「クラウドにすれば安くなるはずだ」——上司やベンダーからそう言われ、移行の是非を経営層に提案する役目を任された。けれど手元にあるのは「クラウドは初期費用が安い」「オンプレは資産として残る」といった定性的な比較記事ばかりで、自社のケースで本当に安くなるのか、確信が持てない。そんな状況で立ち止まっている方は少なくないはずです。
費用比較が難しいのは、オンプレミスとクラウドでは「お金のかかり方」がまったく違うからです。オンプレミスは最初にまとまった投資が必要な代わりに月々の支出は読みやすく、クラウドは初期投資が小さい代わりに毎月の利用料が積み上がっていきます。さらに、オンプレミスには5年後のサーバー更改(リプレース)や保守人件費といった「見えにくいコスト」が、クラウドには移行の一時費用や従量課金の変動といった「読みにくいコスト」が隠れています。これらを同じ土俵に乗せないまま比較すると、判断を誤ってしまいます。
この問題を解決する考え方が、TCO(総所有コスト)です。導入から運用、廃棄までにかかる費用を5年単位ですべて積み上げ、同一条件でオンプレミスとクラウドを並べることで、初めて「自社にとってどちらが安いのか」を数字で語れるようになります。
本記事では、TCOの基本的な考え方から、オンプレミス継続シナリオとクラウド移行シナリオの5年間の総費用を自社で試算するステップ、そして稟議や経営層への説明にそのまま使える比較表の作り方までを、順を追って解説します。読み終えたときには、「クラウドは安い」という曖昧な前提ではなく、自社の数字で投資判断を説明できる状態になっていることを目指します。
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なぜオンプレとクラウドの費用比較は「初期費用」だけ見ると判断を誤るのか
オンプレミスとクラウドの費用を比較するとき、多くの人がまず目を向けるのが「初期費用」です。オンプレミスはサーバー機器の購入で数百万円規模の出費が発生する一方、クラウドは初期費用がほぼゼロで始められる——この時点で「クラウドのほうが安い」と結論づけたくなります。
しかし、ここに最初の落とし穴があります。クラウドは初期費用が小さい代わりに、毎月の利用料が5年間積み上がり続けます。逆にオンプレミスは初期投資こそ大きいものの、機器を買い切れば月々の支出は保守費や電気代などに抑えられます。つまり、両者は「支払いのタイミング」がまったく異なるため、初期費用という一点だけを切り取って比べても意味をなさないのです。
実際、5年・3年といった中長期で見ると、初期費用の安さが運用コストの累積で逆転するケースは珍しくありません。クラウド移行で「5年間で50〜70%のコスト削減が見込める」という試算がある一方で、移行工数や二重運用期間のコストを見落とすと想定より高くつくこともあると指摘されています(クラウドコスト見積もりとオンプレミス環境との比較|AWS公式ブログ)。結果がどちらに転ぶかは、自社の規模・利用期間・更改タイミング次第なのです。
だからこそ、比較すべきは「初期費用」ではなく「TCO(総所有コスト)」です。導入から運用、廃棄・更改までにかかる費用をすべて含め、5年というスパンで同一条件に揃えて並べる。これが、稟議で「なぜその判断が正しいのか」を数字で説明できる唯一の方法です。次の章から、その考え方と具体的な試算手順を見ていきます。
TCO(総所有コスト)とは|オンプレ・クラウド比較で見るべきコスト項目

費用比較の土台となるTCOについて、まず正しく押さえておきましょう。ここでつまずくと、後の試算で「何を費用として数えればいいのか」が分からなくなってしまいます。
TCOとは何か
TCO(Total Cost of Ownership/総所有コスト)とは、システムやIT資産を「導入してから廃棄するまで」にかかるすべての費用を合計した金額のことです。導入時に支払う初期費用(イニシャルコスト)だけでなく、運用中に継続的に発生するランニングコスト、さらには更新・廃棄にかかる費用までを含めて捉えます。
TCOを構成する費用は、大きく「直接コスト」と「間接コスト」に分けられます。直接コストはサーバー機器の購入費やクラウド利用料のように請求書として見えるお金、間接コストは運用にあたる担当者の人件費や教育コストのように見えにくいお金です。後者を見落とすと試算が甘くなるため、TCOでは両方を含めて考えます。
時間軸で見ると、コストは「初期(導入)」「運用」「廃棄・更改」の3つの局面で発生します。オンプレミスとクラウドの違いは、この3局面のどこに、どれだけの費用が偏るかにあります。IT投資を最適化するうえで、初期費用だけでなくこの全体像を捉えることが重要だと解説されています(クラウド時代のTCO戦略とは|STNet)。(システム発注時の観点でTCO全体像を把握したい場合はTCO(総保有コスト)とは?システム発注前に5〜10年の費用を試算する方法も参照してください)
オンプレミスのコスト項目一覧
オンプレミスのTCOを積み上げる際に漏らしてはいけない項目を、3局面に整理すると次のようになります。
初期コスト(導入時に一括発生)
- サーバー本体・ストレージの購入費
- ネットワーク機器(スイッチ・ルーター等)の購入費
- ラック・電源タップなどの周辺機器
- ソフトウェアライセンス(OS・データベース・業務アプリ等)
- 構築・設定費用(ベンダー委託費・社内工数)
運用コスト(毎年継続して発生)
- ハードウェア・ソフトウェアの保守契約費
- データセンターまたはサーバー設置場所の費用
- 電気代・空調代
- ネットワーク回線費用
- 運用・監視を担う担当者の人件費
このうち保守・運用費は、一般的にひと月あたりサーバー構築費用の10〜15%程度が目安とされます(サーバー構築・保守の相場を解説|レバテック)。たとえば構築費が30万円なら、月額の保守・運用費は3万〜4.5万円程度というイメージです。保守費の妥当性をどう判断すればよいか迷う場合は、システム保守費用の相場と算出方法も参考になります。
更改コスト(5年前後で発生)
- ハードウェアのリプレース(買い替え)費用
- ソフトウェアライセンスの更新費用
オンプレミスで最も見落とされやすいのが、この更改コストと運用人件費・電気代です。AWS公式ブログでも、ランニングコストの計算では「物理機器の管理・保守の人件費、データセンター使用量、場所代、電気代、空調代、ネットワーク機器代、保守切れやリース切れに伴う機器交換費用」を含めて条件を一致させる必要があると指摘されています(AWS公式ブログ)。
クラウドのコスト項目一覧
クラウドのTCOは、初期費用が小さい代わりに運用フェーズに費用が集中します。
初期コスト(移行時に発生)
- 移行設計・アセスメント費用(移行範囲や構成の検討)
- 初期構築費用(クラウド環境の構築・設定)
- データ移行費用
- 移行期間中の社内教育コスト
運用コスト(毎月継続して発生)
- 月額利用料・従量課金(サーバー・ストレージ・データベース等)
- データ転送量に応じた課金
- 監視・運用サービスの費用
- 運用を担う担当者の人件費
見落としやすい項目
- 移行期間中にオンプレミスとクラウドを並行稼働させる「二重コスト」
- 外部パートナーへの委託費用
- 解約・撤退時のデータ移送コスト
クラウドの試算は利用料だけで行われがちですが、実際には移行工数・外部パートナー費用・社内教育コスト・二重コスト期間が重なるため、これらを含めた5年TCOで比較することが推奨されています(AWS公式ブログ)。クラウドは初期構築に20万〜100万円、データ移行に20万〜80万円程度が一つの目安とされます(クラウド移行の費用相場|Cloud Navi)。
オンプレ vs クラウドの5年TCOを試算する方法【ステップ別】

ここからが本記事の核心です。これまで整理したコスト項目を使い、自社の5年TCOを実際に積み上げていく手順を、4つのステップに分けて解説します。このステップに沿って数字を埋めていけば、稟議に使える比較表が手元に完成します。
ステップ1:比較の前提条件をそろえる
最初に、そして最も重要なのが「前提条件をそろえる」ことです。ここがずれていると、どれだけ精緻に計算しても比較そのものが無意味になります。
そろえるべき前提は、主に次の3つです。
- 比較期間:5年で固定する(オンプレミスのハードウェア更改サイクルと合わせるため)
- 対象範囲:比較するシステム・サーバーの範囲を明確にする(どの業務システムを移行対象とするか)
- 性能・可用性の条件:処理性能、稼働率、災害復旧(DR)要件を同一にそろえる
特に注意したいのが可用性・DR要件です。オンプレミスでクラウドと同等の可用性や災害復旧を実現しようとすると、追加の設備投資が必要になります。逆に、オンプレミスの構成を基準にクラウドを必要以上に手厚く設計すると、クラウド側が割高に見えてしまいます。前提を正しくそろえないまま比較すると導入形態の優劣を誤って判断してしまう、という点は複数の専門記事で繰り返し強調されています(クラウド移行のコスト試算|BTNコンサルティング)。
ステップ2:オンプレ継続シナリオのコストを積み上げる
次に、オンプレミスを継続した場合の5年間の費用を積み上げます。先ほど整理したコスト項目を、発生する年に配分(年次配賦)していくのがポイントです。
- 初期費用を1年目に計上:サーバー・ネットワーク機器・ライセンス・構築費を合算
- 運用費を毎年計上:保守契約費・電気代・回線費・運用人件費を1〜5年目に毎年計上
- 更改費用を該当年に計上:5年で機器を更改する場合、5年目(または次サイクル開始時)にリプレース費用を計上
ここで会計的な視点を加えると、サーバー機器は一度に費用化されるのではなく、減価償却によって複数年に分けて費用計上されます。ただしTCO比較は「実際にいくら現金が出ていくか(キャッシュアウト)」を見る目的なので、まずは支出ベースで積み上げ、必要に応じて減価償却の考え方を補足する、という整理がシンプルです。
すでに保有している既存資産がある場合は、その残存価値や現在の保守契約の残期間も忘れず織り込みます。
ステップ3:クラウド移行シナリオのコストを積み上げる
続いて、クラウドへ移行した場合の5年間の費用を積み上げます。
- 移行一時費用を1年目に計上:移行設計・初期構築・データ移行・教育コストを合算
- 月額/従量課金を60ヶ月分計上:月額利用料 × 60ヶ月を運用費として計上
- 運用人件費・監視費を毎年計上:クラウドでも運用担当は必要なため、人件費を見込む
ここで悩ましいのが、従量課金の変動をどう見積もるかです。クラウドは使った分だけ課金されるため、月によって金額が動きます。試算では「想定される平均的な利用量」をベースに月額を置き、そこに余裕を見たバッファ(たとえば+10〜20%)を加えておくと、後で予算超過に慌てずに済みます。データ転送量が多いシステムでは、転送課金が無視できない金額になる点にも注意してください。
ステップ4:5年累計で並べて比較する
最後に、オンプレミス継続シナリオとクラウド移行シナリオを同じ表に並べ、5年累計で比較します。次のような比較表のフォーマットをそのまま使えば、稟議資料のたたき台になります。
コスト項目 | オンプレミス継続(5年累計) | クラウド移行(5年累計) |
|---|---|---|
初期費用(構築・機器購入) | 〇〇万円 | — |
移行一時費用(設計・移行) | — | 〇〇万円 |
保守・ライセンス(5年分) | 〇〇万円 | 〇〇万円 |
運用費(電気代・回線・人件費 5年分) | 〇〇万円 | 〇〇万円 |
月額/従量課金(60ヶ月分) | — | 〇〇万円 |
更改費用(5年目リプレース) | 〇〇万円 | — |
5年TCO合計 | 〇〇万円 | 〇〇万円 |
この表の空欄に、ステップ2・3で積み上げた自社の数字を入れていけば、5年スパンでの総費用がひと目で比較できます。「合計」の行だけでなく、どの項目が金額を押し上げているかも見えるため、経営層への説明でも説得力が増します。
試算でつまずきやすい落とし穴
最後に、試算でよくある間違いを3つ挙げておきます。これらを避けるだけで、比較の精度が大きく変わります。
- 移行費用で初年度のクラウドが割高に見える罠:1年目だけを見ると、移行一時費用が乗るクラウドは高く見えます。判断は必ず5年累計で行ってください。
- オンプレミスの隠れコストの見落とし:運用人件費・電気代・5年目の更改費用は見えにくく、計上を忘れがちです。これらを抜くとオンプレミスが不当に安く見えます。
- クラウドの変動・撤退コストの見落とし:データ転送課金や、将来別環境へ移す際の解約・移送コストも視野に入れておきましょう。
試算例で見るオンプレ vs クラウド|サーバー10台規模のモデルケース

ここまでのステップを、具体的な数値モデルで見てみましょう。なお、以下の金額は公開情報の一般的な相場をもとに置いたあくまでモデル前提の数値です。実際の費用はシステム構成・規模・ベンダーによって大きく変動するため、自社の見積もり値に置き換える前提のサンプルとしてご覧ください。
モデルケースの前提
- 規模:サーバー10台規模の業務システム(基幹系・ファイルサーバー等を含む中堅企業相当)
- 比較期間:5年
- 対象範囲:上記サーバー群と関連ネットワーク機器
- 可用性条件:オンプレミス・クラウドで同等の稼働率を前提とする
オンプレ継続5年TCOの試算
中小〜中堅企業のサーバー・ネットワーク構築費は、規模によって数十万円から数百万円規模まで幅があります(サーバー構築・保守の相場を解説|レバテック)。サーバー10台規模では、機器・ライセンス・構築費を合わせた初期投資を仮に1,000万〜1,500万円程度と置きます。
保守・運用費はひと月あたり構築費の10〜15%が一つの目安ですが、規模が大きいほど割合は逓減する傾向があります。ここでは運用人件費・電気代・回線費を含めた年間運用コストを仮に400万〜500万円とします。これを5年分積み上げると2,000万〜2,500万円。さらに5年目に更改費用が発生します。
項目 | 金額(モデル前提) |
|---|---|
初期費用(機器・ライセンス・構築) | 約1,000万〜1,500万円 |
年間運用費 × 5年 | 約2,000万〜2,500万円 |
5年TCO合計(更改前) | 約3,000万〜4,000万円 |
クラウド移行5年TCOの試算
クラウド移行では、初期の移行費用(設計・構築・データ移行)が一時費用として発生します。中小企業向けでは初期構築20万〜100万円、データ移行20万〜80万円、支援サービスを含めると30万〜300万円程度というレンジが示されています(クラウド移行の費用|NTT東日本)。サーバー10台規模ではこれより大きくなることもあるため、移行一時費用を仮に200万〜500万円と置きます。
月額利用料は構成次第ですが、運用人件費・監視費も含めた月間コストを仮に40万〜60万円とすると、60ヶ月で2,400万〜3,600万円。これに移行一時費用を加えたものが5年TCOです。
項目 | 金額(モデル前提) |
|---|---|
移行一時費用 | 約200万〜500万円 |
月額/運用費 × 60ヶ月 | 約2,400万〜3,600万円 |
5年TCO合計 | 約2,600万〜4,100万円 |
どちらが安いか/何が結果を分けるか
このモデルでは、オンプレミスとクラウドの5年TCOは重なり合うレンジに収まり、「一概にどちらが安いとは言えない」という結果になります。重要なのは、結果を分ける要因を理解しておくことです。
- 規模が大きく利用が安定している場合:オンプレミスの初期投資を長期で回収しやすく、有利になりやすい
- 利用量が変動する・段階的に拡張する予定がある場合:必要な分だけ使えるクラウドが有利になりやすい
- 更改タイミングが近い場合:オンプレミスは更改費用が重くのしかかるため、このタイミングがクラウド移行の判断ポイントになりやすい
- 可用性・DR要件が高い場合:オンプレミスで同等構成を組むと追加投資が必要になり、クラウドが相対的に有利になりやすい
つまり「クラウドは安い/高い」という一般論には意味がなく、自社の規模・利用パターン・更改タイミングを上記のステップで数字に落として初めて、正しい判断ができるということです。
AI開発・データ活用でクラウドが必要になる場合のコスト試算の注意点
ここまでは一般的なサーバー・業務システムを前提に解説してきましたが、AI開発やデータ活用の基盤を検討している場合は、コストの考え方が大きく変わる点だけ補足しておきます(本セクションは補足扱いのため要点に絞ります)。
AI開発ではGPUを使った学習処理が中心になり、クラウドのGPUインスタンスは従量課金の単価が高く、利用時間によって費用が大きく変動します。一方でオンプレミスにGPUサーバーを導入する場合は初期投資が非常に大きくなるため、本記事の一般的なサーバーとは比較軸そのものが異なります。AI用途のTCO比較については、オンプレミスAIとクラウドAIの違いで詳しく解説しているので、そちらを参照してください。
まとめ|5年TCO試算で「自社にとって安い選択」を数字で判断する
オンプレミスとクラウドの費用比較は、「クラウドは安い」という一般論や初期費用だけの比較では判断を誤ります。導入から運用・更改までを含めたTCO(総所有コスト)を、5年というスパンで同一条件に揃えて並べることが、意思決定の鍵です。
本記事で解説した試算ステップを、改めて整理します。
- 前提条件をそろえる:比較期間を5年に固定し、対象範囲・性能・可用性の条件を同一にする
- オンプレ継続シナリオを積み上げる:初期費用・運用費・5年目の更改費用を年次に配分する
- クラウド移行シナリオを積み上げる:移行一時費用・月額/従量課金(60ヶ月)・運用人件費を積み上げる
- 5年累計で並べて比較する:比較表に自社の数字を入れ、どの項目が金額を分けているかを確認する
そして、結果を分けるのは規模・利用パターン・更改タイミング・可用性要件です。これらを数字に落とし込めば、「自社にとってどちらが安いのか」「なぜそう言えるのか」を経営層に対して根拠を持って説明できます。
次のアクションは明確です。本記事の比較表テンプレートに、自社のサーバー構成・保守契約・想定クラウド利用料を当てはめ、5年TCOを実際に算出してみてください。曖昧な印象論ではなく、自社の数字で語れる比較表が、稟議を通すための最も強い武器になります。
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