「ライセンス費を抑えつつ、デザインデータを自社管理したい」。経営層やプロダクトマネージャからこのような相談を受け、Figma の代替候補として OSS のデザインツールを探し始めたエンジニアは少なくないはずです。検索結果には Penpot の名前が頻繁に登場します。ただし、「無料で使える Figma 代替」といった紹介記事は多いものの、採用判断に必要な比較材料が 1 本にまとまっている記事は意外と見つかりません。
社内検討資料に Penpot を載せるためには、「具体的に Figma と何が違うのか」「セルフホストの選択肢は何か」「ライセンスは商用利用に耐えるか」「開発活動は健全か」といった論点を、一次情報に基づいて整理する必要があります。第三者ブログの主観的な評価ではなく、公式ドキュメントや GitHub リポジトリのメタデータから裏付けが取れる情報こそが、社内決裁の場で説得力を持ちます。
本記事は、Penpot 公式サイト・公式ドキュメント・GitHub リポジトリといった一次情報のみに立脚して、Penpot の機能と採用判断のポイントを整理します。動作検証は行わず、公式の定義と数値だけを根拠とするため、PoC 前の情報整理として安心して参照できます。
本記事では、Penpot の位置づけと主な機能、Figma との差分、セルフホストの選択肢、類似 OSS との棲み分け、メンテナンス健全性、採用が向くチーム像までを順に解説します。読了後、社内検討資料の「OSS 代替候補」セクションに Penpot を採用判断付きで記載できる状態を目指します。
Penpotとは|OSSデザインプラットフォームの位置づけ
Penpot は、スペインの Kaleidos 社が中心となって開発しているオープンソースのデザインプラットフォームです。公式サイトは「Penpot is the open-source design platform for teams that need scalable collaboration.」(出典: Penpot 公式サイト)と紹介しており、スケーラブルな協業を必要とするチームに向けた製品であることを掲げています。
提供形態は 2 つあり、Penpot が運営する SaaS(design.penpot.app)と、自社インフラに導入するセルフホストを選択できます。デザインデータを自社管理したい組織にとって、後者の選択肢が用意されている点が大きな特徴です。
リポジトリの基本情報
GitHub リポジトリ penpot/penpot のメタデータは次の通りです。本記事で扱う数値は、執筆時点の取得値です。
項目 | 値 |
|---|---|
リポジトリ | penpot/penpot |
説明 | Penpot: The open-source design platform for Product teams that need scalable collaboration. |
主要言語 | Clojure |
ライセンス | MPL-2.0(Mozilla Public License 2.0) |
スター数 | 54,698 |
フォーク数 | 3,559 |
公開状態 | public(archived: false / fork: false / disabled: false) |
最終 push 日時 | 2026-06-30 |
リポジトリは現役で開発が継続されています。archived フラグは false で、フォークではなくオリジナルのプロジェクトです。最終 push 日時も執筆時点で直近のものとなっており、メンテナンスが活発であることが GitHub のメタデータから裏付けられます。
開発主体と公益性
Penpot は単独企業のクローズドな OSS ではなく、Digital Public Goods Alliance によって Verified Digital Public Good として認定されています。これは「持続可能な開発目標(SDGs)の達成に貢献するオープンソース」として登録された公益的なソフトウェアであることを意味します。MPL-2.0 という再利用可能なライセンス・公益認定・商業的バックアップ(Kaleidos 社)を併せ持つ構造は、長期的にプロジェクトが続く前提条件として参考になります。
Penpotの主な機能
Penpot は公式サイト上で機能カテゴリを「UI Design」「Design Systems」「Code」「AI Workflows」の 4 つに整理しています。それぞれを採用判断に効く粒度で見ていきます。
UIデザイン・プロトタイピング
Penpot は UI デザイン・ワイヤーフレーム・プロトタイピングに加え、レスポンシブレイアウトに CSS Grid と Flex Layout をネイティブ採用している点が特徴です。公式は「Penpot uses CSS Flex and Grid layouts」と説明しています(出典: Penpot 公式サイト)。ブラウザの実装と同じ仕組みでレイアウトを組むため、デザインから実装に渡す際の意味的なズレが小さくなります。
プロトタイピング機能も標準で備わっており、画面遷移やアニメーションを用いた検証を 1 つのプラットフォーム上で完結できます。
デザインシステムとネイティブDesign Tokens
Penpot 2.0 以降の大きな進化は ネイティブな Design Tokens 対応です。Token Studio のような外部プラグインに頼らず、Penpot 本体でデザイントークンを管理できます。公式ガイドのデザイントークンページでは、W3C の DTCG(Design Tokens Community Group)仕様に準拠した JSON でのインポート・エクスポートに対応していると説明されています。
サポートされるトークン種別は次の通りです。
- カラー
- タイポグラフィ
- 寸法・スペーシング
- ボーダー半径
- シャドウ
- 不透明度
- 回転
- ストローク幅
- 数値
トークンは参照(エイリアス。{token.name} 形式)と四則演算(abs / round / max / min など)にも対応しており、デザインシステム運用に必要な抽象化の機構が標準で揃っています。
開発者向け機能(Inspect・Webhook・API・プラグイン)
開発者の利用を想定した機能群も豊富です。
- Inspect タブ: 各要素から SVG / CSS / HTML をすぐに取り出せる
- Webhook: 操作イベントを外部システムに通知できる
- Open API: アクセストークンを発行して外部から Penpot のデータを読み書きできる
- プラグインシステム: 公式の Penpot Hub 経由でプラグインを導入できる
API・プラグインの詳細はIntegrations & API ページに整理されています。
AI連携とMCPサーバー
Penpot は MCP(Model Context Protocol)Server を OSS で提供しており、任意の LLM・AI エージェントを Penpot のコアに接続できる翻訳レイヤーとして位置づけています。公式の紹介ページでは、自然言語のリクエストを Penpot 上のアクションに変換し、ファイルの読み取り・要素の修正・新規構造の作成までを扱えると説明されています。対応クライアントとして OpenAI Codex / Cursor / Visual Studio Code / Claude が挙げられています(出典: Penpot MCP Server・MCP ドキュメント)。
特定のベンダーに縛られず「任意の AI エージェント・任意の LLM」をデザインプラットフォームと接続できる構造は、OSS ならではの設計といえます。
Figmaとの違い|採用判断の軸
Penpot の評価を社内で行う際、ほぼ確実に比較対象に挙がるのが Figma です。両者の差分を採用判断に効く 5 つの軸に絞って整理します。比較情報は Penpot 公式のPenpot vs Figmaを出典としています。
観点 | Penpot | Figma |
|---|---|---|
ライセンス | OSS(MPL-2.0) | プロプライエタリ |
セルフホスト | 可(Docker / Kubernetes 等) | 不可(SaaS 専用) |
料金モデル | 無料プランで主要機能・無制限ファイルが利用可。Enterprise は別プラン | per-seat 課金。プランによる機能差あり |
Dev Mode 相当 | Inspect タブで SVG / CSS / HTML を取得可能 | Inspect 機能あり(プランにより詳細差) |
採用標準 | SVG / CSS / HTML / JSON(オープン標準) | 独自のオブジェクトモデル |
ライセンスとデータ主権
最も大きな差分は ライセンスとデータの所在です。Penpot は MPL-2.0 のオープンソースで、ソースコードが公開されており、セルフホストすればデザインデータを自社インフラに保持できます。デザインデータを SaaS ベンダーのインフラに置けない要件(規制業種、機密性の高い PoC、社内ガバナンス上の制約)がある組織にとって、この差分は採用可否を分ける論点になります。
料金モデル
Figma が per-seat 課金を採用しているのに対し、Penpot のクラウド版は「無料プランで主要機能・無制限ファイル」を提供すると公式が訴求しています(出典: Penpot vs Figma)。シート単価で予算が膨らみがちな組織にとっては、TCO の試算が大きく変わる可能性があります。
設計データの表現
Figma が独自のオブジェクトモデルでデザインデータを管理するのに対し、Penpot は SVG / CSS / HTML / JSON といったオープン標準を採用形式として使います。ファイル形式そのものが Web 標準に近いため、エクスポート時の変換ロスが小さく、長期的なデータ可搬性も確保しやすい設計です。
セルフホストの選択肢と要件
セルフホストは Penpot を選ぶ最大の理由になりやすい論点です。公式のセルフホストガイドでは、複数のデプロイ手段が提示されています。
公式が示すデプロイ手段
公式ガイドが挙げる主な手段は次の通りです。
- Docker Compose: もっとも標準的な構成。
docker-compose.yamlを用いて起動する - Kubernetes: 公式 Helm Chart、OpenShift、Rancher などのオプションあり
- Elestio / TrueNAS: マネージドホスティングおよびホームサーバ向けのワンクリックインストール
ガイドでは「15-30 分でセルフホスト可能」と訴求されており、評価フェーズでは Docker Compose でまず起動し、本番運用では Kubernetes に移行するという段階的な検討が現実的です。
採用標準とデータ可搬性
セルフホスト環境を運用する上で重要なのが、データの可搬性です。Penpot は前述の通り SVG / CSS / HTML / JSON といったオープン標準を採用しているため、いざ別ツールへ移行する際もエクスポートデータの取り扱いに困りにくい構造になっています。これは「ベンダーロックインを避けたい」という採用動機と整合する設計です。
ライセンス(MPL-2.0)と商用利用の論点
Penpot のライセンスは Mozilla Public License 2.0(MPL-2.0)です。MPL-2.0 はファイル単位のコピーレフトで、改変したソースは MPL で再公開する義務がありますが、より大きな製品全体としては独自ライセンスとの併用も認められています。GPL ほど強い伝染性はなく、SaaS としての再配布も含めて社内利用・セルフホストでの商用利用には十分な柔軟性があります。社内法務に共有する際は、本ライセンス本文へのリンクをそのまま提示すると認識のすり合わせが速く進みます。
類似OSSとの棲み分け
Figma の代替候補として OSS を検討する場合、Penpot 以外にもいくつかの選択肢が議論に上がります。本記事ではドキュメントベースで確認できる類似リポジトリを 2 件比較し、Penpot が適する場面・適さない場面を明確にします。
Excalidrawとの差分(アイデアスケッチ・ホワイトボード用途)
Excalidraw は手書き風のホワイトボード・ワイヤーフレームに特化した OSS(MIT ライセンス)です。
観点 | Penpot | Excalidraw |
|---|---|---|
ライセンス | MPL-2.0 | MIT |
主用途 | プロダクト UI 設計・デザインシステム構築 | アイデアスケッチ・概念図・軽量ワイヤー |
デザインシステム | ネイティブ対応(コンポーネント・トークン) | 非対応 |
主要言語 | Clojure / ClojureScript | TypeScript / React |
Excalidraw は「思考をその場でスケッチする」用途に最適化されており、Penpot とはレイヤーが異なります。実務上は両者を併用するチームも多く、競合というより共存関係です。Penpot を選ぶべきは、コンポーネント・デザイントークンを用いたプロダクト UI の本格運用が目的の場合です。
Pencilとの差分(デスクトップ・単一ユーザー)
Pencil(evolus/pencil) は Electron 製のデスクトップアプリで、GPL-2.0 で配布されている GUI モックアップツールです。
観点 | Penpot | Pencil |
|---|---|---|
ライセンス | MPL-2.0 | GPL-2.0 |
形態 | Web ベース(ブラウザ)+セルフホスト | Electron 製デスクトップアプリ |
コラボレーション | リアルタイム同時編集 | 単一ユーザー前提 |
AI / MCP 連携 | あり(MCP Server) | なし |
Pencil はチーム共同編集や Web ベースの運用には不向きで、個人がローカルで GUI モックを作る用途には引き続き有効です。チームでデザインデータを共有・コラボレーションする要件があるなら、Penpot のほうが適しています。
メンテナンス健全性と採用前の確認ポイント
OSS の採用判断では「数年後もメンテナンスされ続けるか」が最大のリスク要因です。Penpot については、GitHub と公式情報の組み合わせで以下の観点から健全性を確認できます。
- スター数 54,698・フォーク数 3,559: 規模感は十分。フォーク数からコミュニティの関心の高さもうかがえる
- 最終 push 日時: 直近で更新されており、開発が継続している
- archived: false / fork: false: 本家プロジェクトであり、アーカイブされていない
- 商業的バックアップ: Kaleidos 社による継続的な開発・運営
- 公益認定: Digital Public Goods 認定により公益的な OSS として位置づけられている
公開リポジトリの状態はpenpot/penpot リポジトリから随時確認できます。社内でのトラッキング指標としては、スター数・直近 push 日時・open Issue 数を四半期ごとにレビューするのが現実的です。
採用前に社内で議論しておきたい論点は次の通りです。
- データガバナンス: SaaS 版を使うか、セルフホストにするか。後者の場合、運用責任の所在
- バックアップ戦略: セルフホスト時のデータバックアップ・リストア手順
- アップグレード戦略: マイナーバージョン・メジャーバージョンのアップグレード頻度
- プラグイン依存: 業務フローが特定プラグインに依存する場合の代替検討
これらは Penpot 固有の論点というより、OSS デザインプラットフォームを自社運用する際の一般的な検討項目です。あらかじめ整理しておくと、PoC 後の本番運用判断がスムーズになります。
まとめ|Penpotが適するチームと次の一歩
Penpot は次のような特性を持つ OSS デザインプラットフォームです。
- MPL-2.0 ライセンスでソース公開・セルフホスト対応
- Verified Digital Public Good 認定・Kaleidos による商業バックアップ
- CSS Grid / Flex Layout のネイティブ採用、W3C DTCG 準拠のネイティブ Design Tokens
- Inspect タブで SVG / CSS / HTML を取得可能(Figma の Dev Mode に相当する情報を無料で取得)
- 任意の LLM を接続できる MCP Server を OSS で提供
- スター数 54,698、最終 push 日時は直近、archived=false / fork=false
これらを踏まえると、Penpot が特に適するのは次のようなチームです。
- デザインデータを自社管理したいエンタープライズ・規制業種: セルフホストとオープンソースの組み合わせがデータガバナンス要件と整合する
- ベンダーロックインを避けたい組織: SVG / CSS / HTML / JSON のオープン標準採用により、ツール変更時の移行コストを低く抑えやすい
- デザインシステム運用が成熟しているチーム: ネイティブな Design Tokens 機能で、外部プラグインに頼らずに DTCG 準拠のトークン管理が可能
逆に、次のようなケースでは Penpot 以外の選択肢も並行検討する価値があります。
- アイデアスケッチや軽量ワイヤーフレームが中心 → Excalidraw のほうが軽快
- 個人がローカルで GUI モックを作るだけ → Pencil で十分
次の一歩としては、公式 SaaS(design.penpot.app)で UI 操作とデザインシステム機能の感触を確認した上で、社内 PoC でセルフホストの構築手順・運用負荷を評価する流れが現実的です。一次情報での評価を済ませた今、PoC のスコープ設計と社内検討資料の作成にスムーズに着手できるはずです。



