GitHub で「中国 教科書 PDF」を探すと、真っ先に候補に挙がるのが TapXWorld/ChinaTextbook です。80,000 を超えるスターと 18,000 を超えるフォークを抱える巨大リポジトリでありながら、日本語圏での紹介記事はまだ少なく、「これは何をするリポジトリなのか」「自分のプロダクトに採用してよいものか」を短時間で判断しにくい状況が続いています。
特に、中国語圏市場向けの教育プロダクトや LLM/RAG 検証を担当するエンジニアにとっては、教材コーパスの一次資料として魅力的に見える一方で、ライセンス表記が見当たらない・PDF が細かく分割されている・類似ツール(tchMaterial-parser 等)との違いが分かりにくい、といった悩みが同時に立ち上がります。
本記事では、公式リポジトリと README・GitHub API から取得できる事実のみを根拠に、ChinaTextbook の全体像・類似 OSS との違い・ライセンス上の注意点・想定ユースケースを、初見の日本人エンジニアが採用判断に使える形で整理します。動作検証や実インストールは行わず、ドキュメントベースで一次情報を突き合わせる構成としています。
読み終えた頃には、自社プロダクトに ChinaTextbook を組み込むべきか、あるいは類似ツールで代替すべきかを、社内で説明可能なレベルまで整理できるはずです。
ChinaTextbookとは|中国全学年の教科書を集約したOSS
ChinaTextbook は、中国国内の小学・中学(初中)・高校(高中)・大学で使われている教科書 PDF を集約した、コミュニティ主導のオープンソースリポジトリです。リポジトリ本体は TapXWorld/ChinaTextbook(GitHub) で公開されており、README・ディレクトリ構造・分割 PDF がひとつのリポジトリに同居しています。
まずは「何のためのリポジトリか」「どの程度メンテナンスされているか」の 2 点を、公式情報と GitHub API から取得できるメタデータで確認していきます。
プロジェクトの由来と目的
README(TapXWorld/ChinaTextbook README)によれば、本リポジトリは以下 2 つの背景から生まれています。
- 中国国内の教育系サイトで無料公開されている教材にアクセスしづらいこと、および有料の透かし(ウォーターマーク)付きで転売する業者が存在することへの対抗策として、教材そのものを集約・オープン化する
- 海外で暮らす華人が、自分の子どもに中国国内カリキュラムの学習を継続させたいというニーズに応える
つまり、本リポジトリの目的は「新規に教材を執筆する」ことではなく、「既に公的な形で流通している教材の PDF を集めて、GitHub というグローバルにアクセス可能なプラットフォームに置く」ことにあります。この位置づけは、後述する類似 OSS との違いを理解する上での前提になります。
数字で見るリポジトリ(Star・Fork・最終更新日)
GitHub API(gh api /repos/TapXWorld/ChinaTextbook)から取得したメタデータは、記事執筆時点で以下の通りです。
項目 | 値 |
|---|---|
Stars | 80,627 |
Forks | 18,311 |
主要言語(GitHub Linguist) | Roff |
ライセンス | 未設定( |
可視性 | public |
archived | false |
fork | false |
最終プッシュ日時 | 2025-10-18T13:39:24Z |
archived=false かつ fork=false である点は、記事執筆時点でも本家リポジトリとしてアクティブに更新されている状態を示します。最終プッシュも 2025 年 10 月中旬と比較的最近で、初見のエンジニアが「もう放置されているのでは」と警戒する必要はありません。
なお、主要言語が Roff と表示される点には注意が必要です。GitHub Linguist は主要ファイルタイプから言語を推定しますが、本リポジトリは中身の大半が PDF ファイルであり、実際に「Roff で書かれたコード」が主軸というわけではありません。少数の組版マクロファイル、または PDF 内メタデータの解析結果に起因する分類上の表示と捉えるのが自然です。
リポジトリの中身|ディレクトリ構造と収録教材
「自分の用途に合った教材が含まれているか」を判断するには、README の説明と、リポジトリ直下のディレクトリ構造の両方を見るのが早道です。ここでは 2 つの学制と収録科目の全体像を確認します。
6・3 学制と五・四学制の 2 系統
GitHub 上でリポジトリのトップを開くと、以下のようなトップレベルディレクトリが並びます(gh api /repos/TapXWorld/ChinaTextbook/contents/ の結果を整理)。
ディレクトリ | 用途 |
|---|---|
| 小学校(6・3 学制) |
| 小学校(五・四学制、6 年小学 + 3 年中学の変則学制における 5 年小学に相当) |
| 中学校(7〜9 年生・6・3 学制) |
| 中学校(五・四学制) |
| 高校 |
| 大学教材 |
| 数学演習問題集 |
日本の学校教育制度では小学 6 年・中学 3 年・高校 3 年の「6・3・3 学制」が全国一律ですが、中国の一部地域では「五・四学制」(小学 5 年 + 中学 4 年)が採用されており、教科書もそれに合わせて別体系で編纂されています。ChinaTextbook はこの 2 系統を並列に収録しているため、対象地域や学齢に応じて使い分けやすい構造になっています。
収録科目・版本(人教版・A 版)と大学教材
README では、収録教材の中心が数学であることが明示されています。主な内訳は以下の通りです。
- 小学: 数学(人民教育出版社版・人教版)
- 初中: 数学(人教版)
- 高中: 数学(人教 A 版)
- 大学: 高等数学(同済大学 第 7 版)、線性代数、離散数学、概率論
「人教版」は中国教育部の主要教科書出版社である人民教育出版社の版を指し、「人教 A 版」は高校数学で複数存在する版のうち A 版(理系寄りの標準版)を意味します。大学教材については、中国の理工系大学で広く採用されている同済大学『高等数学』第 7 版などがそのまま同梱されています。
README の中心は数学ですが、リポジトリのディレクトリを開くと他科目のフォルダも存在します。数学以外の科目については収録状況が学年ごとに異なるため、実際に必要な科目・学年がある場合は、GitHub の Web UI 上で目的のディレクトリを直接開き、ファイル数と版本を確認するのが確実です。
巨大PDFを扱う工夫|35MB分割とmergePDFsツール
初見のエンジニアがまず戸惑うのが、.pdf.1 や .pdf.2 のような拡張子です。これはリポジトリの運用上の工夫であり、GitHub 側の制約に対する回避策として設計されています。
GitHub は、単一ファイルが 100MB を超える push を拒否し、50MB を超える場合には警告を表示します。教科書 PDF は 1 冊で 50MB を超えるものも珍しくないため、本リポジトリでは 50MB を超える PDF を 35MB ごとに分割し、.pdf.1, .pdf.2 ... という連番拡張子で格納する運用を採っています(TapXWorld/ChinaTextbook README)。
分割ファイルを 1 つの PDF に戻すためのツールは、同一 owner による補完リポジトリ TapXWorld/ChinaTextbook-tools(GitHub) で提供されています。README では、Go 製の mergePDFs バイナリを利用して分割ファイルを結合する方法が案内されています。
本記事はドキュメントベースの整理を目的としているため、mergePDFs の実行結果や動作スクリーンショットは掲載しません。実際にファイルを結合して利用する場合は、公式リポジトリの README に記載された手順をそのまま参照してください。
類似OSSとの比較|tchMaterial-parser・nndl・medical-booksとの違い
裏テーマの中核は「類似リポジトリとどう違うか」です。ここでは中国語圏の教材系 OSS として頻繁に並び称される 3 プロジェクトを取り上げ、ChinaTextbook との差分を整理します。
比較の全体像は次の通りです。
# | リポジトリ | 配布方式 | ライセンス | ChinaTextbook との違い |
|---|---|---|---|---|
A | 動的ダウンロードスクリプト(Python) | MIT | 公式プラットフォームから都度ダウンロード。ChinaTextbook は既存 PDF の静的集約 | |
B | 単一書籍 PDF の公開 | 未設定 | 単一著者・単一書籍。ChinaTextbook は多学年・多科目の集約 | |
C | LaTeX ソース公開 | 未設定 | LaTeX からゼロ執筆したオリジナル書籍。ChinaTextbook は既発行教材のアーカイブ |
以下、特に混同されやすい tchMaterial-parser との違いを中心に、それぞれの選定基準を整理します。
tchMaterial-parser との違い(配布方式・ライセンス・利用シーン)
tchMaterial-parser は、中国教育部が運営する「国家中小学智慧教育平台」から電子教科書 PDF を都度ダウンロードするための Python 製ツールです。方式としては動的ダウンロードスクリプトであり、リポジトリ自体には教材の PDF そのものは含まれていません。ライセンスは MIT が明示されており、コードの再利用・改変・商用利用の判断がしやすい点も特徴です。
一方の ChinaTextbook は、既に手元に集約された PDF を GitHub 上で静的に配布するアーカイブ型です。動的取得のような「常に最新版」という性質はありませんが、公式プラットフォームに継続的にアクセスできない環境(例: 中国国外からのアクセス)でも、GitHub さえ利用できれば教材を取得できる利点があります。README でも、中国国内からのアクセスがあるユーザーには tchMaterial-parser を推奨し、海外からのアクセスユーザー向けには本リポジトリの clone を推奨する、と使い分けが明記されています。
利用シーンで整理すると、以下のような棲み分けが自然です。
- 最新版の教材を必要とし、中国国内ネットワークからアクセスできる: tchMaterial-parser
- オフライン環境や海外ネットワークから教材群にアクセスしたい: ChinaTextbook
- プロダクトにコードとして組み込み、ライセンスを明確にしたい: tchMaterial-parser(MIT)を優先し、教材データ自体の権利は別途整理
単著型 OSS 教材(nndl)・執筆型 OSS 教材(medical-books)との違い
nndl(邱錫鵬『神経ネットワークと深層学習』蒲公英書)は、単一著者による単一書籍の PDF を GitHub 上で公開しているタイプの OSS 教材です。ChinaTextbook のような集約型リポジトリではなく、書籍 1 冊を配布する専門書公開型と捉えるのが正確です。特定分野を深く学ぶための一次資料としては nndl が適していますが、「初中〜大学までを俯瞰的にカバーしたコーパス」を求める用途では ChinaTextbook が候補になります。
medical-books は、中国語の医学書籍を LaTeX からオープンソースで執筆する取り組みです。既発行教材のアーカイブではなく、コミュニティによる新規執筆型 OSS 教材である点が ChinaTextbook との根本的な違いです。教材コンテンツを再配布・改変・派生利用したいユースケースでは、LaTeX ソースが公開されている medical-books の方が扱いやすい場面があります。
なお、本記事では類似リポジトリを 3 件挙げましたが、いずれも「中国語圏の教材・書籍を GitHub 上に置く」という共通点を持ちつつ、配布形態・執筆有無・ライセンス方針が大きく異なります。用途に応じて複数リポジトリを組み合わせる判断が現実的です。
ライセンス未設定の注意点|再配布・商用・LLM学習利用のリスク
初見のエンジニアが最も見落としやすく、かつ後戻りしにくい論点がライセンスです。ChinaTextbook はメタデータ上 license=null、すなわちリポジトリ・README・LICENSE ファイルのいずれにもライセンス表記が存在しない状態です。
GitHub の公式ドキュメント Licensing a repository(GitHub Docs) では、パブリックリポジトリでもライセンスが明示されていない場合、閲覧・フォークは GitHub の利用規約上許諾されるものの、それ以外の再配布・改変・商用利用等の権利は原著作権者に留保される、と説明されています。
さらに ChinaTextbook 固有の事情として、収録されている教科書 PDF はリポジトリ管理者が新規に執筆したものではなく、人民教育出版社をはじめとする中国の教科書出版社が発行した既存教材です。したがって権利関係は次のように多層化しています。
- リポジトリのライセンス: 未設定(フォーク・閲覧・実行のみ許諾、それ以外の権利は原著作権者に留保)
- 教科書 PDF そのものの著作権: 各出版社(人民教育出版社等)に帰属
- リポジトリ管理者が独自に付加した README・ディレクトリ構成: 管理者に帰属(ただし明示ライセンスなし)
この構造を踏まえると、次のような用途では利用前に法務・出版社側の確認が推奨されます。
- 教材 PDF を LLM の学習データセットに組み込む
- 自社の教育プロダクトに教材コンテンツを再配布・組み込みする
- 商用サービスの一部として教材へのアクセスを提供する
一方、次のような用途はリポジトリの範囲内で完結する可能性が高く、リスクが比較的低い領域です。
- 個人的な学習・調査目的でリポジトリをフォーク・閲覧する
- ディレクトリ構成や運用パターン(35MB 分割 + 合併ツール)を、自プロジェクトの設計参考として学ぶ
いずれの場合も、最終判断は自社の法務・コンプライアンス部門と、対象コンテンツの原著作権者側のスタンスを踏まえて行う必要があります。「オープンソース = 何でも自由に使える」ではない点が、本リポジトリの最重要な注意点です。
想定されるユースケース|日本のエンジニアがどう活かせるか
前節のライセンス上の留意点を踏まえた上で、日本のエンジニアが本リポジトリを参照する際の想定シナリオを整理します。ここで示すのはあくまで検討仮説であり、実際の採用時は用途ごとに権利関係の確認が必要です。
- 中国語圏市場向け教育プロダクトの一次資料: 中国の学制・教科書構成・科目構成を俯瞰する資料として活用します。カリキュラム設計・UI 上の科目分類・学齢マッピング等の企画段階での参照に向いています
- LLM/RAG 検証時の中国語コーパス候補: 中国の初等〜高等教育の全域をカバーする一次教材は稀少なため、技術検証段階のコーパス候補として検討できます。ただし、学習データや商用プロダクトに実際に組み込む際は、必ずライセンス未設定の注意点(前節)を踏まえた法務確認が前提となります
- 教育系サービスの参照事例: 中国の教育コンテンツをオープンに集約する取り組みとして、教育開放運動(OER: Open Educational Resources)の文脈で参照できます。日本国内で教材データを公開する際の運用パターンの比較対象として位置づけられます
- 大容量アセット配布の実装パターン参考: GitHub の 100MB / 50MB 制限に対する 35MB 分割 + 別リポジトリのマージツール配布という運用は、大容量アセットを Git リポジトリで扱う際の設計パターンとして参考になります
これらのユースケースは、いずれも「本リポジトリの内容を直接プロダクトに投入する」よりも、「一次資料や設計パターンとして参照し、自社サービスの企画・検証を効率化する」方向性に寄っています。ライセンス未設定という前提を踏まえると、まずは参照用途からスタートし、必要に応じて法務・原著作権者と個別に協議していくのが現実的な進め方です。
まとめ|ChinaTextbookが選ばれる理由と採用判断のチェックリスト
ChinaTextbook が中国語圏教材の集約 OSS として選ばれ続けているのは、次の 4 点に集約できます。
- 小学から大学までの教材を単一リポジトリで俯瞰できる(初中〜大学の数学を中心に、6・3 学制と五・四学制の両系統を収録)
- 80,627 スター・18,311 フォーク・2025 年 10 月時点で更新継続中という規模とアクティビティを兼ね備えている(
archived=false/fork=false) - GitHub の 100MB 制限への現実的な回避策(35MB 分割 +
mergePDFsバイナリ)を、同一 owner の補完リポジトリと組み合わせて提示している - 中国国内ネットワークに依存せず教材にアクセスできる(tchMaterial-parser など動的ダウンロード型と補完関係にある)
一方で、採用可否を判断する際には、次のチェックリストを社内で共有しておくと後戻りを防げます。
- 用途: リポジトリの内容を「参照」するのか、「プロダクトに組み込む」のか、「LLM 学習データにする」のかを明確にする
- ライセンス許容度: 本リポジトリはライセンス未設定であり、教材コンテンツの著作権は各出版社に帰属する。プロダクト組み込み・商用利用・データセット化を伴う場合は、法務および原著作権者との個別確認が前提となる
- 学制の一致: 対象ユーザーの地域(6・3 学制 or 五・四学制)とリポジトリ内ディレクトリの構造が一致しているかを確認する
- 最新版の必要性: 最新版の教材が必須である場合は、静的集約型の本リポジトリではなく、動的ダウンロード型の tchMaterial-parser の併用・切り替えを検討する
この 4 項目を最初のレビュー観点として設定しておけば、初見の段階で「採用すべきか」「代替 OSS を選ぶべきか」「そもそも自社リソースで教材を確保すべきか」の分岐を短時間で見極められます。ChinaTextbook は、中国語圏市場・教育系プロダクト・LLM/RAG 検証といったテーマに関わるエンジニアにとって、まず一次資料として存在を押さえておく価値のあるリポジトリと言えます。
関連情報
中国語圏市場向けサービスの開発、教材コーパスを活用した LLM/RAG 検証、大容量アセットを扱うシステム設計などについて社内でのご相談が発生している場合は、お問い合わせフォーム からご連絡ください。要件整理の段階から、外部人材の活用可否も含めてご相談いただけます。



