「フリーランス保護法が施行されたのは知っているが、自社の支払いサイクルがそのルールに本当に適合しているのか、正直なところ自信がない」——フリーランスへの発注を管理する担当者の方から、このような声をよく聞きます。
法律の名前や「60日以内に支払う」という大枠は知っていても、いざ自社の月末締め・翌月末払いといった既存の支払いフローに当てはめようとすると、「起算日はいつから数えるのか」「うちの締め日と支払日のままで本当に60日に収まっているのか」という具体的な疑問が次々に湧いてきます。社内に法務の専任担当者がいない中小〜中堅企業では、なおさら判断に迷いがちです。
この「60日ルール」は、発注企業に支払期日の設定義務と期日内の支払義務を課すもので、違反すれば行政による指導・勧告、さらには企業名の公表につながる可能性があります。気づかないうちに自社が違反状態になっていた、という事態は避けたいところです。
そこで本記事では、フリーランス保護法の60日ルールについて、発注企業が押さえるべき起算日の正しい数え方と、月末締め翌月払いなど代表的な支払いサイクルが適合するかどうかの判定方法を、具体例を交えて解説します。あわせて、自社の支払いフローを点検するためのチェックリストと、違反した場合のリスク・相談窓口も紹介します。
読み終えるころには、自社の支払いフローのどこを直せばよいか(あるいは直す必要がないか)が明確になり、安心して発注業務を続けられる状態を目指せます。
フリーランス保護法の「60日以内支払い」ルールとは
まず、60日ルールの全体像を発注企業の視点で整理します。「自社が違反していないか」を判断するには、ルールが何を求めているのかという前提を正確に押さえる必要があります。
フリーランス保護法(正式名称「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」)は2024年11月1日に施行されました。フリーランスが安心して働ける取引環境を整えることを目的とした法律で、発注企業にはさまざまな義務が課されています(政府広報オンライン)。その中でも、報酬の支払いに関する規定が「60日以内支払い」ルールです。
60日ルールには「設定義務」と「期日内支払義務」の2つがある
「60日ルール」と一口に言いますが、発注企業に課されているのは実は2つの異なる義務です。この2つを分けて理解しておくと、自社フローの点検がしやすくなります。
1つ目は支払期日の設定義務です。発注企業は、フリーランスから給付を受領した日から起算して60日以内の、できる限り短い期間内で報酬の支払期日を定めなければなりません。
2つ目は期日内の支払義務です。設定した支払期日までに、実際に報酬を支払わなければなりません。期日を正しく設定していても、その期日を過ぎて支払えば義務違反になります。
つまり、「期日を60日以内に設定する」ことと「設定した期日を守って支払う」ことの両方が求められます。契約書の文言だけ整っていても運用が伴わなければ意味がなく、逆に運用が早くても契約上の期日設定が不適切であれば指摘の対象になり得ます。
なお、支払期日を定めなかった場合は「給付を受領した日」が支払期日とみなされ、60日を超える期日を定めた場合は「給付を受領した日から60日を経過する日」が支払期日とみなされます(J-Net21/中小企業基盤整備機構)。期日を曖昧にしておくと、自社が想定しているよりはるかに早い支払期日が法律上設定されてしまう点に注意が必要です。
対象となる取引・対象外の取引
60日ルールが適用されるのは、発注者が「特定業務委託事業者」、受注者であるフリーランスが「特定受託事業者」にあたる取引です。
ここでいう「特定受託事業者」とは、業務委託の相手方であって、従業員を使用しない個人事業主、または役員が一人のみで従業員を使用しない法人を指します。一人で活動しているフリーランスや、いわゆる「一人社長」の法人が該当します。一方で、従業員を雇用している事業者への発注はこの法律の対象外です。
発注者側の「特定業務委託事業者」は、フリーランスに業務委託をする事業者のうち、従業員を使用しているなど一定の要件を満たすものを指します。多くの企業はこれに該当するため、フリーランスへ業務委託をしている企業の大半は60日ルールの対象になると考えてよいでしょう。
自社の取引が対象になるかどうか判断に迷う場合は、公正取引委員会のQ&Aで適用範囲を確認することをおすすめします。
60日ルールの起算日の考え方(実務で最も間違えやすいポイント)
60日ルールで発注担当者が最もつまずきやすいのが、「いつを起算日として数えるのか」という点です。ここを誤ると、自社では「60日以内」のつもりが実際には超過していた、という事態が起こり得ます。自社の支払いが正しく数えられているか、という核心の不安に直結する部分なので、丁寧に確認していきます。
「給付を受領した日」とは何か
60日ルールの起算日は、フリーランスが「給付を受領した日」です。この「給付を受領した日」が具体的にいつを指すかは、業務の類型によって少しずつ異なります。
物品の製造を委託した場合は、発注企業が物品を受け取った日が起算日になります。情報成果物(システム・デザイン・原稿・動画など)の作成を委託した場合は、その成果物を受け取った日が起算日です。役務(サービス)の提供を委託した場合は、個々の役務の提供を受けた日、または役務の提供が終了した日が起算日になります。
実務上とくに重要なのは、検査・検収の有無は起算日に影響しないという点です。発注企業が成果物の検査をしたかどうか、その検査が終わっているかどうかにかかわらず、フリーランスからの給付・役務提供があった日を起算点として、原則60日以内に支払う必要があります(業務委託契約書の作成サポート)。「検収が長引いているから支払いも後ろ倒し」という運用は、60日を超えれば違反になり得ます。
初日算入で数える
起算日の数え方で最も誤りやすいのが、「初日を算入するかどうか」です。
一般的な期間計算では「初日不算入」(起算日の翌日から数える)が原則となる場面が多いため、感覚的に翌日から数えてしまいがちです。しかし、フリーランス保護法の60日ルールでは初日を算入します。つまり、給付を受領した日そのものを「1日目」として数えます(公正取引委員会 Q&A)。
具体例で確認します。仮にフリーランスから成果物を11月1日に受領したとします。このとき、11月1日が「1日目」です。そこから60日目は12月30日にあたります。したがって、支払期日は遅くとも12月30日までに設定しなければなりません。「11月1日の翌日から60日」と誤って数えると、12月31日まで余裕があると勘違いし、1日分の超過が生じてしまいます。
わずか1日の差に思えるかもしれませんが、月末締めで処理している企業では、この1日が「翌月末払いに収まるか/収まらないか」の分かれ目になることがあります。起算日は受領日そのものから、初日を1日目として数える——この点は必ず社内で共有しておきたいポイントです。
支払期日を「60日以内」と曖昧に定めるのはNG
もう一つ注意したいのが、支払期日の「定め方」です。
契約書に「報酬は給付の受領後60日以内に支払う」とだけ書いて済ませているケースがありますが、これは適切な期日設定とは言えません。法律が求めているのは、できる限り短い期間内で、具体的な支払期日を定めることです。
実務上は「毎月末日締め、翌月25日払い」のように、締め日と支払日を具体的な日付で定める形が一般的です。「60日以内」という幅のある表現ではなく、いつ支払うのかが一意に決まる形で契約書・発注書に明記する必要があります。期日が曖昧なまま放置すると、前述のとおり「給付を受領した日」が支払期日とみなされるなど、自社にとって不利な解釈が適用されるリスクがあります。

自社の支払いサイクル別 60日ルール適合判定
ここからが本記事の中心です。代表的な支払いサイクルを取り上げ、それぞれが60日ルールに適合するかどうかを判定します。自社のケースに当てはめて、自己診断にお使いください。
判定のポイントは、締め日のタイミングによって、受領日から支払日までの実日数が変動するという点です。同じ「月末締め翌月末払い」でも、月初に受領した分と月末に受領した分では、支払日までの日数が大きく異なります。最も日数が長くなるケース(締め日直後=月初の受領分)で60日に収まるかを基準に考えると、安全に判定できます。
月末締め翌月末払いは適合するか
「月末締め・翌月末払い」は、多くの企業で採用されている標準的な支払いサイクルです。このサイクルは、多くの場合60日ルールに適合します(J-Net21/中小企業基盤整備機構)。
確認してみます。月末締め翌月末払いの場合、受領日から支払日までが最も長くなるのは、締め月の初日(月初)に受領したケースです。たとえば11月1日に受領した分は、11月末で締められ、翌月末の12月31日に支払われます。11月1日を1日目として12月31日まで数えると61日となり、わずかに60日を超えます。
つまり、月末締め翌月末払いは「ほぼ適合するが、月初に受領した分はギリギリ、場合によっては1日超過する可能性がある」サイクルです。月の日数(30日・31日)や受領日のタイミングによって、60日に収まる月と収まらない月が出てきます。
実務上の対応としては、支払日を月末ではなく「翌月25日払い」のように数日前倒しに設定しておくと、月初受領分でも60日以内に確実に収まり、安全側に倒すことができます。月末締め翌月末払いを採用している企業は、「適合しているが余裕は小さい」と認識し、支払日の前倒しを検討する価値があります。
月末締め翌々月末払い・60日サイトは要注意
一方、「月末締め・翌々月末払い」のサイクルは、60日ルールに抵触する可能性が高く、要注意です(業務委託契約書の作成サポート)。
月末締め翌々月末払いの場合、11月中に受領した分は11月末で締められ、翌々月末の翌年1月31日に支払われます。月末(11月30日)に受領した分でも、11月30日を1日目として1月31日まで数えると63日となり、60日を超えてしまいます。月初に受領した分であればさらに日数が伸び、明確に60日ルール違反となります。
「検収後60日サイト」のように、検収完了を起点に日数を数えている運用も注意が必要です。前述のとおり、60日ルールの起算日は検収日ではなく「給付を受領した日」です。検収に時間がかかるほど、受領日から支払日までの実日数は60日を超えやすくなります。検収を起点にした支払いサイクルを採用している場合は、受領日からの実日数で必ず再計算してください。
月末締め翌々月末払いや長めの支払いサイトを採用している企業は、フリーランスとの取引については支払いサイクルの見直しが必要になる可能性が高いと考えられます。
再委託の場合の「30日ルール」例外
ここまでは原則の60日ルールを説明してきましたが、再委託の場合には例外として「30日ルール」が適用される場合があります。
自社が他社(元委託者)から受けた業務を、さらにフリーランスへ再委託するケースを考えます。この場合、原則どおり「給付を受領した日から60日以内」とすると、元委託者から自社が報酬を受け取る前にフリーランスへの支払期日が到来し、自社の資金繰りが圧迫されるおそれがあります。この懸念に配慮して設けられたのが30日ルールの例外です。
具体的には、再委託にあたって取引条件として通常明示すべき事項に加えて、次の3点をフリーランスに明示した場合、元委託業務の支払期日から起算して30日以内(初日算入)のできる限り短い期間内で支払期日を定めることができます(J-Net21/中小企業基盤整備機構)。
- 再委託である旨
- 元委託者の名称
- 元委託業務の対価の支払期日
注意したいのは、この3点を明示しなかった場合は例外の対象にならず、原則の60日ルールが適用される点です。また、明示しても支払期日を定めなかった場合は元委託支払期日が、ルールに違反する期日を定めた場合は元委託支払期日から30日を経過する日が、それぞれ支払期日とみなされます。
再委託案件を扱う企業は、この30日ルールを使えるかどうかで支払期日の設計が変わります。例外を活用するなら、3つの明示事項を契約書・発注書に確実に盛り込む運用を整えることが前提となります。

既存の支払いフローの見直しチェックリスト
ここまでで、起算日の数え方と支払いサイクル別の判定基準を確認しました。次は、自社の支払いフローを実際に点検するためのチェックリストを示します。発注から支払いまでの3つの段階に分けて、点検項目を整理しました。
各項目を確認し、「できていない」「自信がない」と感じた箇所が、見直しの対象です。
契約・発注段階のチェック項目
契約書や発注書を交わす段階で、支払期日が適切に定められているかを確認します。
- 契約書・発注書に支払期日が具体的な日付の形(例: 月末締め翌月25日払い)で明記されているか。「60日以内」など幅のある表現になっていないか
- その支払期日が、受領日から起算して60日以内に収まる設計になっているか(月初受領分でも超過しないか)
- フリーランス保護法が定める明示事項(業務内容・報酬額・支払期日など)が、書面または電磁的方法でフリーランスに明示されているか
- 再委託案件の場合、30日ルールの例外を使うなら「再委託である旨・元委託者の名称・元委託業務の支払期日」の3点が明示されているか
支払期日が曖昧、または60日を超える設計になっている場合は、契約書のひな型・発注書フォーマットの文言修正が必要です。
受領・検収段階のチェック項目
成果物や役務を受け取ってから検収するまでの段階で、起算日が正しく管理されているかを確認します。
- フリーランスから給付(成果物・役務)を受領した日が記録されているか。起算日を後から確認できる状態になっているか
- 支払日の計算を、検収日ではなく「受領日」を起点に行っているか
- 検収プロセスに時間がかかった場合でも、受領日から60日以内の支払いが守られる運用になっているか。検収の遅延が支払遅延に直結していないか
- 起算日を「受領日の翌日」ではなく「受領日そのもの(初日算入)」で数えているか
検収待ちを理由に支払いが後ろ倒しになる運用が常態化している場合は、検収期限の設定や、検収と支払いを切り離す運用への見直しが必要です。
経理・支払処理段階のチェック項目
経理部門が実際に支払い処理を行う段階で、社内の支払いサイクルが60日ルールと整合しているかを確認します。
- 自社の標準的な支払いサイクル(締め日・支払日)が、フリーランス取引について60日ルールに適合しているか
- とくに月初に受領した分について、支払日まで60日以内の余裕が確保されているか
- 支払い処理の社内リードタイム(請求書受領から振込まで)を考慮しても、設定した支払期日に間に合うか
- 設定した支払期日を実際に守れているか(期日内支払義務のチェック)
月末締め翌々月末払いなど60日を超えるサイクルを採用している場合は、フリーランス取引に限って締め日・支払日を前倒しした別サイクルを設けるか、標準サイクル自体を見直す対応が考えられます。
60日ルールに違反した場合のリスクと相談窓口
最後に、「もし違反していたらどうなるのか」というリスクの実態と、対応に困ったときの相談先を整理します。リスクの正体を正確に把握しておくことが、自主点検を後回しにしないための動機になります。
違反時の行政対応の流れ
フリーランス保護法の60日ルールに違反した場合、発注企業は行政機関による対応を受けることになります。法の執行は公正取引委員会・中小企業庁・厚生労働省が担っています。
対応はおおむね次の流れで進みます。まず行政による調査が行われ、違反が認められると指導・助言がなされます。それでも改善されない場合は、必要な措置をとるよう勧告が行われます。勧告に従わない場合には命令が出され、命令が出された事実は企業名とともに公表されることがあります。さらに、命令に違反した場合や行政の検査を拒否した場合には、50万円以下の罰金が科されます(公正取引委員会 フリーランス法特設サイト)。
施行後、行政による調査・指導は実際に行われています。報道によれば、公正取引委員会は放送・広告業界の事業者を対象とした調査で、多数の企業に指導を行ったとされています(日本経済新聞 2025年12月)。「施行されたばかりだから当面は大丈夫」という認識は禁物です。
罰金そのものの金額は大きくないものの、見過ごせないのは企業名公表によるレピュテーションリスクです。フリーランスとの取引で法律違反を指摘された企業という評判は、今後の外部人材の確保や取引先からの信頼に影響しかねません。だからこそ、行政から指摘を受ける前に、自主的な点検で支払いフローを整えておくことが重要です。
発注企業向けの相談窓口・公式情報
「自社のケースが適合するか自信が持てない」「契約書をどう直せばよいか分からない」という場合は、専門の窓口や公式情報を活用できます。
公正取引委員会はフリーランス法特設サイトを公開しており、法律の解説資料やQ&Aが掲載されています。Q&Aには起算日の数え方や支払期日に関する具体的な解釈が示されているため、判断に迷ったときの一次情報として有用です。中小企業庁もフリーランス・事業者間取引適正化等法のパンフレットを公開しており、発注企業の義務を体系的に確認できます。
また、フリーランス・トラブル110番は、厚生労働省の委託を受けて第二東京弁護士会が運営する相談窓口です。フリーランス側の相談窓口というイメージが強いですが、フリーランス法に関する取引のトラブル全般を扱っており、相談は無料です。トラブルが顕在化する前に、自社の取引が法に適合しているかを専門家の視点で確認したい場合の選択肢になります。
これらの公式情報は、社内で支払いフロー見直しの必要性を説明する際の根拠資料としても活用できます。
まとめ — 60日ルール準拠を「仕組み」にする
フリーランス保護法の60日ルールについて、発注企業が押さえるべきポイントを振り返ります。
- 60日ルールには「支払期日の設定義務」と「期日内の支払義務」の2つがある
- 起算日は「給付を受領した日」で、初日を算入して数える(受領日が1日目)。検査・検収の有無は起算日に影響しない
- 月末締め翌月末払いは多くの場合適合するが、月初受領分は余裕が小さい。月末締め翌々月末払い・長めの支払いサイトは60日を超える可能性が高く要注意
- 再委託案件では、3つの明示事項を示すことで「30日ルール」の例外を活用できる
- 違反すると行政の指導・勧告・命令の対象となり、企業名公表のリスクがある
最も大切なのは、こうした確認を「今回一度きり」で終わらせないことです。担当者が個別に日数を計算して判断するやり方では、人が代わったり案件数が増えたりした際に、確認漏れが生じます。
目指したいのは、発注のたびに60日ルールを自動的に満たせる支払いフローの「仕組み化」です。具体的には、契約書・発注書のひな型に適切な支払期日をあらかじめ組み込む、受領日を必ず記録する運用を定着させる、フリーランス取引に適合した締め日・支払日を経理フローに設定する、といった対応です。一度仕組みとして整えてしまえば、個々の発注で都度悩む必要がなくなります。
外部人材の活用は今後も広がっていくことが予想されます。フリーランスへの発注を継続する企業にとって、法令順守を運用に組み込んでおくことは、安心して外部人材を活用し続けるための基盤になります。本記事のチェックリストを起点に、まずは自社の支払いフローの現状把握から始めてみてください。



