「この案件、同業他社からのオファーだけど、前の契約で競業避止義務にサインしていた気がする……受けても大丈夫だろうか」。「過去に開発したアプリを実績としてポートフォリオに載せたいけれど、秘密保持義務に引っかからないだろうか」。フリーランスエンジニアとして案件を重ねていくと、こうした不安に必ずぶつかります。
契約書には「競業避止義務」「秘密保持義務」という条項が当たり前のように並んでいます。けれども、独立して間もないころは内容をきちんと理解しないまま署名してしまいがちです。法務の知識は独学で、条文を読んでも「これが自分のケースで違反になるのか」「どこまでが許されるのか」が判断できません。違反すれば損害賠償や取引停止につながると聞けば、なおさら身動きが取れなくなります。
難しいのは、これらの義務が「すべて守らなければならない絶対的な縛り」ではない点です。競業避止義務には法的に有効と認められるための条件があり、不当に広い条項は無効になることもあります。秘密保持義務も、何が「秘密」にあたるかは契約ごとに違います。つまり、正しく理解すれば過度に恐れる必要はなく、むしろ不当な制限から自分を守る武器にもなります。
本記事では、フリーランスエンジニア本人の視点に立ち、業務委託契約で負う競業避止義務・秘密保持義務の2つを横断的に解説します。それぞれが何を禁じているのか、違反になるケース・ならないケースの線引き、実績公開やポートフォリオで気をつける点、そして署名前に何を確認しどう交渉すればよいかまで、案件と実績を守るための実務を順を追ってご紹介します。読み終えるころには、契約書の該当条項を自分で読んで「OK・要交渉・危険」を判断できるようになっているはずです。
フリーランスエンジニアが負う競業避止義務・秘密保持義務とは
まずは、業務委託契約で課される2つの義務がそれぞれ何を意味するのかを押さえましょう。両者は混同されがちですが、守ろうとしている対象も、違反になる場面も異なります。ここを切り分けて理解することが、以降のすべての判断の土台になります。
競業避止義務とは
競業避止義務とは、簡単に言えば「クライアントと競合する事業・業務に関わることを制限する義務」です。具体的には、契約相手の競合企業の案件を受けたり、クライアントと同種のサービスを自ら立ち上げたりすることを禁じる内容が典型です。
会社員(労働者)の場合、競業避止義務は主に就業規則や誓約書で課され、退職後の転職・起業を縛るかが争点になります。一方、フリーランスは独立した事業者ですから、業務委託契約の条項として個別に課されます。会社員より「職業選択の自由」「営業の自由」が前面に出やすく、過度な制限はより認められにくいという特徴があります。
重要なのは、競業避止義務には「契約期間中」のものと「契約終了後」のものがある点です。契約期間中に直接の競合へ同種業務で関わることを制限するのは比較的認められやすい一方、契約が終わった後まで長期間にわたって活動を縛る条項は、合理性が厳しく問われます。自分の条項がどちらを対象にしているかを最初に確認してください。
秘密保持義務とは
秘密保持義務とは、業務を通じて知り得た情報を、契約期間中も終了後も外部に漏らさず、目的外に使用しない義務です。多くの場合、業務委託契約書の中の条項として定められるか、別途NDA(秘密保持契約、Non-Disclosure Agreement)として独立した契約で結ばれます。条項でもNDAでも、義務の中身は基本的に同じものと考えてください。
ここで核になるのが「何が秘密情報にあたるか」です。クライアントの未公開のサービス計画、顧客リスト、ソースコード、社内の技術ノウハウ、未発表の数値などが典型例です。ただし、その範囲は契約書の定義次第で大きく変わります。「業務上知り得た一切の情報」と広く書かれていることもあれば、対象を具体的に列挙していることもあります。後ほど「秘密保持義務の実務」の章で、この定義の読み方を詳しく扱います。
2つの義務はどう違い、どう関係するのか
competition(競業)とconfidentiality(秘密保持)は名前が似ているうえ、同じ契約書に並んで登場するため混同しやすいのですが、目的が違います。整理すると次のとおりです。
- 競業避止義務: 「どこで・誰と・どんな仕事をするか」という活動そのものを制限する。守ろうとしているのは、クライアントの顧客や市場での競争上の地位
- 秘密保持義務: 「知った情報をどう扱うか」を制限する。守ろうとしているのは、クライアントの具体的な情報(営業秘密・ノウハウ等)
両者が関係するのは、たとえば「クライアントの機密情報を使って、競合向けに酷似したサービスを提供する」ような場面です。これは秘密保持義務違反であると同時に競業避止義務違反にもなり得ます。逆に、公知の技術スキルだけを使って別業種の案件を受けるなら、どちらの義務にも触れにくい、という整理になります。
このように、2つの義務は「活動を縛るもの」と「情報を縛るもの」という軸で分けて捉えると、自分のケースがどちらの問題なのかを判断しやすくなります。
競業避止義務はどこまで有効か|署名前に見る判断基準

「契約書にサインしてしまったから、もう絶対に同業の仕事はできない」と思い込んでいる方は少なくありません。しかし、競業避止義務は無条件に有効になるわけではありません。ここでは、有効性を左右する判断基準を整理し、自分の条項が「OK・要交渉・危険」のどれにあたるかを見極める物差しを示します。
有効性を左右する判断基準
競業避止義務の有効性については、経済産業省が会社員の退職後の競業避止を念頭に整理した判断基準が参考になります。同省の資料では、有効性を判断する要素として、(1) 守るべき企業の利益があるか、(2) 義務を負う者の地位、(3) 地域的な限定があるか、(4) 競業避止義務の存続期間、(5) 禁止される競業行為の範囲に必要な制限があるか、(6) 代償措置が講じられているか、の6点が挙げられています(経済産業省「競業避止義務契約の有効性について」)。
これはフリーランスにそのまま適用される基準ではありませんが、考え方の物差しとしては有用です。フリーランス向けに読み替えると、署名前に見るべきポイントは次のようになります。
- 守るべき正当な利益があるか: クライアントの営業秘密やノウハウを守るための制限か。単に競合を増やしたくないだけの漠然とした制限は合理性に欠ける
- 期間が長すぎないか: 同省資料では、契約終了後の競業避止は概ね1年以内であれば肯定的に捉えられやすく、2年以上では有効性が認められにくい傾向があるとされています
- 地域・業務範囲が限定されているか: 「あらゆる同業務を全国で禁止」のような広すぎる制限は無効と判断されやすく、業務内容や対象を具体的に限定したものほど有効と認められやすい
- 代償措置があるか: 制限の対価となる報酬や手当があるか。何の見返りもなく活動だけを縛る条項は不利に評価されやすい
自分の条項がこれらの観点で「狭く・短く・対価あり」に寄っていればOK、「広く・長く・対価なし」に寄っていれば要交渉や危険の信号と考えてください。
フリーランス新法が変えた前提
2024年11月1日に「フリーランス・事業者間取引適正化等法」(通称フリーランス新法)が施行され、フリーランスを取り巻く環境は大きく変わりました。この法律は、個人が事業者として受託した業務に安定的に従事できる環境を整えることを目的としています(政府広報オンライン)。
取引適正化の観点からは、発注事業者に対して取引条件の書面等での明示が義務づけられ、報酬の減額・受領拒否・買いたたきなどが禁止行為とされました(公正取引委員会)。フリーランスに対して競業避止義務を課す場合も、その範囲や内容には十分な配慮が求められ、競業の範囲の明確化、地域や期間の限定、代償措置の検討が重要とされています。
実務上の意味は大きく、独占禁止法上の「優越的地位の濫用」の考え方とあわせて、立場の強い発注者が一方的に不当な競業避止義務を押し付けることは問題視されやすくなっています。つまり、「広すぎる・長すぎる・対価がない」競業避止条項を一方的に押し付けられた場合、フリーランス側がそれを当然に受け入れなければならないわけではない、という後ろ盾ができたと理解してください。
「契約期間中」と「契約終了後」で制限の重さは変わる
前述のとおり、競業避止義務は対象期間によって扱いが変わります。
契約期間中は、クライアントのために働いている以上、直接の競合へ同種業務で同時に関わることを制限されるのは比較的自然で、認められやすい範囲です。一方、契約が終了した後まで活動を縛る条項は、職業選択の自由・営業の自由を大きく制約するため、期間・範囲・代償措置の合理性がより厳しく問われます。
署名前には、「この制限は契約中だけか、終了後も続くのか」「終了後だとしたら何か月・何年続くのか」をまず確認してください。終了後の制限が長期かつ広範で、しかも代償措置がない場合は、要交渉のサインです。
競業避止義務違反になるケース・ならないケース

判断基準を理解しても、「結局、自分のあのケースは違反なのか」が分からなければ不安は消えません。ここでは、違反になりやすい例とならない例を具体的に並べ、最後に「同業他社からのオファーを受けてよいか」を自分で判断する手順を示します。なお、最終的な可否は契約書の文言と個別事情によって変わるため、ここでの整理はあくまで判断の出発点として使ってください。
違反が問われやすい典型ケース
次のようなケースは、競業避止義務(および秘密保持義務)違反が問われやすいパターンです。
- クライアントの機密情報を使って酷似サービスを提供する: 関わった案件で得た非公開の設計・ノウハウ・顧客情報を流用して、競合向けに似たサービスを作る。秘密保持義務違反にも同時に該当しやすい
- 顧客・従業員の引き抜き: クライアントを通じて知った取引先や、関わったチームのメンバーを自分の事業や別案件に引き抜く
- 契約期間中に直接の競合で同種業務に関わる: あるクライアントの案件に従事しながら、同じ時期にその直接の競合の同種業務を受ける
これらは「クライアントの正当な利益を直接損なう」行為であり、契約条項の有効性が認められやすい領域でもあります。心当たりがある場合は、行動する前に立ち止まってください。
違反にならない(過度に恐れなくてよい)ケース
一方で、次のようなケースは過度に恐れる必要が薄いと考えられます。
- 業種・領域が明確に異なる案件: 制限の対象がクライアントと競合する業務に限られている場合、まったく異なる業界・領域の案件は基本的に範囲外
- 公知の技術スキルを使った別案件: あなたが持つ一般的なプログラミング言語やフレームワークのスキルは「営業秘密」ではありません。特定クライアント固有の機密を使わず、汎用的なスキルで別案件を進める分には問題になりにくい
- 範囲が広すぎて無効と考えられる条項: 代償措置がなく、期間も範囲も過度に広い条項は、そもそも有効性が認められにくい
3つ目については、「無効だと思うから無視してよい」と独断で進めるのは危険です。有効・無効の最終判断は個別事情によるため、「無効の可能性が高いから交渉や相談の余地がある」という前向きな材料として捉えるのが現実的です。
同業他社からのオファーを受ける前のセルフチェック手順
同業からのオファーを受けるか迷ったら、次の順で確認してください。
- 対象となる契約を特定する: そのオファーと関係しそうな既存・過去の契約書を全部出す
- 競業避止条項の有無と対象期間を確認する: 条項があるか、契約中のみか終了後も続くか
- 制限の範囲を読む: 禁止対象が「クライアントと競合する業務」に限られているか、それとも漠然と広いか
- オファー内容と照らす: 受けようとしている案件が、その制限範囲に実際に重なるか
- 機密情報の流用が発生しないか確認する: 前案件で得た非公開情報を使わずに遂行できるか
- グレーなら相談する: 判断がつかなければ、クライアントに確認するか、後述の相談窓口・弁護士に相談する
このチェックを習慣にすると、「なんとなく怖いから断る」「よく分からないまま受けてヒヤッとする」の両極端を避けられます。
なお、正社員として働きながら副業で複数案件を掛け持ちする場合の競業避止・NDAリスクと安全管理については、複業エンジニアが複数案件を掛け持ちする際の競業避止・NDAリスクと安全管理もあわせて参考にしてください。
秘密保持義務の実務|実績公開・ポートフォリオの落とし穴

フリーランスエンジニアにとって、秘密保持義務が最も身近にトラブルになるのは「実績公開」の場面です。スキルを証明し次の案件につなげるためにポートフォリオやSNSで成果を見せたい一方で、それが秘密保持義務違反になりかねない——これは独立後のキャリア形成と直結する切実な悩みです。ここを丁寧に扱います。
何が「秘密情報」になるのか
秘密保持義務で最初に確認すべきは、その契約で「何が秘密情報と定義されているか」です。これは契約ごとにまったく異なります。
- 広い定義の例: 「本業務に関連して知り得た一切の情報」。この書き方だと、案件の存在そのものやクライアント名まで秘密に含まれ得ます
- 限定的な定義の例: 「秘密である旨を明示して開示された情報」「別紙に列挙した情報」。この場合、明示・列挙されていない情報は対象外と読める余地があります
また、一般に秘密として保護される情報は、不正競争防止法上の「営業秘密」の考え方が参考になります。営業秘密に該当するには、(1) 秘密として管理されていること(秘密管理性)、(2) 事業活動に有用であること(有用性)、(3) 公然と知られていないこと(非公知性)の3要件が必要とされます(経済産業省「営業秘密」に関する資料)。つまり、すでに公知の情報や、誰でも知り得る汎用的な技術は、本来は秘密情報にあたりにくいということです。
ただし契約上の秘密保持義務は、営業秘密より広く設定されることがほとんどです。「契約で何と定義されているか」を必ず原文で確認し、定義が広すぎる場合は後述の交渉の対象にしてください。そして重要なのは、秘密保持義務は契約終了後も一定期間(あるいは無期限で)続くのが一般的だという点です。「契約が終わったから何を出してもよい」わけではありません。
実績・ポートフォリオで公開してよいもの・NGなもの
エンジニアが実績を見せる際の典型的な判断を、目安として整理します(実際の可否は契約の定義次第です)。
公開したい内容 | 一般的な扱い |
|---|---|
使用した言語・フレームワーク・一般的な技術スタック | 公知の技術なら出せることが多い |
自分が担当した役割・工程(要件定義、設計、実装等) | 抽象化すれば出せることが多い |
クライアント名・サービス名 | 許可なしはNGになりやすい(「業務上知り得た情報」に含まれやすい) |
ソースコード(業務で書いた実物) | 原則NG。著作権・秘密保持の両面で危険 |
管理画面・未公開機能の画面キャプチャ | 原則NG。未公開情報の漏えいにあたりやすい |
未公開の数値・KPI・取引先情報 | 原則NG |
判断に迷ったら、「これはクライアントが第三者に見られて困る情報か」を自問してください。困る情報なら、許可なく出すべきではありません。
クライアントに掲載許可を取る・実績を抽象化する方法
実績を安全に見せるには、大きく2つのアプローチがあります。
1. クライアントに掲載許可を取る
最も確実なのは、公開したい内容を具体的に示して事前に許可を得ることです。「ポートフォリオに、御社名は伏せた上で『金融系Webサービスのバックエンド開発(Go・PostgreSQL)を担当』と記載してよいか」のように、出す内容・出さない内容を明確にして確認します。許可を得たら、口頭ではなくメールやチャットなど記録に残る形にしておくと安心です。
2. 実績を抽象化する
許可が取りにくい場合は、特定できる情報を落として抽象化します。
- クライアント名 →「大手EC事業者」「BtoB SaaS企業」などの業種・規模表現に置き換える
- 具体的なサービス内容 →「在庫管理機能の改修」「決済基盤のリプレース」など、固有名を伴わない機能・課題ベースの表現にする
- 数値 →「月間数百万PV規模」など、特定につながらないレンジ表現にする
- 担当範囲は具体的に、対象は抽象的に——これが安全に実力を伝えるコツです
抽象化しても、技術スタックと担当工程、解決した課題を具体的に書けば、スキルは十分に伝わります。
違反した場合のリスク
秘密保持義務に違反すると、どのようなリスクがあるのかも正しく知っておきましょう。過度に怖がる必要はありませんが、軽く見るべきでもありません。
- 損害賠償請求: 契約上の秘密保持義務違反として、クライアントに生じた損害の賠償を求められる可能性があります
- 不正競争防止法上の責任: 漏えい・使用した情報が同法上の「営業秘密」にあたる場合、民事上の差止請求・損害賠償に加え、刑事責任が問われる可能性もあります(経済産業省「営業秘密」に関する資料)
- 取引停止・信用の失墜: 法的責任の有無にかかわらず、契約解除や以後の取引停止、業界内での信用低下につながります。フリーランスにとっては、これが実務上もっとも痛手になりかねません
逆に言えば、「秘密情報を持ち出さない」「実績は許可または抽象化のうえで出す」という基本を守るだけで、これらのリスクの大半は回避できます。
署名前の確認と交渉|不当な条項から身を守る

ここまでの知識を、実際の行動に落とし込みます。多くのトラブルは「内容を理解しないまま署名する」ことから生まれます。逆に言えば、署名前のひと手間で大半は防げます。契約書を受け取ってから署名するまでの実務フローを、チェックリストと交渉の言い回しまで含めて示します。
署名前チェックリスト
契約書(およびNDA)を受け取ったら、署名前に次の項目を確認してください。
競業避止義務について
- 競業避止義務の条項があるか
- 対象は「契約期間中のみ」か「契約終了後も続く」か
- 終了後も続く場合、その期間は何か月・何年か(概ね1年を大きく超えるなら要注意)
- 禁止される業務の範囲は具体的に限定されているか(漠然と「同業務全般」となっていないか)
- 地域の限定はあるか
- 制限の対価となる代償措置があるか
秘密保持義務について
- 秘密情報の定義はどう書かれているか(「一切の情報」と広いか、列挙・明示で限定されているか)
- 義務の存続期間は明記されているか(契約終了後も続くか、何年か)
- 実績公開・成果物の利用についての定めがあるか(ポートフォリオ掲載の可否に関わる)
- 「秘密情報から除外されるもの」(公知情報など)が定義されているか
共通
- 曖昧で多義的に読める表現がないか
- 違反時のペナルティ(違約金・損害賠償の定め)が過大でないか
チェックして「要注意」が複数ついたら、署名前に確認・交渉に進みます。
疑問点をクライアントに確認・交渉する切り出し方
「交渉すると印象が悪くなるのでは」と心配する方は多いですが、条件の確認や調整の相談は、独立した事業者として当然の行為です。むしろ、内容を理解したうえで契約に向き合う姿勢は信頼につながります。角を立てずに切り出す言い回しの例を挙げます。
- 範囲の確認:「第○条の競業避止について、念のため確認させてください。これは契約期間中の直接の競合案件を想定したものという理解で問題ないでしょうか」
- 期間の短縮:「契約終了後2年という期間ですと、今後の事業活動への影響が大きいため、可能でしたら1年へのご調整をご相談できますでしょうか」
- 範囲の限定:「秘密情報の定義が『一切の情報』と広いため、具体的に保護したい情報の範囲を別紙で明示する形にしていただけると、双方にとって安心かと思います」
- 実績公開の事前合意:「成果については、御社名を伏せ、技術スタックと担当範囲のみをポートフォリオに記載させていただきたいのですが、可能でしょうか。記載内容は事前にご確認いただく形で問題ありません」
ポイントは、「拒否」ではなく「確認」「相談」「双方にとっての安心」という枠組みで提案することです。範囲の縮小・期間の短縮・条項の削除は、いずれも交渉の余地があるものとして相談して構いません。
不当な条項に直面したときの相談先
交渉しても明らかに不当な条項を一方的に押し付けられる、あるいは判断に自信が持てない場合は、一人で抱え込まず専門家に相談してください。
- フリーランス・トラブル110番: 厚生労働省の委託事業として第二東京弁護士会が運営する相談窓口です。あいまいな契約や報酬未払いなどのトラブルについて、弁護士に無料・秘密厳守・匿名でも相談できます(フリーランス・トラブル110番(厚生労働省委託事業))
- 弁護士への個別相談: 契約金額が大きい、すでにトラブルが起きているなど深刻なケースでは、契約書を持参して弁護士に相談するのが確実です
- 公正取引委員会・関係省庁: フリーランス新法に関わる優越的地位の濫用などについては、公正取引委員会がフリーランスの取引適正化に取り組んでいます(公正取引委員会)
「相談したこと自体を秘密に扱ってもらえる」窓口があると知っているだけでも、署名前の判断は落ち着いてできるようになります。
よくある質問(FAQ)
最後に、本文で拾いきれなかった個別の疑問に答えます。
Q. 一度サインした競業避止義務は、あとから変更・撤回できますか。
A. 一方的に撤回することはできませんが、クライアントと合意すれば変更(覚書の締結など)は可能です。また、内容が過度に広範・長期で代償措置もないような条項は、有効性そのものが争われる余地があります。気になる場合は、まずクライアントに相談し、判断に迷えば相談窓口や弁護士に確認してください。
Q. 契約が終了したら、秘密保持義務や競業避止義務も終わりますか。
A. いいえ。多くの契約では、秘密保持義務は契約終了後も一定期間(または無期限で)存続すると定められています。競業避止義務も「契約終了後○年間」という形で残ることがあります。契約終了=すべて解放、ではないので、存続期間を必ず契約書で確認してください。
Q. 代償措置がない競業避止条項は、守らなくてよいのですか。
A. 「代償措置がない=当然に無効」と独断するのは危険です。代償措置の有無は有効性を判断する一要素であり、最終判断は期間・範囲などを含めた総合考慮になります。代償措置がない場合は「有効性を争ったり交渉したりする余地が大きい」と捉え、自己判断で無視するのではなく相談・交渉につなげるのが安全です。
Q. ポートフォリオにクライアント名を出したいときは、どうすればよいですか。
A. 最も確実なのは事前に掲載許可を得ることです。「御社名・サービス名・担当範囲をこのように記載したい」と具体的に示して、メールなど記録に残る形で許可をもらってください。許可が難しい場合は、クライアント名を業種・規模の表現に置き換え、技術スタックと担当工程で実力を伝える形に抽象化しましょう。
Q. 複数の案件を掛け持ちすると、競業避止義務に触れますか。
A. 掛け持ちそのものが直ちに問題になるわけではありませんが、掛け持ち先が既存クライアントの直接の競合で、同種業務に同時に関わる場合は競業避止義務に触れる可能性があります。それぞれの契約の競業避止条項を確認し、対象が重なるかを見極めてください。なお、正社員として在籍しながら副業で掛け持ちする場合は、本業の就業規則上の競業避止やNDAも関わってきます。詳しくは複業エンジニアが複数案件を掛け持ちする際の競業避止・NDAリスクと安全管理をご覧ください。
まとめ|2つの義務を理解して案件と実績を守る
フリーランスエンジニアが業務委託契約で負う競業避止義務と秘密保持義務は、確かに「縛り」です。けれども本記事で見てきたとおり、競業避止義務には有効性の判断基準があり、不当に広い条項は交渉や見直しの余地があります。秘密保持義務も、何が秘密にあたるかは契約の定義次第で、実績は許可や抽象化によって安全に公開できます。
つまりこの2つの義務は、正しく理解すれば不当な制限から自分を守り、安心して案件を広げ、実績を公開していくための知識でもあります。違反を恐れて萎縮するのでも、知らずに踏み外すのでもなく、「自分で判断できる」状態を持つことが、フリーランスとしてのキャリアを長く安定させる土台になります。
最後にお伝えしたいのは、署名前のチェックを習慣にすることの価値です。契約書を受け取ったら、競業避止と秘密保持の条項に目を通し、本記事のチェックリストで「OK・要交渉・危険」を見極める。グレーなら確認や交渉をし、不当なら相談窓口を頼る。このひと手間が、思わぬ損害賠償や取引停止を防ぎ、案件と実績、そして信用を守ってくれます。2つの義務を味方につけて、安心して仕事の幅を広げていってください。



