運用)
雇用契約で受け入れた以上、自社は副業人材に対して安全配慮義務を負います。これは本業+副業の合計労働時間が過重になり、健康障害が発生した場合に自社が責任を問われる可能性があるという意味です。
実務的には次の運用が必要になります。
- 受け入れ時に本業先での所定労働時間・直近数ヶ月の実労働時間を自己申告で把握する
- 月次で本業先の労働時間を申告してもらい、自社の労働時間と合算して過重労働ラインを超えないかを確認する
- 副業人材が過労を訴えた場合、自社の労働時間を一時的に減らす運用ができるよう、業務量を調整可能な設計にしておく
健康管理は副業人材本人の自己申告に依存する部分が大きいため、申告フォーマット(後述)の整備が出発点になります。
社会保険・労災適用の判定軸
社会保険(健康保険・厚生年金)と労災保険の適用は、雇用契約での副業受け入れにおいて見落とされやすい論点です。
- 社会保険(健康保険・厚生年金): 各事業所で個別に加入要件を判定します。週の所定労働時間および月の所定労働日数が、その事業所の通常労働者の4分の3以上であれば加入対象です。通常、副業先での労働時間は本業より短いため、自社で加入が必要になるケースは限定的ですが、本業先と副業先の両方で加入要件を満たす場合は「二以上事業所勤務届」を年金事務所に提出する必要があります。
- 労災保険: 副業先で業務上の負傷・疾病が発生した場合、副業先の労災保険から給付されます。2020年の労災保険法改正により、給付額の算定基礎は本業+副業の賃金を合算した額となりました。受け入れ側は労災保険料を当然に負担していますが、副業人材が本業先で発生した労災事故についても合算で給付額が算定されることは、念のため認識しておく必要があります。
雇用での受け入れに必要な申告フロー(本業先の労働時間の把握)
労働時間通算と安全配慮義務を運用するには、本業先での労働時間を自社が把握する必要があります。実務的な申告フローは次のとおりです。
- 採用時の自己申告書: 本業先の事業者名・所定労働時間・想定残業時間・副業の許可有無(および許可形態)を本人から書面で申告してもらう
- 月次申告: 毎月の本業労働時間(実績)を、自社の労働時間と合算可能な様式で申告してもらう
- 変動時の即時申告: 本業先で残業が大幅に増えた場合・部署異動で職務内容が変わった場合は、申告のタイミングを待たずに連絡してもらう
申告書のフォーマットは自社の労務管理ツールに合わせて設計しますが、最低限「本業先の所定労働時間」「本業先の前月実労働時間」「健康状態の自己評価」を含めると、安全配慮義務の履行記録として機能します。
二重就労リスクを業務委託で回避する選択肢
雇用契約で受け入れた場合に発生する労働時間通算・割増賃金・安全配慮義務などの二重就労リスクは、業務委託契約(請負・準委任)で受け入れることで原則として回避できます。ただし、業務委託には別のリスク(偽装請負)が伴うため、契約形態の選択は慎重に判断する必要があります。
業務委託なら労働時間通算は不要だが偽装請負リスクが発生する
業務委託契約は労働基準法上の労働契約ではないため、次の点で雇用契約とは大きく異なります。
- 労働時間通算の対象外: 副業人材が本業先で雇用契約により就業していても、自社が業務委託で受け入れる場合は、本業+副業の労働時間を通算する必要がありません。割増賃金の負担も発生しません。
- 安全配慮義務の対象外: 業務委託は労働者ではないため、労働基準法上の安全配慮義務は原則として課されません(ただし請負人の安全衛生確保について発注者が一定の配慮を求められるケースはあります)。
- 労災・社会保険の対象外: 業務委託の場合、自社で労災保険・社会保険に加入させる必要はありません。
このように、業務委託で受け入れれば二重就労由来のリスクは大幅に減ります。ただし、業務委託契約の実態が「指揮命令を受けて業務に従事する」労働者性の高いものになっていると、偽装請負と判定され、後から労働基準法・労働契約法・労働者派遣法上のさまざまな責任を遡って負うことになります。
偽装請負と判定される主な要素は次のとおりです。
- 業務遂行方法・時間配分・場所について発注者から具体的な指揮命令を受けている
- 業務時間が発注者によって厳格に管理されている(始業・終業時間の指定、欠勤・遅刻の管理など)
- 業務の進め方を自分で決められず、発注者の指示に従わなければならない
- 業務に必要な機材・設備を発注者が提供している
- 報酬が時間給ベースで計算されている
これらの要素が複数当てはまる場合は、形式上「業務委託契約」であっても実態は雇用契約と判定される可能性が高いと考えるべきです。
雇用と業務委託の選択判断ロジック
副業人材を受け入れる際に「雇用か業務委託か」を決める判断は、次のフレームで整理できます。
観点 | 雇用契約が向くケース | 業務委託契約が向くケース |
|---|---|---|
業務の性質 | 自社の一員として継続的に業務に従事させたい | プロジェクト・成果物単位で完結する |
指揮命令の必要性 | 業務遂行方法を細かく指示する必要がある | 業務遂行方法は受託者の裁量に委ねる |
業務時間 | 始業・終業時間を指定する必要がある | 時間配分は受託者が決められる |
成果物 | 時間で評価する(労務提供) | 明確な成果物・納品物を定義できる |
二重就労リスク | 労働時間通算・割増賃金を負担する覚悟がある | 二重就労リスクを回避したい |
偽装請負リスク | リスクなし | 指揮命令や時間管理を弱め、成果物責任を明確にする運用が必要 |
判断のポイントは「業務遂行方法を発注者がどこまで指示するか」です。プロジェクト型・成果物型の業務で、副業人材の裁量に委ねられるものであれば業務委託が適しています。逆に自社の業務プロセスに組み込んで継続的に労務提供を求める場合は、無理に業務委託の形式を取らず雇用契約にすべきです。
業務委託で受け入れる際に契約書に盛り込む条項
業務委託で受け入れる場合、契約書には少なくとも次の条項を盛り込みます。
- 業務の範囲と成果物の定義: 具体的な成果物・納品物を明確に定義し、時間給ベースでの評価を避ける
- 業務遂行方法の裁量: 業務遂行の方法・時間配分・場所について、原則として受託者の裁量に委ねる旨を明記する
- 再委託の取り扱い: 再委託の可否、可とする場合は事前承諾を要件とする
- 報酬体系: 成果物単価または月額固定のプロジェクト報酬とし、時間給を避ける
- 契約期間と更新: 期間を区切り、自動更新ではなく明示的な更新合意を要件とする
- 秘密保持・競業避止: 本業先との関係を踏まえた条項(次セクションで詳述)
業務委託契約書の網羅的な作り方や、オンボーディング規程・偽装請負防止のための運用ルールの詳細は複業エンジニア受け入れの社内規程整備ガイドで個別に解説しています。本記事では「本業先との関係で特に注意すべき条項」に絞って次セクションで触れます。
守秘義務リスクを管理する(本業先との関係で確認すべきこと)

副業人材は本業先で必ず何らかの秘密保持義務・競業避止義務を負っています。雇用契約の場合は就業規則・誓約書を通じて、業務委託の場合は業務委託契約書・NDA を通じて、それぞれ義務が課されているのが通常です。受け入れ側は、副業人材を介してこれらの義務違反が発生しないよう、契約締結前に確認・契約条項での補完を行う必要があります。
副業人材本人に確認する5つの事項
受け入れ前の面談または採用判断のタイミングで、副業人材本人に次の5項目を確認します。本記事最後のチェックリストでも同じ項目を再掲しますが、ここでは確認の意図を含めて解説します。
- 本業先の副業許可の有無: 本業先の就業規則で副業が許可されているか。届出制か許可制か。許可制の場合は本人が本業先に副業を申請し、承認を得ているか。許可されていない状態で副業に従事すれば本業先で懲戒・解雇のリスクがあり、自社受け入れも巻き込まれます。
- 本業先の業種と職務内容: 本業先がどのような事業を行っているか。副業人材が本業先で担当している職務は何か。これがわからないと、自社業務との競合関係を評価できません。
- 自社業務と本業先業務の重複度: 副業人材に依頼する自社業務が、本業先で担当している職務と直接競合・重複していないか。同じ顧客層への営業・同じプロダクトの開発などは赤信号です。
- 本業先の競業避止義務の内容: 本業先と締結している競業避止義務の条項を、概要レベルで本人から教えてもらいます(条項の文面そのものを取得する必要はないが、何をしてはいけないかは把握する)。
- 本業先の秘密保持義務の対象範囲: 同様に、本業先で保護すべき秘密情報(顧客情報・技術情報・営業情報など)の範囲を概要レベルで確認します。自社業務で同じ情報を扱う可能性があれば、追加の配慮が必要です。
これらは雇用・業務委託のどちらで受け入れる場合も共通の確認事項です。
本業先と類似業種・競合関係にある場合のリスク評価フレーム
副業人材の本業先が自社と類似業種・競合関係にある場合は、リスクを次の3段階で評価します。
リスクレベル | 状況 | 推奨される判断 |
|---|---|---|
高 | 本業先が直接の競合企業、または副業人材が本業先で自社と同種の業務を担当している | 受け入れを見送るか、自社業務の内容を本業先と全く重ならない領域に限定 |
中 | 同業界だが本業先と自社で顧客層・プロダクトが異なる、あるいは副業人材の職務が間接部門 | 受け入れ可能だが、NDA・誓約書で「本業先で得た情報の自社業務への利用禁止」を明示し、業務内容も本業と重ならない領域に絞る |
低 | 本業先と自社で業界が異なる、または副業人材の本業職務と自社依頼業務が無関係 | 通常の NDA・契約書で対応可能 |
リスク評価の出発点は「副業人材の本業先で扱う情報・顧客・ノウハウが、自社業務に流入する経路があるか」です。経路がある場合は、契約条項だけでなく業務上のアクセス制御(自社の顧客情報・営業情報へのアクセス権限を限定するなど)も併用するのが安全です。
BUSINESS LAWYERS の解説記事「副業・兼業に伴う秘密漏えいの防止策」 でも指摘されているとおり、秘密漏洩リスクは契約だけで完全に塞ぐことはできず、業務設計と運用での補完が必要です。
自社の NDA・業務委託契約書に盛り込む条項
受け入れ側として、本業先との関係を踏まえて NDA・業務委託契約書に追加すべき条項は次のとおりです。
- 本業先の情報の持ち込み禁止: 副業人材が本業先で取得した秘密情報を自社業務に持ち込まないことを明示する条項
- 本業先の秘密保持・競業避止義務の遵守確認: 副業人材が本業先で負う秘密保持義務・競業避止義務を遵守する責任は本人にあること、自社業務への従事がこれらに違反しないよう本人が確認する義務を明示する条項
- 本業先からの照会対応の窓口: 万一、本業先から自社に「副業の従事内容について確認したい」との照会があった場合の対応窓口・対応方針
- 自社秘密情報の本業先への持ち出し禁止: 副業人材が自社業務で得た秘密情報を本業先に持ち出さないことを明示する条項
- 競業避止義務の範囲設定: 副業人材が自社業務を退いた後、一定期間は自社と競合する業務(本業先での職務とは別)に従事しないことを定める場合、合理的な範囲(業務内容・地理・期間)に限定する
副業・兼業のNDA・秘密保持契約に関する解説(and HiPro) では、副業人材を受け入れる企業が NDA で確認すべき項目として「本業先との関係を含めた情報遮断」が紹介されています。受け入れ側の NDA は通常の業務委託 NDA をベースにしつつ、「他社で本業を持つ前提」の条項を上乗せする設計が現実的です。
NDA・業務委託契約書の網羅的な条項リストや具体的な条文例は複業エンジニア受け入れの社内規程整備ガイドを参照してください。本記事では「本業先との関係で特に追加すべき条項」に絞って解説しています。
なお、2024年11月施行のフリーランス新法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)により、業務委託で副業人材を受け入れる場合は契約書面の交付義務・報酬支払期日・ハラスメント対策など、発注者側に新たな義務が課されています。本記事で扱った本業先との関係に起因する条項を整理する前段として、業務委託契約そのものの法令順守状況を点検しておくと、副業人材受け入れの土台が安定します。法令対応の論点を契約書のチェック観点に落とし込みたい場合は、お役立ち資料「フリーランス新法対応 業務委託発注の法律・契約リスク点検ガイド」も併せてご活用ください。
受け入れ前後のリスク管理チェックリスト

ここまで整理した二重就労リスクと守秘義務リスクを、受け入れの4フェーズ(採用判断・契約締結・受け入れ運用・終了)に落とし込んだチェックリストです。担当者がそのまま社内テンプレートとして転用できる粒度で、各項目について「誰が」「何をもって」「いつまでに」確認するかを示します。
採用判断フェーズのチェック項目
候補者との面談・採用判断の段階で確認する項目です。
# | 確認項目 | 確認方法 | 期限 |
|---|---|---|---|
1 | 本業先の副業許可の有無・許可形態(届出制/許可制) | 候補者へのヒアリング、必要に応じて本業先からの許可書面の提示依頼 | 内定通知前 |
2 | 本業先の業種・候補者の本業職務内容 | 候補者へのヒアリング | 内定通知前 |
3 | 自社業務と本業先業務の重複度・競合関係の有無 | 自社事業との照合(営業・事業企画担当の確認も含む) | 内定通知前 |
4 | 本業先の競業避止義務・秘密保持義務の概要 | 候補者へのヒアリング | 内定通知前 |
5 | 雇用契約か業務委託契約かの選択 | 本記事の判断ロジック表に基づく社内判断 | 内定通知時 |
6 | (雇用の場合)本業先の所定労働時間・直近実労働時間 | 候補者からの自己申告書 | 内定通知時 |
チェック項目5の契約形態選択は、本記事で扱った判断ロジック(業務の性質・指揮命令・成果物の有無)に基づいて行います。判断が割れる場合は、人事・事業部門・法務担当者の3者で協議するのが望ましい運用です。
契約締結フェーズのチェック項目
契約書・NDA を締結する段階で確認する項目です。
# | 確認項目 | 確認方法 | 期限 |
|---|---|---|---|
1 | (雇用の場合)労働条件通知書に副業前提の項目を記載 | 労務担当者によるレビュー | 契約締結前 |
2 | (業務委託の場合)成果物定義・業務遂行方法の裁量・報酬体系を成果物ベースで明記 | 契約書テンプレートの確認 | 契約締結前 |
3 | NDA 締結(自社秘密情報の保護) | NDA テンプレートでの締結 | 業務開始前 |
4 | 本業先の情報の自社への持ち込み禁止条項 | NDA・契約書への組み込み | 契約締結時 |
5 | 本業先の秘密保持・競業避止義務の遵守責任は本人にある旨の確認条項 | 誓約書または契約書への組み込み | 契約締結時 |
6 | (雇用の場合)副業前提の労働時間管理方式(原則 or 簡便な管理モデル)の選択と本人への説明 | 労務担当者と本人で合意 | 契約締結時 |
7 | 本業先からの照会があった場合の窓口・対応方針 | 契約書または社内ルール文書での明示 | 契約締結時 |
チェック項目6は雇用契約の場合のみ対象です。簡便な労働時間管理(管理モデル)を採用する場合は、本業先との上限枠の事前合意が必要になるため、副業人材本人を介した調整スケジュールも含めて計画します。
受け入れ運用フェーズのチェック項目
業務開始後の運用段階で継続的に確認する項目です。
# | 確認項目 | 確認方法 | 頻度 |
|---|---|---|---|
1 | (雇用の場合)本業先での月次労働時間の申告 | 自己申告書 | 毎月 |
2 | (雇用の場合)本業+副業の合計労働時間が過重労働ラインを超えていないか | 労務担当者による集計確認 | 毎月 |
3 | 本業先の状況変化(部署異動・職務変更・残業大幅増)の申告 | 本人からの即時連絡 | 変動時 |
4 | 自社の機密情報・顧客情報へのアクセス権限の最小化 | 情報システム担当者によるアクセス権設定 | 業務開始時、業務内容変更時 |
5 | 自社業務の内容が本業先業務との競合に近づいていないかの定期確認 | 担当部門・人事の四半期レビュー | 四半期ごと |
6 | (業務委託の場合)指揮命令・時間管理に該当する運用が混入していないか | 担当部門・人事のレビュー | 半期ごと |
チェック項目6は業務委託で受け入れた場合に重要です。プロジェクト進行中に「業務時間を細かく指定する」「業務の進め方を細かく指示する」といった運用が増えていくと、偽装請負と判定されるリスクが高まります。業務委託の本来の姿(成果物責任・遂行裁量)を維持できているかを定期的にレビューしてください。
終了フェーズのチェック項目
副業人材が自社を退く際に確認する項目です。
# | 確認項目 | 確認方法 | 期限 |
|---|---|---|---|
1 | 自社秘密情報の返還・廃棄 | 退職・契約終了時の誓約書、PC・データ返還の確認 | 業務終了日 |
2 | 自社システムへのアクセス権限の剥奪 | 情報システム担当者によるアカウント停止 | 業務終了日 |
3 | 退職後の秘密保持義務・競業避止義務の継続確認 | 退職時誓約書 | 業務終了日 |
4 | 本業先への戻り後に発生し得る情報持ち出しリスクの最小化 | 業務終了前の最終確認面談 | 業務終了前 |
特にチェック項目4は、副業人材が自社を退いて本業先に戻る際、自社で得た情報が本業先で利用されるリスクを抑える観点で重要です。退職時誓約書だけでなく、業務終了前の数週間でアクセス権限を段階的に絞り込むなどの運用面の工夫も検討に値します。
副業・複業人材の受け入れは、本業先との関係を踏まえた事前確認と契約条項の設計、そして運用フェーズでの継続的なリスク管理が成功の鍵を握ります。本記事で整理した二重就労リスクと守秘義務リスクの2軸、雇用と業務委託の選択ロジック、チェックリストを社内テンプレートとして活用し、初回受け入れの意思決定と契約準備を1週間程度で進められる状態を作っていきましょう。
よくある質問
- 業務委託で受け入れれば二重就労リスクは完全に回避できますか?
労働時間通算・割増賃金・安全配慮義務は回避できますが、守秘義務リスク(本業先の競業避止・秘密保持)は雇用・業務委託を問わず常に発生します。また指揮命令や時間管理を強めると偽装請負と判定されるリスクが生じるため、成果物責任と遂行裁量を明確に保つ運用が必要です。
- 本業先の競業避止義務を自社でどこまで確認すればよいですか?
条項の文面そのものの提出は不要ですが、「何をしてはいけないか」の概要を本人から口頭またはヒアリングシートで確認し、自社業務との重複度を内定通知前に評価することが最低ラインです。競合度が「高」と判断した場合は受け入れを見送るか業務範囲を本業と重ならない領域に限定してください。
- 雇用か業務委託かを判断する最も重要なポイントは何ですか?
「業務遂行の方法・時間配分を発注者がどこまで指示するか」が分岐点です。始業・終業時間を指定し業務プロセスに組み込む場合は雇用契約が適切で、成果物単位で副業人材の裁量に委ねられる場合は業務委託が適切です。実態が雇用に近いまま業務委託契約を結ぶと偽装請負のリスクが生じます。
- 副業人材を雇用契約で受け入れた場合、割増賃金は必ず自社が負担しますか?
後から労働契約を締結した副業先(自社)が割増賃金を負担するのが原則です。ただし、本業先と副業先が事前に労働時間の上限枠を合意する「簡便な労働時間管理(管理モデル)」を活用すると、自社枠内で計算が完結するため実務上の負担を抑えられます。
- 副業人材との間で最低限締結すべき書面は何ですか?
雇用の場合は「採用時自己申告書(本業先の労働時間・副業許可有無)」「NDA(本業先情報の持ち込み禁止・自社情報の持ち出し禁止)」「労働条件通知書」の3点、業務委託の場合は「業務委託契約書(成果物・裁量・報酬体系を明記)」「NDA」の2点が最低限必要です。
- 受け入れ後に本業先の状況(転職・部署異動)が変わった場合、どう対応すればよいですか?
本業先の職務内容変更は競業避止・守秘義務の対象範囲が変わるため、即時申告を契約書や就業規則に義務づけておくことが重要です。変動の報告を受けた際は自社業務との競合関係を改めて評価し、必要に応じて業務範囲を調整するか契約を見直してください。



