「Slack は便利だが、機密性の高いやり取りを社外の SaaS に預けるのは避けたい」——社内チャット基盤の選定を任されたエンジニアの多くが、まずこの壁に突き当たります。セルフホスト可能なオープンソースのチャットツールを探し始めると、Mattermost、Rocket.Chat、Zulip など候補が複数見つかり、今度は「結局どれを選べばいいのか」で手が止まってしまうのではないでしょうか。
候補ツールの公式サイトはどれも自社製品の魅力を中心に語るため、横並びで比較しようとすると判断材料が散らばってしまいます。さらに、オープンソースを採用する以上は「このプロジェクトはきちんとメンテナンスされ続けているのか」「数年後に開発が止まらないか」という持続性の不安も無視できません。
この記事では、Slack 代替として広く名前が挙がる Mattermost に焦点を当て、初めて検討するエンジニアが「採用候補に残すか外すか」を判断できるよう、ドキュメントベースで整理します。具体的には、Mattermost がどんなツールか、どんな技術で動いているか、どんな機能を備えるか、Rocket.Chat や Slack とどう違うか、そしてライセンスとメンテナンスの健全性をどう確認すればよいかを順に解説します。
なお本記事は、Mattermost の公式リポジトリ・公式ドキュメント・公式サイトの記載に基づいて整理したものであり、実際にインストールして動作検証した内容ではありません。導入の前には必ず後述の公式デプロイガイドで最新情報を確認してください。
Mattermostとは|セルフホスト型OSSチャット基盤の概要
一言でいうと「Slack 代替のセルフホスト型 OSS」
Mattermost は、自社のサーバー上で運用できる(セルフホスト型の)オープンソースのコラボレーション基盤です。公式サイトでは「open core, self-hosted collaboration platform」と説明されており、チャット、ワークフロー自動化、音声通話、画面共有、AI 連携といった機能を提供します(Mattermost 公式サイト)。Slack に似た UI を持ちつつ、データを自社の管理下に置ける点が最大の特徴です。
「セルフホスト型」とは、ベンダーのクラウド(SaaS)に依存せず、自社が用意したサーバーやプライベートクラウドにソフトウェアを設置して運用する形態を指します。Slack のようにデータが事業者側のクラウドに保存されるのではなく、Mattermost ではメッセージや添付ファイルを自社の管理下に保持できます。機微情報を社外に出せない組織にとって、この「データ主権」を確保できる点が採用の主な動機になります。
GitHub の公式リポジトリ mattermost/mattermost の説明文でも、Mattermost は「ソフトウェア開発ライフサイクル全体にわたるセキュアなコラボレーションのためのオープンソースプラットフォーム」と位置づけられています。単なる雑談用チャットではなく、開発・運用チームの業務基盤として設計されている点が、後述の機能構成にも表れています。
リポジトリの基本情報と活発度の読み方
採用検討の第一歩として、GitHub 上の基本情報を確認しておきましょう。本記事執筆時点での公式リポジトリ mattermost/mattermost の主要な数値は以下の通りです。
項目 | 値 |
|---|---|
スター数 | 38,004 |
フォーク数 | 8,749 |
GitHub 上の主要言語 | TypeScript |
ライセンス表記 | NOASSERTION(後述) |
公開状態 | public(アーカイブ・フォークいずれにも該当しない) |
最終 push | 2026-06-17 |
スター数 38,004、フォーク数 8,749 という規模は、OSS チャットツールとしては大きな支持を集めていることを示します。さらに最終 push が直近であり、リポジトリは現役で開発が継続されています。アーカイブ(開発停止)状態ではなく、他リポジトリのフォーク(派生)でもない本家のプロジェクトであるため、メンテナンスの継続性という観点では安心して評価対象に含められます。活発度の具体的な読み方は、本記事後半の「ライセンスとメンテナンス状況の確認ポイント」で改めて整理します。
なお GitHub が判定する主要言語は TypeScript と表示されますが、これはフロントエンドのコード量が多いことを反映したものです。リポジトリ自身の説明によれば、Mattermost はサーバーを Go、フロントエンドを React で記述しており(GitHub: mattermost/mattermost README)、言語表記とアーキテクチャ上の役割分担は分けて理解しておくとよいでしょう。
Mattermostの仕組みとアーキテクチャ
技術スタックと動作要件(Go / React / PostgreSQL / 単一バイナリ)
Mattermost のアーキテクチャは、README に簡潔にまとめられています。
This repo is the primary source for core development on the Mattermost platform; it's written in Go and React, runs as a single Linux binary, and relies on PostgreSQL.
ここから読み取れる要点は次の通りです。サーバーは Go、フロントエンドは React で書かれており、サーバーは単一の Linux バイナリとして動作します。そしてデータベースには PostgreSQL を必要とします。
採用判断の観点では、この「PostgreSQL に依存する」という点が重要です。自組織で PostgreSQL を用意・運用できるか(あるいはマネージドの PostgreSQL サービスを利用できるか)が、運用負荷を見積もるうえでの前提条件になります。サーバーが単一バイナリで動く設計は、デプロイや更新の手順がシンプルになりやすく、Linux サーバーの基礎運用ができるチームであれば扱いやすい構成といえます。
デプロイ手段の選択肢
Mattermost は複数のデプロイ手段を公式にサポートしています。README の「Install Mattermost」セクションでは、以下の方法が案内されています(GitHub: mattermost/mattermost README)。
- Docker
- Mattermost Omnibus(依存込みのオールインワン配布)
- tar アーカイブ
- Ubuntu 20.04 LTS
- Kubernetes / Helm
- Debian
- RHEL 8
加えて公式ドキュメントでは、self-hosted(オンプレミス)に加え、クラウド形態での利用もサポートされています。デプロイや構成の正確な手順・要件は一次情報である公式デプロイガイド(Mattermost ドキュメント)で確認してください。
実務上は、まず Docker や Mattermost Omnibus で小さく検証し、本番では Kubernetes に載せるといった段階的な選択肢が用意されている、と理解しておくとよいでしょう。Docker や Kubernetes の運用経験があるチームであれば、デプロイ手段の選択肢が広い点はプラスに働きます。
クライアントと拡張・連携
Mattermost は Web インターフェースに加え、Android / iOS / Windows / macOS / Linux 向けのネイティブアプリを提供しています。サーバーとクライアントはいずれもオープンソースとして公開されています。
拡張性の面では、開発者向けに API・Webhook・スラッシュコマンド・Apps・プラグインといったインテグレーション手段が用意されています。README では、これらを通じてコードのコントリビュートや独自インテグレーションの構築ができると案内されています(開発者ドキュメント(Mattermost))。公式ドキュメントによれば、Microsoft Teams・GitLab・GitHub・Jira・ServiceNow・Zoom などの外部サービスとの連携もサポートされており、既存の開発・運用ツールチェーンに組み込みやすい設計になっています。
「社内チャットとして使うだけ」なのか「開発・運用ワークフローのハブとして使う」のかによって、これらの拡張機能の重要度は変わります。後者の用途を見込むなら、API やプラグインの整備状況は採用判断の大きな加点要素になります。
Mattermostの主要機能とユースケース
コラボレーション機能(チャット・通話・画面共有)
Mattermost の基本は、チャンネルベースのメッセージングです。公式サイトおよびドキュメントによれば、1 対 1・グループでのメッセージングに加え、音声通話や画面共有といったリアルタイムのコラボレーション機能を備えています(Mattermost 公式サイト)。Slack を使った経験があるユーザーであれば、チャンネルやダイレクトメッセージといった基本概念はほぼそのまま理解できます。
公式サイトでは、これらに加えてファイル共有、メッセージ検索、属性ベースアクセス制御(ABAC)といったセキュリティ機能、Microsoft Teams との相互運用なども挙げられています。社内チャット基盤として最低限求められる機能は一通り揃っていると考えてよいでしょう。
ワークフロー自動化・Playbook・タスク管理
Mattermost が単なるチャットツールと一線を画すのが、ワークフロー自動化と Playbook の機能です。公式ドキュメントによれば、定型的な対応手順を Playbook として定義し、進行状況を追跡できるほか、Kanban ボードによるプロジェクト・タスク管理機能も備えています(Mattermost 公式ドキュメント)。
これらは、インシデント対応やプロジェクト管理といった「会話だけでは完結しない業務」をチャット基盤の上で回すための機能です。チャットと業務プロセスを同じプラットフォームに集約したい組織にとっては、Slack に外部ツールを多数連携させる構成よりもシンプルにまとめられる可能性があります。
想定ユースケース(DevSecOps / インシデント対応 / サービスデスク)
README では、Mattermost の代表的なユースケースとして次の 3 つが明示されています(GitHub: mattermost/mattermost README)。
- DevSecOps
- Incident Resolution(インシデント対応)
- IT Service Desk(IT サービスデスク)
いずれも、開発・運用・セキュリティに関わるチームが、機密性を保ちながら定型業務を回す場面を想定したものです。公式サイトでは、運用主権(データ主権)を重視する政府機関・防衛・重要インフラといった領域での採用例も前面に打ち出されています。
この公式ポジショニングは、Mattermost が「カジュアルな社内チャット」よりも「ミッションクリティカルな業務基盤」に軸足を置いていることを示しています。自社の用途が社内コミュニケーション中心なのか、それとも開発・運用ワークフローまで含むのかによって、Mattermost の機能群が過不足なく見合うかどうかが変わってきます。
Rocket.ChatやSlackとの違いと選定の判断軸
裏テーマである「類似ツールとどう違うか」に踏み込みます。ここでは代表的な比較対象として、同じセルフホスト型 OSS の Rocket.Chat と、代替元である SaaS の Slack を取り上げます。
Rocket.Chat との違い
Rocket.Chat は「究極のオープンソース Web チャットプラットフォーム」を掲げる、Mattermost と並ぶセルフホスト型 OSS です。Slack 風 UI を持つ点は共通しますが、いくつかの明確な違いがあります。
- データベース: Mattermost は PostgreSQL に依存するのに対し、Rocket.Chat は MongoDB を採用しています。自社で運用しやすいデータベースがどちらかは、運用負荷を左右する判断軸になります。
- ビデオ・LDAP 連携: Rocket.Chat は無料の Community プランでもビデオチャットや LDAP 連携を利用しやすいとされています。一方 Mattermost は音声・画面共有が中心で、LDAP/SSO などの高度な認証連携は有償エディション側に寄る傾向があります。
- 業務ワークフロー特化: Mattermost は DevSecOps やインシデント対応(Playbook)といった開発・運用ワークフロー向けの機能群が手厚い点が強みです。
これらの差分は、さくらのナレッジや ITreview の比較記事でも整理されています(さくらのナレッジ: Rocket.Chat / Mattermost を使ってみよう)。
Slack との違い
Slack は、Mattermost が代替を掲げる対象そのものです。最大の違いは提供形態にあります。
- 提供形態: Slack はソース非公開の SaaS のみで、セルフホストはできません。データは事業者側のクラウドに保存されます。一方 Mattermost はオンプレミスや閉域(エアギャップ)環境にも設置でき、データを自社の管理下に置けます。
- データ主権: 機微情報を社外に出せない組織にとって、この差は決定的です。Slack の手軽さと引き換えに失われる「データの管理権」を、Mattermost は取り戻せます。
- 導入・運用コスト: Slack は導入が容易で初期コストが低い反面、サーバー運用は不要です。Mattermost はセルフホストのためサーバー・DB の運用負荷が発生しますが、データ主権と引き換えと考えれば妥当なトレードオフです。なお Mattermost は Slack 互換の Webhook を一部提供し、Slack からの移行を意識した設計になっています(NRI aslead: Mattermostとは?特徴やSlackとの違いを解説)。
比較表と「どんな組織に向くか」
ここまでの違いを横並びで整理すると次のようになります。
観点 | Mattermost | Rocket.Chat | Slack |
|---|---|---|---|
提供形態 | セルフホスト型 OSS(クラウドも有) | セルフホスト型 OSS(クラウドも有) | SaaS のみ |
データ主権 | 確保できる | 確保できる | 事業者管理 |
データベース | PostgreSQL | MongoDB | (非公開) |
無償でのビデオ/LDAP | 構成・エディションによる | 無償で利用しやすい | プランによる |
業務ワークフロー | DevSecOps/Playbook が手厚い | 標準的 | 外部連携で補う |
導入の手軽さ | サーバー運用が必要 | サーバー運用が必要 | 最も手軽 |
なお、スレッド(トピック)中心の設計を採る Zulip も OSS チャットの選択肢の一つですが、チャンネル中心の Mattermost とは設計思想が異なります。会話の整理方法を重視する場合は別途検討するとよいでしょう。
整理すると、Mattermost が向くのは「機微情報を自社管理下に置きたい」「PostgreSQL・Docker の運用ができる」「開発・運用ワークフローまでチャット基盤に集約したい」組織です。逆に「とにかく手軽に始めたい」「無償でビデオや LDAP を使いたい」のであれば、Slack や Rocket.Chat も比較対象として残す価値があります。
ライセンスとメンテナンス状況の確認ポイント
ライセンスの実態(NOASSERTION と MIT、open core)
採用判断で見落としやすいのがライセンスです。GitHub の API 上、mattermost/mattermost のライセンス表記は NOASSERTION となっており、標準的な SPDX 識別子(MIT、Apache-2.0 など単一のライセンス名)には解決されません。
一方で、README には次のように明記されています。
A new compiled version is released under an MIT license every month on the 16th.
つまり、毎月 16 日に MIT ライセンスでコンパイル版が公開される、と README 自身がうたっています。GitHub 上の表記(NOASSERTION)と README の記載(MIT)が一見矛盾して見えるのは、Mattermost が open core モデルを採っているためと考えられます(この点は公式の明示記載に基づく断定ではなく、open core 構成からの推測です)。リポジトリ内にコア部分のライセンスとエンタープライズ部分のライセンスが混在していると、GitHub の自動判定が単一の SPDX 識別子に解決できず NOASSERTION と表示される、という事情がうかがえます。
実務では、ライセンスの正確な範囲を README の一文だけで判断せず、必ず公式の LICENSE ファイルを確認してください(LICENSE.txt(mattermost/mattermost))。どの範囲が MIT で、どの範囲がエンタープライズ向けのソースアベイラブルなライセンスなのかを、自組織の利用形態に照らして確認することが重要です。
エディション差(Team / Enterprise)と確認すべき点
Mattermost には Team Edition と Enterprise Edition があります。公式ドキュメントによれば、Enterprise Edition では高度な権限管理、コンプライアンス監視、リーガルホールド、データ保持ポリシー、属性ベースアクセス制御といった機能が提供されます(Mattermost 公式ドキュメント)。
採用判断にあたっては、自組織が必要とする機能(特に SSO/LDAP やコンプライアンス系)が無償の Team Edition に含まれるのか、それとも有償の Enterprise Edition が前提になるのかを切り分けて確認しておく必要があります。無償で始められると思っていた機能が有償だった、という見込み違いを避けるためです。
メンテナンス健全性の読み方(活発度・リリースサイクル)
OSS を採用する以上、「プロジェクトが今後も継続されるか」は無視できません。Mattermost については、次の点からメンテナンスの健全性を読み取れます。
- 支持の規模: スター数 38,004、フォーク数 8,749 と、コミュニティの支持が厚い。
- 開発の継続: 最終 push が 2026-06-17 と直近であり、アーカイブ(開発停止)状態ではない。本家のリポジトリであり、他プロジェクトのフォークでもない。
- リリースサイクル: 毎月 16 日にコンパイル版が公開されるという定期的なリリース体制が README で明示されている。
定期的なリリースサイクルが明文化されている OSS は、突発的に更新が止まるリスクが相対的に低いと判断しやすい材料です。これらの一次情報は GitHub のリポジトリページや開発者ドキュメント(Mattermost)で随時更新されるため、採用判断の直前に最新の数値を確認することをおすすめします。
まとめ|Mattermostを採用候補に残すかの判断
ここまでの内容を、採用判断のチェックリストとして整理します。
Mattermost が有力な候補になるのは、次の条件に当てはまる組織です。
- 機微情報を外部 SaaS に出せず、データを自社管理下に置きたい(データ主権を重視する)
- PostgreSQL・Docker・Linux サーバーの運用ができる体制がある
- 社内チャットにとどまらず、DevSecOps やインシデント対応などの業務ワークフローまでチャット基盤に集約したい
一方、次のような場合は Slack や Rocket.Chat も比較対象として残すのが妥当です。
- とにかく導入・運用の手間を最小化したい(サーバー運用を避けたい)→ Slack
- 無償でビデオチャットや LDAP 連携を使いたい → Rocket.Chat
ライセンスについては、GitHub 上は NOASSERTION 表記ですが、README ではコア部分が MIT で毎月公開されると明記されています。実際の利用範囲がどのライセンスに該当するかは、必ず公式の LICENSE ファイルとエディション差を確認してください。メンテナンス面では、スター数・フォーク数・直近の push・毎月の定期リリースのいずれも健全で、開発が止まる兆候は見当たりません。
採用候補に残すと判断したら、次の一歩は実際のデプロイ要件の確認です。Mattermost 公式ドキュメントのデプロイガイドで、自組織のインフラに合わせた構成(Docker / Kubernetes / Omnibus など)と動作要件を確認し、小規模な検証環境から評価を始めるとよいでしょう。本記事はドキュメントベースでの整理であり、最終的な判断は必ず最新の一次情報に基づいて行ってください。

