フリーランスエンジニアとして独立した際、多くの方が感じる不安の一つが「老後の年金はどうなるのか」という問題です。会社員のときは毎月の給与から厚生年金が天引きされ、将来の年金が積み上がっていました。しかしフリーランスに転向すると、その厚生年金がなくなり、国民年金のみの加入になります。
「毎月保険料を払っているのに、老後にいくらもらえるかよくわからない」「iDeCoは始めたけど、掛金をどう設定すればいいか根拠がない」——こうした状況は、フリーランスになって間もない方に共通しています。制度の名前は知っていても、自分の年金受給額を実際の数字で把握できている方は多くありません。
この記事では、2026年度の最新データをもとに、フリーランスが65歳以降に受け取れる年金額を具体的に試算します。会社員との差額、老後資金の不足額、そしてiDeCo・小規模企業共済・付加年金・国民年金基金をどう組み合わせて対策すればよいかを、優先順位と月収別シミュレーションで解説します。読み終えた後には、自分の状況に合わせた積立プランの方向性が見えるはずです。
フリーランスになると年金はいくら減るのか

日本の公的年金は2階建て構造——フリーランスは1階部分のみ
日本の公的年金制度は「2階建て」と呼ばれる構造になっています。
1階部分は国民年金(老齢基礎年金)です。日本に住む20歳以上60歳未満のすべての人が加入し、40年間(480ヶ月)にわたって保険料を全額納付した場合に満額が受け取れます。2026年度の満額は月7万608円です(昭和31年4月2日以降生まれの方の場合。日本年金機構 令和8年4月分からの年金額等について)。
2階部分は厚生年金(老齢厚生年金)です。会社員や公務員が、給与に応じた保険料を会社と折半で納付することで積み上がります。老後に国民年金に上乗せして受け取れる制度です。
フリーランスの方が加入するのは1階の国民年金のみです。会社員のように厚生年金の2階部分が自動的に積み上がることはありません。これが、会社員とフリーランスの老後の年金格差が生まれる根本的な理由です。
2026年度の国民年金満額と厚生年金の平均受給額を比較する
2026年度の数字でフリーランスと会社員の年金を比較すると、その差の大きさが明確になります。
フリーランス(国民年金のみ) | 会社員(国民年金+厚生年金) | |
|---|---|---|
月の年金受給額(目安) | 約7万円 | 約15万〜22万円 |
年間受給額(目安) | 約84万円 | 約180万〜264万円 |
厚生労働省の調査によると、老齢厚生年金を受け取る人の平均受給月額は約15万289円(令和6年度)です。これは国民年金の約2倍以上の金額になります。
実際には会社員でも年収や加入年数によって受給額は異なりますが、フリーランスの国民年金のみの受給額と比較すると月8万〜10万円以上の差が生じることは珍しくありません。
月収別に試算——フリーランスエンジニアが直面する年金ギャップ
フリーランスエンジニアの場合、月収50万〜80万円の方が多く、会社員時代の厚生年金が積み上がっていれば老後の受給額も高くなっていたはずです。転向タイミングによってその差は異なりますが、フリーランス期間が長くなるほど国民年金のみの状態が続き、老後の受給額は抑えられます。
25歳から会社員として15年勤務し、40歳でフリーランスへ転向したケースを仮定します(会社員期間の平均年収を500万円と想定)。この場合、65歳時点で受け取れる年金の目安は以下のとおりです。
- 老齢基礎年金(国民年金):約6万8,000円〜7万円/月(40年間の納付が前提)
- 老齢厚生年金(会社員時代15年分):約4万〜5万円/月
- 合計:約11万〜12万円/月
同じキャリアで会社員のまま65歳まで勤め上げた場合の受給額は月15万〜22万円程度になるため、フリーランス転向によって月3万〜10万円の差が生まれやすいことがわかります。
老後にいくら必要か——フリーランスエンジニアのリアルな試算

65歳以降の生活費の目安(総務省家計調査より)
総務省の「家計調査(2025年平均)」によると、65歳以上の無職世帯の月間消費支出は以下のとおりです(総務省統計局 家計調査報告(家計収支編)2025年平均)。
世帯構成 | 月間消費支出(目安) |
|---|---|
単身世帯 | 約14.8万円 |
夫婦のみ世帯 | 約26.4万円 |
これは最低限の生活水準に近い数字です。旅行や趣味など、ゆとりある老後を送るためには単身で月20万円前後、夫婦では月30万円前後が必要とも言われています。
月々の不足額と30年間の総不足額を計算する
国民年金のみの受給(月7万円)と、実際の生活費の差がそのまま「月々の不足額」になります。
単身フリーランスのケース(国民年金のみ・月7万円で試算):
生活水準 | 月の生活費 | 年金受給額 | 月の不足額 | 30年間の総不足額 |
|---|---|---|---|---|
最低限 | 14.8万円 | 7万円 | 約7.8万円 | 約2,808万円 |
ゆとりあり | 20万円 | 7万円 | 約13万円 | 約4,680万円 |
「老後2,000万円問題」(金融審議会が2019年に試算した資産不足額)よりも、フリーランスのケースでは大きな不足額になりやすいことが数字から読み取れます。
iDeCoや小規模企業共済がなければいくら貯蓄が必要か
上記の試算では、「30年分の不足額を自己資金で賄う」と考えた場合、最低でも2,800万円〜4,700万円の純貯蓄が必要になります。これを30歳から35年間(65歳まで)貯めるとすれば、月8万〜11万円の純貯蓄が必要な計算です。
実際には運用益を活用することで必要な月々の積立額を減らせます。iDeCoや小規模企業共済は、節税しながら老後資金を積み上げられる手段として有効です。次の章で具体的な制度と使い方を解説します。
フリーランスが使える年金上乗せ制度4選
フリーランスが老後の年金を補強するための主な制度は4つあります。それぞれの特徴と、フリーランスエンジニアとしてどの順番で検討すべきかを整理します。
付加年金——月400円で老後の年金に上乗せできる最もシンプルな選択肢
付加年金は、毎月の国民年金保険料に400円を上乗せして支払うだけで、老後の年金が「200円×付加保険料の納付月数」増える制度です。
30歳から30年間(360ヶ月)付加年金を納めた場合、老後に毎月7万2,000円(200円×360)が上乗せされます。30年間に支払う付加保険料は144,000円(400円×360)なのに対し、2年で元が取れる計算です(全国国民年金基金)。
注意点として、付加年金と国民年金基金は併用できません。どちらか一方を選ぶ必要があります。
向いている方: 少ない負担で年金を底上げしたい方、まずシンプルな手段から始めたい方
国民年金基金——終身年金として受け取れる上乗せ制度
国民年金基金は、自営業者・フリーランス専用の公的な上乗せ年金制度です。月々の掛金に応じて、老後に終身または有期で年金として受け取れます。
掛金は月額1口目(終身年金A型・65歳受取)で6,760円(30歳加入の場合)から始まります。掛金は全額所得控除の対象になるため、節税しながら年金を上乗せできます。iDeCoと掛金枠を共有するため、合算で月6万8,000円(2027年1月以降は月7万5,000円)が上限です。
向いている方: 長生きリスクに備えて終身の収入源を確保したい方、iDeCoの運用リスクを避けたい方
iDeCo——節税しながら老後資金を積み立てる
iDeCo(個人型確定拠出年金)は、毎月の掛金を自分で投資信託などに運用しながら老後資金を積み立てる制度です。個人事業主(フリーランス)の場合、掛金の上限は月6万8,000円(国民年金基金や付加年金との合算上限)です。2027年1月より、この上限は月7万5,000円に引き上げられる予定です(iDeCo公式サイト)。
掛金は全額所得控除の対象なので、所得税率20%・住民税率10%の方であれば月3万円の掛金で年間約10.8万円の節税効果があります。運用益も非課税で再投資されるため、長期間積み立てることで複利効果が大きく働きます。
注意点として、原則60歳になるまで引き出せないことと、運用成績によって受け取る金額が変動するリスクがあります。
向いている方: 長期間の積立で運用益を狙いたい方、節税効果を最大化したい方、収入が安定しているフリーランス
小規模企業共済——廃業時の退職金として機能するフリーランス版退職金制度
小規模企業共済は、個人事業主や中小企業の役員が加入できる共済制度です。掛金は月1,000円〜7万円(年84万円)で設定でき、全額が所得控除の対象になります。廃業や65歳での引退時に、積み立てた掛金に応じた共済金を「退職所得」として受け取れます(独立行政法人 中小企業基盤整備機構)。
iDeCoと異なり運用リスクがなく元本が保全されるため、「老後資金を確実に確保したい」という方に向いています。ただし、20年未満での自己都合解約は元本割れのリスクがあるため、長期継続が前提です。
向いている方: 廃業リスクへの備えも同時に用意したい方、運用リスクを取りたくない方、高所得で節税効果を最大化したい方
iDeCoと小規模企業共済——どちらを優先すべきか
フリーランスエンジニアが最も悩みやすいのが「iDeCoと小規模企業共済、どちらを優先すべきか」という問いです。結論から言えば、廃業リスクが気になる方には小規模企業共済を先に、長期の資産形成を優先するなら iDeCo を先に始めることをおすすめします。
iDeCo優先が向いているケース
- フリーランス歴が浅く廃業リスクを織り込みにくい状況ではある一方、20〜30年以上の長期間積み立てられる見込みがある
- 節税を最大化したい(所得税・住民税の合算率が高い方ほど効果大)
- 運用益非課税の複利メリットを長期間活用したい
- 国民年金基金と組み合わせず、自分でリスク・リターンを設定したい
小規模企業共済優先が向いているケース
- 案件の継続性が不安定で廃業時の手元資金確保を優先したい
- 運用リスクを取りたくない(元本確保型の資産形成を望む)
- 所得が高く年間最大84万円の所得控除で節税効果を最大化したい
- 法人成りの検討もしており、その際も継続加入できる制度を選びたい
両方使う場合の資金配分——月収別シミュレーション
iDeCoと小規模企業共済は同時に加入できます(掛金枠は独立している)。両方加入した場合の節税効果を月収別に示します。
月収50万円(年収600万円)のフリーランスエンジニアのケース(想定税率: 所得税15%+住民税10%):
制度 | 月掛金 | 年間節税額(目安) |
|---|---|---|
iDeCo | 3万円 | 約9万円 |
小規模企業共済 | 3万円 | 約9万円 |
合計 | 6万円 | 約18万円 |
月収80万円(年収960万円)のフリーランスエンジニアのケース(想定税率: 所得税33%+住民税10%):
制度 | 月掛金 | 年間節税額(目安) |
|---|---|---|
iDeCo | 6万8,000円 | 約37万円 |
小規模企業共済 | 7万円 | 約38万円 |
合計 | 13万8,000円 | 約75万円 |
月収が高いほど節税効果が大きいため、両制度の掛金を最大限活用することで手元に残る可処分所得も増えます。ただし掛金は老後まで拘束される資金なので、生活資金・事業資金・緊急予備資金を確保した上で設定することが重要です。
iDeCoと小規模企業共済それぞれの詳しい節税計算・メリット・デメリットについては、フリーランスエンジニアのiDeCo・小規模企業共済活用ガイドもあわせてご確認ください。
フリーランスエンジニアの年金対策ロードマップ

老後の年金対策は「いつから」「何を」始めるかで結果が大きく変わります。年代別のアクションを整理します。
フリーランス転向直後にやること——付加年金加入と国民年金切り替えの確認
①国民年金への切り替え手続きを確認する
会社を退職してフリーランスになった場合、退職後14日以内に国民年金の第1号被保険者への切り替え手続きが必要です。手続きは居住地の市区町村役場で行います。手続きを怠ると未納期間になり、老後の受給額が下がるため必ず対応してください。
②付加年金に加入する(月400円から)
国民年金の切り替えと同時に、付加年金の申し込みもできます。月400円の追加負担で毎月の年金受給額を増やせる最もコストパフォーマンスの高い制度です。iDeCoや小規模企業共済よりも先に加入を検討しましょう(ただし国民年金基金と同時加入は不可)。
③iDeCoの口座開設と最低掛金での加入
iDeCoは開設してから60歳まで解約できない分、早く開設するほど投資期間が長くなります。最初は無理のない範囲(月5,000円など)から始め、収入が安定したら掛金を引き上げるという方法が有効です。
30〜40代でやること——iDeCoと小規模企業共済の掛金設定
①小規模企業共済に加入する
フリーランス転向後1〜2年が経ち、収入が安定してきたら小規模企業共済を開始します。掛金は自由に設定・変更できるため、最初は月1万円程度から始め、収入増に合わせて増額するのが実用的なアプローチです。
②iDeCoの掛金を増額する
付加年金・小規模企業共済と並行して、iDeCoの掛金を所得に応じて増やしていきます。「老後の不足額÷積立月数÷期待リターン」で月々の目標積立額を計算し、逆算した掛金を設定します。フリーランスエンジニアの場合、月収の10〜15%を老後資金に回す目安として設定しておくと、30年後の不足額を概ね埋められる計算になります。
③受給額シミュレーションを定期的に行う
厚生労働省の「公的年金シミュレーター」では、フリーランス期間・会社員期間を入力することで将来の受給額を試算できます。毎年1回程度シミュレーションを更新し、老後の想定受給額と積立進捗を確認する習慣をつけましょう。
50代で見直すこと——受給シミュレーションの確認と積立ペースの調整
50代になると老後までの残り年数が見えてきます。この時期のポイントは「これまでの積立が計画通りか」を確認し、必要に応じて掛金を調整することです。
iDeCoの掛金引き上げ(2027年1月より月最大7万5,000円)を活用し、積立ペースを上げることも選択肢に入れましょう。また小規模企業共済の掛金も見直し、残りの現役年数で最大限の所得控除を活用することを検討します。
50代後半からは、出口戦略(iDeCoの受取方法や小規模企業共済の受取タイミング)の設計が重要になります。iDeCoは一時金受取・年金受取・組み合わせから選べ、税負担を考慮した選択が必要です。出口戦略については、ファイナンシャルプランナーへの相談も有効な選択肢です。
フリーランスエンジニアの老後の年金問題は、「知っているが数字で整理できていない」という状態が行動の壁になっています。この記事を参考に、まず2026年度の自分の想定受給額を試算し、不足額を計算してみてください。付加年金はすぐに始められ、iDeCoと小規模企業共済は今日から申し込みが可能です。最初の一歩として、いずれか一つの手続きを今週中に済ませることを目指しましょう。



