フリーランスエンジニアへの業務委託を検討する企業が増えています。しかし、「契約書はネットのテンプレートをそのまま使えばよい」と考えていると、後々のトラブルに巻き込まれる可能性があります。ネット上に流通するテンプレートの多くは受託者(フリーランス側)の立場で作られているものも多く、発注者として必要な保護条項が盛り込まれていないケースが少なくありません。
また、2024年11月には「フリーランス新法」(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)が施行され、発注者側に新たな義務が課されました。取引条件の書面明示義務や報酬支払期限の規制といった新しいルールを契約書に正しく反映しなければ、法令違反リスクを抱えることになります。
さらに、エンジニアへの発注には「知的財産権の帰属」「偽装請負」「瑕疵担保責任」など、汎用的なテンプレートだけではカバーできない特有のリスクが存在します。これらをどう契約書に落とし込めばよいか、判断に困る担当者は多いでしょう。
本記事では、業務委託契約書テンプレートを発注側として活用する際に知っておくべき必須13項目と、フリーランス新法への対応方法、エンジニア特有のリスク条項の設計方法を解説します。「ダウンロードしたテンプレートのどこを変えればよいか」が分かる内容にまとめています。
業務委託契約書を発注側が用意すべき理由
ネットのテンプレートは受託者側に有利なケースがある
インターネットで「業務委託契約書 テンプレート」と検索すると、多数の無料テンプレートが見つかります。しかし、それらのテンプレートがどの立場で作られたものかを確認することは重要です。
フリーランス向けのメディアや法律事務所が公開するテンプレートは、受託者(フリーランス側)の権利を守ることを重視して設計されているものが少なくありません。たとえば、知的財産権を受託者側に留保する条項や、損害賠償の上限を発注者に不利な形で設定している条項が含まれているケースがあります。
発注者として業務委託契約書を作成する場合は、そのテンプレートが「誰のために作られたものか」を確認し、必要に応じて発注者保護の観点からカスタマイズすることが必要です。
発注者が先に契約書を準備することで交渉主導権を持てる
業務委託契約書の交渉では、ひな型を提示した側が交渉の主導権を握りやすくなります。受託者から提示された契約書に対して「この条項は変えてほしい」と要求するよりも、発注者側が先にひな型を提示し、そこから協議を始める方がスムーズです。
発注者として事前に契約書の骨子を整備しておくことで、交渉の出発点を有利に設定できます。初めてフリーランスエンジニアに発注する場合でも、本記事で解説する必須項目をベースにすることで、標準的な発注者向け契約書の準備が可能です。
契約形態の選び方|請負か準委任か、発注者が判断する基準

業務委託契約には大きく「請負契約」と「準委任契約」の2種類があります。どちらを選ぶかによって、発注者と受託者双方の権利・義務が大きく変わります。
請負契約が向くケース(成果物が明確な開発)
請負契約とは、受託者が「仕事の完成」を約束し、発注者がその対価として報酬を支払う契約です。成果物の納品が明確に定義できるプロジェクトに適しています。
- 仕様が確定している機能開発やシステム構築
- 特定の画面や機能の開発(仕様書ベースで範囲が明確)
- 成果物の検収・納品が明確に定義できる作業
請負契約では、受託者は仕事を完成させる義務を負い、完成前に解除された場合などを除き、成果物が完成しなければ報酬請求ができません。また、瑕疵担保責任(成果物に欠陥があった場合の補修・損害賠償責任)が発生します。発注者にとって成果物の品質担保という観点では有利な側面があります。
準委任契約が向くケース(アジャイル・コンサルティング)
準委任契約とは、受託者が一定の「業務の遂行」を約束し、その業務に対して報酬が発生する契約です。成果物の完成を保証するのではなく、専門的なスキルを持って誠実に業務を遂行することが義務となります。
- アジャイル開発(スプリントごとに要件が変化する開発)
- 技術コンサルティングやアドバイザリー業務
- 仕様が変わりやすい保守・運用業務
- 月次稼働型の開発支援(稼働時間に対して報酬が発生)
準委任契約では瑕疵担保責任が発生しないため、バグや不具合への対応を別途定める必要があります。また、成果物の完成を保証しないため、発注者としては「作業はしたが期待した成果が出なかった」というリスクを負います。契約書上で業務の遂行基準や成果目標を明確にすることが重要です。
契約形態を誤った場合のリスク
アジャイル開発で請負契約を選んだ場合、要件が途中で変わるたびに「契約変更」が必要になり、追加費用の交渉が複雑になります。一方で、成果物が明確な開発を準委任契約にすると、納品物が不十分でも報酬支払い義務が生じるリスクがあります。
プロジェクトの性質を踏まえて契約形態を選び、選んだ契約形態に合わせた条項設計をすることが重要です。
業務委託契約書の必須記載事項13項目

発注者として業務委託契約書に盛り込むべき13の記載事項を解説します。各項目について、盛り込まなかった場合のリスクも合わせて確認してください。
1. 業務内容・成果物の定義
委託する業務の内容を具体的に定義します。「システム開発業務一切」のような曖昧な記載では、受託者が行うべき業務の範囲を巡ってトラブルになります。
盛り込むべき内容:
- 委託業務の具体的な内容(機能要件・技術要件)
- 成果物の形式(ソースコード、仕様書、テスト結果等)
- 業務範囲に含まれないもの(除外事項)
2. 契約期間・更新条件
契約期間と更新の取り扱いを明記します。自動更新条項が含まれる場合は、更新拒否の通知期限も合わせて定めます。
3. 報酬額・支払い時期・方法
報酬の金額、支払いのタイミング(月末締め翌月末払い等)、支払方法(振込・口座)を明確に定めます。フリーランス新法の要件(後述の60日以内ルール)を満たした支払期日を設定することが必要です。
4. 知的財産権の帰属(発注者帰属を明記する理由)
委託業務で創作した成果物の著作権や知的財産権の帰属先を明記します。これを定めない場合、成果物(ソースコード、デザイン等)の著作権は原則として創作者である受託者に帰属します(著作権法の原則)。
発注者として成果物を自由に利用・改変・再利用するためには、「本業務で作成した成果物に関する知的財産権(著作権法第27条・第28条の権利を含む)は、委託料の完済をもって委託者に移転する」といった条項を盛り込むことが必要です。詳しくはシステム開発の著作権は誰のもの?発注者が知っておきたい権利帰属と契約のポイントで解説しています。
5. 秘密保持義務
業務遂行中に受託者が知り得た機密情報(技術情報、顧客情報、事業計画等)の取り扱いを定めます。秘密情報の定義、保持義務の範囲、契約終了後の秘密保持期間を明記します。
6. 再委託の禁止または制限
受託者が業務の一部または全部を第三者に再委託することを禁止または制限します。特にセキュリティが重要な業務や機密情報を扱う業務では、無断再委託を禁止することが重要です。再委託を認める場合でも、「事前に発注者の書面による承認が必要」とすることで管理できます。
7. 損害賠償の上限設定
受託者が業務上の過失により発注者に損害を与えた場合の損害賠償の上限額を設定します。上限を設定しない場合、受託者側が過大な賠償リスクを懸念して契約を結びたがらないことや、逆に発注者が想定外の賠償を受けられないケースがあります。
一般的には「報酬の〇ヶ月分を上限とする」といった設定が用いられます。
8. 契約解除条件
契約を解除できる条件を定めます。一般的な解除事由(債務不履行、信頼関係の破壊等)に加えて、エンジニア案件では「技術品質の著しい低下」「納期の大幅な遅延」なども解除事由として検討します。
中途解除の場合の精算方法(既遂業務分の報酬の取り扱い)も合わせて定めることが重要です。
9. 瑕疵担保責任(請負の場合)
請負契約を選んだ場合、成果物に欠陥(バグ等)があった場合の対応を定めます。瑕疵の定義・発見した場合の通知期限・修補義務・損害賠償の可否を明記します。
準委任契約の場合は瑕疵担保責任は発生しませんが、バグ発見時の対応(修正対応の有無・費用負担)について別途条項を設けることを推奨します。
10. 偽装請負リスクに対応する指揮命令の明記
発注者が受託者に対して直接的な指揮命令を行うと「偽装請負」と判断されるリスクがあります。偽装請負は職業安定法・労働者派遣法違反となり、双方に罰則が科される可能性があります。
業務委託契約書には「業務の遂行方法は受託者の裁量とし、委託者は業務に関する具体的な指揮命令を行わない」といった条項を明記します。業務の進捗報告や成果物の確認は「指揮命令」ではなく「業務管理」の範囲と位置づけ、その旨を契約書に記載しておくことが有効です。
11. 反社会的勢力の排除
反社会的勢力への関与を表明・保証する条項(暴力団排除条項)を盛り込みます。現在は標準的な契約書への記載事項となっています。
12. 紛争解決・管轄裁判所
契約に関する紛争が生じた場合の解決方法(協議・調停・仲裁・訴訟)と管轄裁判所を定めます。一般的には発注者の所在地(本店所在地)の地方裁判所を専属的合意管轄とすることが発注者にとって有利です。
13. 印紙税・電子契約の取り扱い
請負契約の契約書には契約金額に応じた印紙税が課されます。一方、電子契約(電磁的方法による締結)の場合、印紙税の課税対象外となります(国税庁の見解)。クラウドサイン等の電子契約サービスを活用することで印紙税のコスト削減が可能です。
フリーランス新法(2024年11月施行)が発注者に課す義務

2024年11月1日に施行された「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(フリーランス新法)により、企業がフリーランスに業務委託する際の義務が強化されました。
3条通知(取引条件の書面明示義務)とは
フリーランス新法第3条では、発注者がフリーランスに業務を委託する際、取引条件を書面または電磁的方法(メール等)で明示することを義務付けています。これを「3条通知」と呼びます。
明示が必要な事項は以下のとおりです:
- 委託者・受託者の氏名または名称
- 業務委託の内容
- 報酬の額
- 支払期日
- 業務の実施場所・実施方法
実務上は、契約書に上記事項を盛り込んで締結することで3条通知の義務を同時に満たすことができます。「契約書を締結したから3条通知は不要」ではなく、「3条通知に必要な事項を契約書に含めた上で、契約書を交付する」という位置づけです。
なお、3条通知は「個別案件ごとに行う」ことが原則です。基本契約書に記載があっても、個別案件ごとの取引条件は発注書等で都度明示する必要があります。
報酬支払期限(60日以内ルール)を契約書に反映する方法
フリーランス新法第4条は、特定業務委託事業者が成果物を受け取ってから60日以内に報酬を支払うことを義務付けています(公正取引委員会 フリーランス法Q&A)。
契約書への反映方法: 報酬の支払い期日を「成果物(または業務)を受領した月の翌月末日」のように具体的に設定します。翌月末払いでは受領日から最大60日以内となり、原則に適合します。「月末締め翌々月末払い」のように60日を超える設定は法令違反となるため注意が必要です。
ハラスメント対策体制の整備義務と契約書への記載
フリーランス新法第14条は、発注者にハラスメント防止のための体制整備を義務付けています。具体的には、フリーランスが利用できる相談窓口の設置・周知と、相談後の不利益取扱いの禁止です。
契約書への記載例: 「委託者はフリーランス新法第14条に基づき、受託者がハラスメントに関する相談等を行える体制を整備し、相談窓口を設置します。受託者の相談を理由とした不利益取扱いは行いません」といった条項を盛り込むことが有効です。
対象となる「特定業務委託事業者」の確認
フリーランス新法の義務のうち一部は、「特定業務委託事業者」(従業員を使用している発注者)にのみ適用されます。一人社長(役員のみで従業員なし)の場合は一部の義務が免除されますが、多くの企業では適用対象となります。自社が「特定業務委託事業者」に該当するかを確認しておきましょう。
エンジニア特有の4大リスク条項と発注者保護の設計

汎用的な業務委託契約書テンプレートには含まれていないことが多い、エンジニア案件特有のリスク条項について解説します。
1. 知的財産権帰属条項(成果物・ソースコードを発注者に帰属させる書き方)
著作権法の原則では、著作物の著作権は創作者(受託者)に帰属します。そのため、契約書で明示的に譲渡を定めない限り、発注者は成果物であるソースコードを自由に改変・再利用することができません。
推奨される条項の骨子:
- 「本業務で作成したプログラム、ソースコードを含む全ての成果物の著作権(著作権法第27条・第28条の権利を含む)は、委託料の完済をもって委託者に移転する」
- 汎用ライブラリ・既存モジュールについては「受託者が著作権を留保し、委託者に非独占的なライセンスを付与する」という整理も有効
受託者が使用した汎用ライブラリやオープンソースコンポーネントについては、著作権移転の対象外とした上でライセンス条件を確認・整理することも必要です。知財帰属と契約設計の詳細はシステム開発の著作権は誰のもの?発注者が知っておきたい権利帰属と契約のポイントも参考にしてください。
2. 瑕疵担保責任・バグ対応の取り決め(請負の場合)
請負契約の場合、納品物に「瑕疵」(欠陥・バグ等)があった場合の対応を具体的に定めます。民法上の規定(請負の瑕疵担保責任)に加えて、以下の点を契約書で明確にします。
- 瑕疵の定義: 仕様書との不一致を基準とするか、機能要件を満たさないことを基準とするか
- 通知期限: 瑕疵を発見してから何日以内に通知するか(一般的には30〜60日)
- 修補義務の範囲: 無償での修補対応は受領後何ヶ月以内か
3. 指揮命令の明確化(偽装請負防止)
発注者がフリーランスエンジニアに対して直接的な業務指示・進捗管理を行うと「偽装請負」と判断されるリスクがあります。業務委託と労働者派遣の区別が曖昧になると、職業安定法違反(無許可職業紹介等)の問題が生じます。
契約書で明記すべき内容:
- 「業務の遂行方法・手順・優先度の判断は受託者の裁量による」
- 「委託者は業務の進捗確認や成果物の確認は行うが、具体的な業務遂行上の指揮命令は行わない」
- 開発ツール・環境について「委託者の設備を使用する場合は、使用料として〇円/月を別途請求しない(または請求する)」旨を明記(設備の提供が労働者性の判断材料になるため)
4. 損害賠償上限の設定(発注者側リスクの上限を設ける)
損害賠償の上限を設定することは、受託者だけでなく発注者にとっても有益です。受託者側の過失により発注者が大きな損害を受けた場合、「報酬額の範囲内でしか賠償を受けられない」という状況になるリスクがあります。一方で、上限を高く設定しすぎると受託者が契約を敬遠します。
現実的な設定例:
- 「損害賠償の上限は、損害が発生した時点から直近3ヶ月以内に支払った報酬の総額を上限とする」
- 故意または重大な過失による損害については上限を適用しないとする条項も一般的
発注側がすぐ使える業務委託契約書テンプレートの活用手順
テンプレートを入手してから契約書を締結するまでの実務手順を整理します。
テンプレートのカスタマイズチェックリスト
以下の項目を確認し、テンプレートに不足があれば追記・修正します。
必須確認項目(発注者保護の観点):
- 知的財産権の帰属が「発注者帰属(著作権法第27条・第28条の権利を含む)」となっているか
- 報酬支払い期限が受領日から60日以内に設定されているか(フリーランス新法対応)
- 3条通知に必要な事項(業務内容・報酬額・支払期日・実施場所・方法)が含まれているか
- 偽装請負リスクへの対応(指揮命令の明示)が含まれているか
- 秘密保持義務・再委託制限が定められているか
電子契約活用のメリット(印紙税節約・フリーランス新法3条通知対応)
電子契約(クラウドサイン、DocuSign等)の活用には2つのメリットがあります。
一つ目は印紙税の節約です。請負契約書は契約金額に応じて収入印紙が必要ですが、電子締結による契約書は印紙税の課税対象外となります(国税庁の見解)。
二つ目はフリーランス新法の3条通知義務への対応が電子的に残ることです。電子契約サービスは締結日時・送付先・内容が記録されるため、「書面または電磁的方法による取引条件の明示」という法律上の要件を満たしつつ、証拠として保存できます。
受託者から不利な契約書を提示された場合の対処
受託者(フリーランス)から先に契約書ひな形を提示された場合、以下の観点で確認します。
- 知的財産権が受託者帰属となっていないか
- 損害賠償の上限が発注者にとって低すぎないか(または上限なしになっていないか)
- 中途解除時の精算が受託者に有利すぎないか
- 報酬支払い期限が60日以内に設定されているか
不利な条項が見つかった場合は、対案を提示して協議することが重要です。「弁護士に確認したところ修正が必要です」と伝えることで、過度な対立を避けながら交渉できます。
フリーランスエンジニアの採用にかかる費用やプロジェクト規模別の予算設計については、エンジニア費用の予算設計をプロジェクト規模別に解説|稟議に使える3ステップも参考にしてください。
まとめ|発注者として安心な契約書作成のポイント
本記事の要点をまとめます。
契約形態の選択:
- 成果物が明確な開発には請負契約
- アジャイル開発・コンサルティングには準委任契約
発注者として特に重要な条項:
- 知的財産権の帰属(著作権法第27条・第28条の権利を含む発注者帰属)
- フリーランス新法の3条通知事項の盛り込み
- 報酬支払期限の60日以内設定
- 偽装請負リスクへの対応(指揮命令の明示)
実務上の推奨:
- 発注者側がひな形を先に準備して交渉主導権を持つ
- 電子契約を活用して印紙税節約と3条通知義務の同時対応を図る
業務委託契約書は、フリーランスエンジニアとの良好な関係を維持しながら発注者の利益を守るための重要な文書です。フリーランス新法への対応・エンジニア特有のリスク条項について、自社の法務担当や弁護士に確認しながら整備することをお勧めします。
外部人材の活用を検討している企業向けに、フリーランスエンジニアとの業務委託契約に関連するお役立ち資料も活用してください。



