社員から「副業をしたいのですが、会社として認めてもらえますか」と相談を受けたとき、あなたの会社はすぐに答えを出せますか。多くの企業の人事担当者が、副業解禁の必要性は感じつつも、「就業規則をどう直せばいいのか」「労働時間管理はどこまでやればいいのか」「情報漏洩リスクへの対策は?」と、整備の入口で立ち止まってしまっています。
厚生労働省は2018年にモデル就業規則から副業禁止規定を削除し、副業・兼業を原則容認する方向へと政策を転換しました。さらに約40年ぶりとなる労働基準法の大規模改正も審議中であり、副業に関するルールは今後も変わり続けます。そうした中で制度整備を後回しにすると、優秀な社員の離職や、トラブル発生時の法的リスクを招きかねません。
一方で、「とりあえず就業規則に一文追加した」だけでは制度として機能しません。申告フロー、労働時間管理、情報管理ルールまでセットで整えることで、初めて実効性のある副業制度になります。
本記事では、副業解禁を検討している企業の人事担当者を対象に、制度設計の4ステップを中心に、実務的なつまずきポイントも含めてわかりやすく解説します。就業規則の条文例から社会保険の取り扱いまで、社労士に相談する前段階の知識として活用してください。
副業解禁が今なぜ急務なのか
政府の方針転換と副業者増加の実態
日本における副業解禁の流れは、2018年に大きく変わりました。厚生労働省が「モデル就業規則」を改定し、それまで「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」と記されていた副業禁止規定を削除し、代わりに「勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる」という表現へと転換したのです(厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」)。
その後、2020年9月と2022年7月にガイドラインが改定され、企業が副業を制限できる要件がより明確化されました。政府は「副業・兼業の促進に関するガイドライン」において、企業は原則として副業を認める方向で検討することが求められると明記しています。
副業希望者の増加も企業にとって無視できない現実です。求人媒体やアンケート調査では、正社員の副業・兼業希望率が年々上昇しており、特にエンジニアやデザイナーなどの専門職では副業の有無が転職先選びの基準のひとつになっています。副業を認めない企業が採用市場で不利になる場面も増えています。
注目の労基法改正:割増賃金ルールはどう変わるか
約40年ぶりとなる労働基準法の大規模改正が審議されており、副業に関する重要な変更案として割増賃金計算における労働時間通算ルールの見直しが含まれています(jinjer「副業の労働時間通算ルールはいつから見直される?」)。
当初2026年の通常国会への提出が見込まれていましたが、2025年12月の厚生労働相会見でこの見送りが明言されました。現在は2027年の通常国会での提出・施行が有力視されています(taxlabor「【最新】労働基準法40年ぶり大改正」)。
改正案の方向性としては、現行の「各社の労働時間を合算して割増賃金を計算する仕組み」から、割増賃金は各社が自社での労働時間のみに基づいて計算する方式への転換が検討されています。健康管理のための労働時間把握義務は維持されますが、企業間での労働時間情報共有や割増賃金の通算計算は不要になる見通しです。
この改正が実現すれば、企業にとって副業管理の負担が大幅に軽減されます。施行時期は未確定ですが、今のうちから「労働者申告モデル」ベースの管理体制に移行しておくことが将来的な対応コストの削減につながります。
副業解禁の3つのメリットと2つのリスク
企業が得られる3つのメリット
1. 採用競争力と離職防止
副業を認める企業は、採用の場面で優秀な候補者に選ばれやすくなります。特に専門職や若い世代では「副業できるか」が転職先選びの重要な条件になっています。また、すでに副業をしている社員に対して解禁することで、離職の動機を減らす効果もあります。
2. 社員のスキルフィードバック
副業を通じて社員が社外で得た知識・ネットワーク・スキルは、本業にも還元されます。異業種や新技術に触れる機会が増えることで、社内だけでは得られない視点が組織に持ち込まれます。東京海上日動火災保険やサイバーエージェントなど大手企業の副業解禁事例でも、スキル還元効果が実証されています(厚生労働省「副業・兼業の事例集〜24社から学ぶ〜」2025年3月)。
3. エンゲージメントと自律性の向上
副業を認めることは「社員の時間外の活動を尊重する」というメッセージです。サイボウズのように「100人いれば100通りの働き方」を標榜する企業では、副業推進が組織文化の根幹を支えています。自律的に動ける社員を増やしたい企業にとって、副業解禁は文化づくりの一環にもなります。
軽視できない2つのリスクと対策の方向性
1. 情報漏洩・競業リスク
副業先が競合企業や取引先である場合、機密情報の漏洩や利益相反が生じる可能性があります。また、社員が副業で得たノウハウを使って独立・起業するリスクも考えられます。
対策の方向性としては、後述する「競業避止義務」と「秘密保持誓約書」の整備が基本です。申請段階で副業先の業種・業務内容を確認し、必要に応じて拒否できる仕組みを作ります。
2. 本業への支障と健康リスク
副業による長時間労働は、本業への集中力低下や健康問題を引き起こす可能性があります。現行法においても、企業には社員の健康を守る安全配慮義務があります。
対策としては、月間の副業労働時間の上限(例: 月30時間・通常勤務日は1日4時間まで等)をルール化し、定期的な状況確認を行う仕組みを設けます。
副業解禁の制度整備、4つのステップ

副業制度を整備する際は、以下の4ステップを順番に進めることを推奨します。就業規則だけ変えても機能しません。申告フロー・労働時間管理・情報管理の4点がセットで揃って初めて機能する制度になります。
ステップ1 就業規則を改定する
就業規則の整備が最初の入口です。現行の就業規則に「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」という禁止規定がある場合は、副業・兼業の規定に書き換える必要があります。
許可制と届出制の選択
副業制度の運用方針として、「許可制」か「届出制」かを選択します。
- 許可制: 社員が副業を行う前に会社に申請し、会社が許可を与える方式。リスク管理を重視する企業や、セキュリティが高い業種に向いています
- 届出制: 社員が会社に届出を出せば、原則として副業を行える方式。手続きが簡便で、副業推進を重視する企業に向いています
現在の流れとしては、許可制から届出制へ移行する企業が増えています。ただし、届出制であっても「禁止・制限できる事由」を明記しておくことが必要です。
条文例(届出制の場合)
就業規則の条文として参考になる記述例は次のとおりです。
(副業・兼業) 第○条 労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。
2 前項の場合は、事前に所定の届出を会社に提出するものとする。
3 次のいずれかに該当する場合は、会社は副業・兼業を禁止または制限することができる。 (1) 労務提供上の支障が生じる場合 (2) 業務上の秘密が漏洩する場合 (3) 競業により会社の利益が害される場合 (4) 会社の名誉または信用が損なわれる場合
この条文は厚生労働省のモデル就業規則をベースにしたものです。自社の実情に合わせて、禁止業種(競合企業への就業禁止など)や上限時間を追記することが推奨されます(厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」)。
よくあるつまずき
就業規則の変更手続きを忘れるケースがあります。就業規則を変更する場合は、事業場の過半数を代表する労働者または労働組合の意見聴取を行い、労働基準監督署に届出が必要です。社員への周知(掲示・配布・社内イントラ掲載等)も義務です。
ステップ2 申告・承認フローを設計する
就業規則を整備したら、次は実際の運用フロー(申告書・審査基準・承認手順)を設計します。
申告書に記載してもらう項目の例
- 副業先の会社名・業種
- 副業の業務内容
- 週あたりの予定労働時間数
- 副業開始日・終了予定日
- 秘密保持・競業避止の誓約
審査・拒否の基準を明確にする
何を理由に許可しないかを曖昧にしておくと、担当者の判断がバラつき、社員との間でトラブルが生じます。「競業企業への就業は不可」「週○時間超は不可」「健康診断で要観察以上の社員は上長の確認を要する」など、客観的な基準を事前に定めておきます。
よくあるつまずき
フローを作ったものの、「誰が最終承認者か」が不明確で判断が滞るケースがあります。直属の上長の意見・人事部の確認・最終承認(人事部長または代表取締役)という3段階の承認ルートを設計しておくと運用がスムーズです。
ステップ3 労働時間管理体制を整える
現行法では、同一労働者が複数の会社で雇用される場合、各社の労働時間を通算して管理する義務があります。審議中の法改正が実現すれば割増賃金計算の通算が不要になる見通しですが、健康管理のための通算把握義務は残る方向です。
副業者の労働時間確認方法
会社が副業者の労働時間を確認する方法として、厚労省が推奨する「管理モデル」があります。
- 労働者申告モデル: 副業を開始した社員に定期的(月1回等)に副業の労働時間を報告させる方式。実務上、最も採用しやすい方法です
- 通算管理モデル: 本業と副業の労働時間を合算して管理し、超過分の割増賃金を支払う方式(現行法の原則)
将来の法改正の方向性も踏まえると、労働者申告モデルへの移行を今から準備しておくのが現実的です。
よくあるつまずき
副業先での労働時間を会社側で正確に把握することは実務上難しく、「申告してもらうしかない」ケースがほとんどです。申告を怠った場合のペナルティ(就業規則上の懲戒対象)を明示しておくことで、申告の実効性を確保します。
ステップ4 情報管理・競業避止ルールを整える
副業を認める際に最も重要なのが、情報漏洩と競業リスクへの対策です。
秘密保持誓約書の整備
副業を申請した社員には、副業先での業務において自社の機密情報を一切使用・開示しない旨の誓約書を締結します。誓約書には以下の項目を含めることが推奨されます。
- 自社の機密情報の定義(顧客情報・技術情報・未公開プロジェクト情報等)
- 副業先における機密情報の使用禁止
- 副業終了後の情報持ち出し禁止
- 違反時の損害賠償責任
禁止対象となる業種・業務の設定
競合企業への就業、自社取引先への就業など、リスクの高いケースを就業規則または申告書の審査基準に明記します。ただし、過度に広い制限は「副業の原則容認」という政府方針に反するため、業務上の具体的な弊害が生じる範囲に限定することが重要です(厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」)。
副業禁止にできるケースと制限できる条件

副業解禁というと「全員に認めなければならない」と思われがちですが、厚労省のガイドラインでは、一定の要件を満たす場合に副業を禁止・制限することができると明示されています。
副業を制限・禁止できる4つの正当事由
要件 | 内容の例 |
|---|---|
労務提供上の支障 | 副業により疲労が蓄積し、本業のパフォーマンスが明らかに低下している |
業務上の秘密の漏洩 | 副業先が自社の技術・顧客情報にアクセスできる立場にある |
競業による利益侵害 | 副業先が自社の直接競合企業または取引先 |
名誉・信用の毀損 | 反社会的組織への関与、社会的評価を損なう業務 |
これらに該当する具体的な事実がある場合に限り、副業を拒否・停止できます。「なんとなく心配だから」という理由では、制限の正当事由として認められない点に注意が必要です。
許可制・届出制の違いと選び方
許可制が向いている企業の例
- 機密性の高い研究開発・金融・医療分野の企業
- セキュリティクリアランスが求められる業務がある企業
- 副業解禁の導入初期で運用に慣れていない企業
届出制が向いている企業の例
- スタートアップやIT系企業など、副業人材の活用を戦略的に進めたい企業
- 副業推進を採用ブランディングに活かしたい企業
- 社員の自律性を重視する組織文化を持つ企業
どちらを選択する場合も、「拒否・制限できる事由を明記する」「定期的な申告・更新を義務付ける」という点は共通で整備が必要です。
社会保険・税務の実務的対応ポイント
副業制度を整備する際に、担当者が特につまずきやすいのが社会保険と税務の扱いです。
社会保険の二重加入と事業所選択届
副業が雇用型(会社と雇用契約を結ぶ形)の場合、副業先でも社会保険の加入要件を満たすと、本業・副業の両方で社会保険に加入する「二以上事業所勤務」の状態になります。
この場合、社員は「健康保険・厚生年金保険 被保険者所属選択・二以上事業所勤務届」を年金事務所に届け出る義務があります。保険証は1枚のみ発行され、保険料は本業・副業双方の標準報酬月額に基づいて按分されます(日本年金機構「複数の事業所に雇用されるようになったときの手続き」)。
企業の実務対応としては、副業申請を受けた際に「雇用型か非雇用型(業務委託)か」を確認し、雇用型の場合は二以上事業所勤務の手続きを社員に案内します。会社側が直接手続きをする義務はありませんが、社員が手続きを知らないケースが多いため、案内文の準備が推奨されます。
副業社員の住民税・確定申告と会社の関与範囲
副業で年間20万円超の所得がある社員は、原則として確定申告が必要です。確定申告は社員個人が行うものであり、会社が代わりに行う義務はありません。
会社側が注意すべきは、住民税の徴収方法です。副業所得を含む住民税の通知が会社に届くと、会社が副業の存在を把握することになります。副業が「バレたくない」社員は、確定申告の際に住民税の納付方法を「普通徴収」(自分で納付)に変更する選択肢があります。
人事担当者としては、「確定申告は社員個人の責任」「住民税の取り扱いは事前に社員に説明する」という点を制度説明に盛り込んでおくとトラブルを防げます。
外部副業人材を活用する視点も持つ

副業制度の整備は「自社社員が副業をする側」の話が中心になりがちですが、もう一つの視点として「外部の副業・複業人材を受け入れる側」としての準備も重要です。
副業・兼業補助金で受け入れ企業も最大250万円
経済産業省が実施した「副業・兼業支援補助金」では、他社で勤務する人材を副業として受け入れる企業に最大250万円の補助が支給されました(2023年4月開始)。補助金制度は毎年内容が変わりますが、副業人材受け入れを支援する施策は継続されています。最新の補助金情報は、中小企業庁や経済産業省のウェブサイトで確認することをお勧めします。
業務委託か雇用かの判断基準と実務上の注意点
外部の副業人材を活用する場合、「業務委託契約(フリーランス)」か「雇用契約(パートタイム等)」かの区別が重要です。
業務委託として活用する場合のメリット
- 社会保険・労働保険の加入義務が(原則として)不要
- 業務の成果に対して報酬を支払う形になるため、固定費を抑えやすい
- フリーランス新法(2024年11月施行)に基づく書面交付・報酬支払条件の明示が義務
雇用として活用する場合のメリット
- 指揮命令関係を持てるため、業務管理がしやすい
- 守秘義務・競業避止義務を就業規則・誓約書で明確に定めやすい
注意すべき点は「形式上は業務委託でも、実態として雇用と認定されるケース」です。業務の指示を細かく出す、時間・場所を拘束するといった働き方は、契約形態に関わらず雇用関係と判断される場合があります(労働基準法・労働者性の判断)。
外部エンジニア・複業人材の採用・活用を体系的に進めたい場合は、採用プロセスからオンボーディングまでの手順をまとめた資料も参考にしてください。
まとめ|副業解禁は「整備の質」で決まる
副業解禁を成功させるかどうかは、「解禁するかどうか」の意思決定よりも、「どう整備するか」の質で決まります。整備が不十分なまま運用を始めると、情報漏洩トラブル・社員との摩擦・法的リスクを招く可能性があります。
本記事で紹介した4つのステップをあらためて確認します。
- 就業規則の改定: 禁止規定の削除・届出制または許可制の選択・条文例の整備
- 申告・承認フローの設計: 申告書の項目・審査基準・承認者の明確化
- 労働時間管理体制の整備: 労働者申告モデルの採用・月次報告ルールの設定
- 情報管理・競業避止ルールの整備: 秘密保持誓約書・禁止業種の設定
これらは特別な法的専門知識がなくても、厚労省のガイドラインとモデル就業規則を参照しながら整備できます。ただし、自社の業種・規模・文化に合わせたカスタマイズには、社会保険労務士への相談を検討することをお勧めします。
また、労基法改正の動向(割増賃金通算廃止の方向性)を見据えると、今の段階から労働者申告モデルに基づく管理体制を整えておくことが、将来的なコスト・手間の削減につながります。
副業解禁は「制度の整備」と「文化づくり」が両輪です。社員が安心して副業を申告でき、会社も無理なく管理できる仕組みを丁寧に設計していくことが、長期的な信頼関係の基盤になります。



