システム開発の相見積もりを取ったところ、フリーランスエンジニアの見積が開発会社より2割安かった。稟議を通そうとしたら、経理から「この方は適格請求書発行事業者ですか」と確認された——。このやり取りで発注が止まってしまった経験を持つ方は少なくないはずです。
やっかいなのは、この問いに答えられても「では、どちらに発注すべきか」の判断まではたどり着けない点です。インボイス制度の解説記事は数多くありますが、その多くは制度の仕組みや経理側の仕訳を説明するもので、「見積書の金額をどう補正して比較すればよいのか」までは踏み込んでいません。発注担当者は経理の専門家ではないため、制度の概要を読んでも自社のコストがいくら増えるのかを数字にできず、上長にも説明できないまま判断が宙に浮きます。
しかも、この論点は 2026年10月を境に一段と重くなります。免税事業者からの仕入れについて、それまで8割を控除できていた経過措置が7割に縮小され、以降も段階的に縮小して 2031年10月には控除できなくなるためです。これまでは「わずかな差」で済んでいた実質コストの差が、見積の優劣を逆転させる水準に近づいてきます。
必要なのは制度の暗記ではなく、税込の見積額を「自社が実際に負担する金額」に変換する一本の計算式と、発注前に押さえるべき確認事項です。この2つがあれば、課税事業者と免税事業者の見積を同じ土俵に載せて比較でき、稟議の説明も一貫します。
本記事では、システム開発の外注においてインボイス制度が費用にどう影響するのかを、発注側の実質コストという観点から解説します。2026年10月からの控除割合スケジュール、免税事業者への発注で増える費用の試算、発注前チェックリスト、発注形態ごとの論点、そして取引方針の判断軸までを順に整理します。
なお、本記事は発注判断のための考え方を整理するものです。個別の税額計算や税務処理の可否については、必ず顧問税理士または所轄の税務署にご確認ください。
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インボイス制度がシステム開発の外注費に与える影響

最初に結論を示します。インボイス制度によって、システム開発の契約金額そのものは変わりません。変わるのは、発注した側が納める消費税額です。発注先が適格請求書発行事業者でない場合、支払った消費税相当額の一部を差し引けなくなり、その差し引けなかった分が自社の費用として残ります。
つまり、同じ「税込550万円」の見積であっても、発注先によって自社が最終的に負担する金額が変わります。この差額が、2026年10月以降さらに広がっていくというのが本記事全体の前提です。
発注側が負担するのは「控除できない消費税」
消費税は、売上とともに預かった消費税から、仕入や外注で支払った消費税を差し引いて納めるしくみになっています。この「差し引く」部分が仕入税額控除です。
たとえば自社が顧客から預かった消費税が1,000万円、外注先に支払った消費税が100万円であれば、納める消費税は差額の900万円になります。支払った100万円は自社の懐から出ていきますが、納税額がその分減るため、実質的な負担にはなりません。
ところがインボイス制度のもとでは、この差し引きに適格請求書(インボイス)の保存が必要です。適格請求書を発行できるのは、税務署に登録した適格請求書発行事業者だけです。登録していない事業者(免税事業者など)に支払った消費税相当額は、原則として差し引けません。差し引けなかった分は納税額を減らす効果を持たないため、そのまま自社の費用として残ります。
発注担当者が押さえるべきなのは、この一点だけです。支払った消費税を差し引けるか、差し引けないか。差し引けない分は自社のコストになる。仕訳や帳簿の書き方は経理の領域ですので、発注判断の段階では立ち入る必要はありません。
発注先が適格請求書発行事業者か免税事業者かで何が変わるか
発注先の区分によって何が変わるのかを整理します。
項目 | 適格請求書発行事業者(課税事業者) | 免税事業者・未登録事業者 |
|---|---|---|
契約金額・支払額 | 変わらない | 変わらない |
受け取る請求書 | 登録番号入りの適格請求書 | 登録番号のない請求書 |
支払った消費税の控除 | 全額控除できる | 経過措置の割合分のみ控除できる |
自社に残る費用 | 税抜金額のみ | 税抜金額+控除できなかった消費税 |
重要なのは、免税事業者に支払う金額から消費税を差し引いてよいわけではないという点です。免税事業者であっても、仕入や経費で消費税を負担しているため、報酬に消費税相当額を上乗せして請求することに問題はありません。発注側が「インボイスがないから消費税分は払わない」と一方的に減額することは、後述するとおり独占禁止法・下請法上の問題となるおそれがあります。
したがって、発注側から見ると「支払う金額は同じなのに、自社に残る費用だけが増える」という構図になります。システム開発は一件あたりの金額が大きく、準委任契約であれば毎月継続して発生するため、この差は年間ベースで無視できない規模になります。開発費用の全体像から見直したい場合は、システム開発の費用相場も併せて確認しておくと、消費税の影響を全体のどこに位置づけるべきか判断しやすくなります。
2026年10月からの控除割合スケジュール
免税事業者からの仕入れについては、制度移行の激変緩和として経過措置が設けられており、控除できない消費税の全額がただちに負担になるわけではありません。ただしこの経過措置は段階的に縮小し、最終的には終了します。
令和8年度税制改正を反映した最新のスケジュールは以下のとおりです(国税庁 インボイス制度の見直し)。
期間 | 控除できる割合 | 控除できない割合 |
|---|---|---|
2023年10月1日〜2026年9月30日 | 80% | 20% |
2026年10月1日〜2028年9月30日 | 70% | 30% |
2028年10月1日〜2030年9月30日 | 50% | 50% |
2030年10月1日〜2031年9月30日 | 30% | 70% |
2031年10月1日以降 | 控除できない(0%) | 100% |
当初の制度設計では 2026年10月から50%に下がる予定でしたが、令和8年度税制改正によって70%控除の期間が新たに設けられ、縮小のペースが緩和されました。改正前の情報を掲載したままの解説記事も残っているため、社内で共有する際は必ず国税庁の公表情報で最新のスケジュールを確認してください。
発注担当者としては、次の3つのタイミングを押さえておけば十分です。
- 2026年10月: 控除できない割合が20%から30%に増える(直近の変化)
- 2028年10月: 控除できない割合が50%になり、免税事業者との単価差が実質的に反転しやすくなる
- 2031年10月: 経過措置が終了し、支払った消費税相当額が全額自社の費用になる
複数年にわたる保守契約や、年単位で更新する準委任契約を抱えている場合、契約期間の途中でこの切り替わりをまたぐことになります。契約更新のタイミングと控除割合の切り替え時期を並べて確認しておくと、予算のブレを事前に把握できます。
免税事業者へのシステム開発外注で増える費用を試算する

ここからは金額で見ていきます。制度の説明だけでは稟議は通りません。「免税事業者に発注すると年間いくら増えるのか」を数字にして、はじめて発注判断の材料になります。
発注額別・控除割合別の負担増シミュレーション
フリーランスエンジニアに月額110万円(税込)で準委任契約を結んでいるケースを例にします。税抜100万円+消費税相当10万円、年額では税込1,320万円(税抜1,200万円+消費税相当120万円)です。
このとき、控除できなかった消費税額が年間いくら自社に残るかは次のとおりです。
期間 | 控除割合 | 控除できない消費税(年額) | 税抜1,200万円に対する上乗せ率 |
|---|---|---|---|
〜2026年9月 | 80% | 24万円 | 2.0% |
2026年10月〜2028年9月 | 70% | 36万円 | 3.0% |
2028年10月〜2030年9月 | 50% | 60万円 | 5.0% |
2030年10月〜2031年9月 | 30% | 84万円 | 7.0% |
2031年10月〜 | 0% | 120万円 | 10.0% |
計算式はきわめて単純です。
控除できない消費税額 = 税込支払額 × 10 ÷ 110 ×(1 − 控除割合)
上乗せ率で見ると、税抜金額に対して「10% ×(1 − 控除割合)」だけコストが増えると覚えておけば、暗算で概算できます。2026年10月以降であれば税抜金額の3%、2028年10月以降であれば5%です。年間1,200万円規模の外注であれば、2026年10月を境に年12万円、2028年10月にはさらに年24万円が上乗せされる計算になります。
複数のフリーランス・小規模ベンダーに分散発注している場合は、免税事業者への支払総額を合算して同じ式を当てはめてください。個別には小さく見えても、部門全体で積み上げると予算計画に影響する規模になることがあります。
損金算入を踏まえた実質負担の考え方
もう一段踏み込むと、控除できなかった消費税額は「まるごと損」というわけではありません。税抜経理を採用している場合、控除できなかった消費税額(控除対象外消費税額等)は、原則としてその課税仕入れの対価の額に含めて処理され、費用として損金に算入されます(国税庁 No.6921 控除できなかった消費税額等の処理)。
損金に算入されれば、その分だけ法人税等の課税所得が減ります。仮に法人税等の実効税率を30%とすると、控除できない消費税36万円のうち約10.8万円は法人税等の減少で回収され、キャッシュベースの実質負担は約25万円程度にとどまる、という見方ができます。
ただし、この扱いには重要な前提と例外があります。
- 経理方式(税抜経理か税込経理か)によって処理が変わります
- 課税売上割合が95%未満、または課税売上高が5億円超の場合、資産に係る控除対象外消費税額等は繰延処理となり、一度に損金算入できないことがあります
- 赤字の事業年度では、損金算入による法人税等の減少効果はその期には現れません
したがって、稟議資料では「控除できない消費税額(キャッシュアウトへの影響)」を主軸に置き、損金算入による緩和は補足として添える構成が実務的です。自社に当てはめた具体的な税額の判断は、必ず顧問税理士にご確認ください。
相見積もりを同じ土俵に揃える補正計算式
ここまでの内容を、見積比較に使える形にまとめます。税込見積額から控除できる消費税額を差し引いたものが、自社が実際に負担する金額です。
実質コスト = 税込見積額 −(税込見積額 × 10 ÷ 110 × 控除割合)
適格請求書発行事業者からの見積であれば控除割合は100%なので、実質コストは税抜金額と一致します。免税事業者からの見積であれば、控除割合はその時点の経過措置の割合(2026年10月以降なら70%)を当てはめます。
この式を使うと、見積の見え方が変わる場合があります。開発会社A社と、フリーランスのBさんから見積を受け取ったケースで比較します。
項目 | A社(適格請求書発行事業者) | Bさん(免税事業者) |
|---|---|---|
見積額(税込) | 550万円 | 539万円 |
見積書上の見え方 | — | A社より11万円(約2%)安い |
消費税相当額 | 50万円 | 49万円 |
控除できる額(〜2026年9月・80%) | 50万円 | 39.2万円 |
実質コスト(〜2026年9月) | 500万円 | 499.8万円 |
控除できる額(2026年10月〜・70%) | 50万円 | 34.3万円 |
実質コスト(2026年10月〜) | 500万円 | 504.7万円 |
2026年9月までであれば、Bさんの実質コストはA社をわずかに下回ります。ところが2026年10月以降は同じ見積額のまま実質コストが逆転し、Bさんのほうが4.7万円高くなります。見積書の税込金額だけを比べていると、この逆転に気づけません。
実務上の目安として、免税事業者の見積が課税事業者の見積より税込ベースで3%程度しか安くない場合、2026年10月以降は実質コストで逆転する可能性があると考えてください。判断が微妙なゾーンに入ったら、上の補正式を当てはめて数字で確認するのが確実です。
もっとも、これは価格だけを見た比較にすぎません。実際の発注判断では、開発品質・稼働の安定性・引き継ぎリスクといった要素のほうが金額差を上回ることも多くあります。補正式は「価格差が実質的にどれだけあるのか」を正しく把握するための道具であり、免税事業者を機械的に排除するための基準ではありません。
システム開発の発注前に確認すべきインボイス関連の確認事項

発注が止まる典型パターンは、発注後に「この取引先は適格請求書発行事業者ではない」と経理から指摘され、処理が差し戻されるケースです。これは発注前の確認で防げます。発注フローの順に確認事項を整理します。
登録番号の確認方法と国税庁の公表サイトでの照会手順
適格請求書発行事業者には、「T」+13桁の数字からなる登録番号が付与されます。法人の場合は法人番号がそのまま13桁に使われ、個人事業者や人格のない社団等の場合は法人番号とは異なる13桁の数字が割り当てられます。
登録の有無は、国税庁の適格請求書発行事業者公表サイトで誰でも確認できます。手順は次のとおりです。
- 公表サイトの検索欄に、発注先から伝えられた登録番号(T+13桁)を入力する
- 表示された氏名または名称・登録年月日が、発注しようとしている相手と一致するか確認する
- 登録年月日が発注時期より後になっていないかを確認する
- 「登録取消年月日」「登録失効年月日」が表示されていないかを確認する
注意したいのが3番目と4番目です。登録番号は取得のタイミングと失効の可能性があるため、一度確認して終わりにできません。たとえば発注時点では未登録だったフリーランスが翌月に登録した場合、登録日以降に受け取った請求書は適格請求書として扱えます。逆に、以前は登録していた事業者が登録を取り消していた場合、過去の確認結果をそのまま信じると誤った処理につながります。
継続的に取引している発注先については、契約更新時か年に1回のタイミングで登録状況を再確認する運用にしておくと安全です。
なお、公表サイトで検索できるのは登録番号からの照会です。氏名・名称からの検索機能も用意されていますが、同姓同名の可能性があるため、発注先本人から登録番号を書面で受け取ったうえで照会するのが確実です。
見積依頼・発注書・契約書に反映しておく確認事項
確認を「担当者の記憶」に依存させないために、発注フローの書式に組み込みます。
見積依頼(RFP・見積依頼書)の段階
- 適格請求書発行事業者の登録有無と登録番号の記入欄を設ける
- 見積金額は税抜金額と消費税額を分けて記載してもらう(税込一本の見積は補正計算ができません)
- 登録がない場合でも見積を受け付ける旨を明記する(登録の有無を応募要件のように扱うと、不当な取引拒絶と受け取られかねません)
発注書・契約書の段階
- 契約書または注文請書に登録番号を記載する
- 請求書がインボイスの記載事項(登録番号、適用税率、税率ごとに区分した消費税額等)を満たす形式で発行されることを条件として明記する
- 契約期間中に登録状況が変わった場合、速やかに通知する旨の条項を入れる
- 交通費・機材費などの実費精算がある場合、精算方法と必要書類をあらかじめ定めておく
見積段階で見えていなかったコストが後から発生する構図は、消費税に限った話ではありません。仕様変更・追加開発による費用増と併せて発注前に潰しておきたい場合は、システム開発の追加費用を防ぐ方法も参考になります。
発注後に免税事業者と判明した場合にまずやること
すでに発注済み、あるいは請求書を受け取った段階で相手が免税事業者だと分かった場合でも、慌てて対応を誤らないことが大切です。優先順位は次のとおりです。
- 支払いは契約どおり行う。インボイスがないことを理由に、契約で定めた金額から消費税相当額を一方的に差し引くことはできません
- 経理に早めに共有する。経過措置の適用を受けるには、帳簿への一定の記載と、区分記載請求書等と同様の事項が記載された請求書等の保存が必要です。処理方法の判断は経理・顧問税理士に委ねます
- 次年度・次回更新の予算に影響額を織り込む。前述の補正式で年間の上乗せ額を算出し、来期予算の検討材料にします
- 単価や取引条件の見直しが必要かは、契約更新のタイミングで協議する。期中に一方的に条件変更を求めることは避けます
請求書の記載事項の確認から帳簿への記載、支払処理までの経理オペレーションについては、業務委託のインボイス確認フローで詳しく整理しています。発注担当者が経理に引き継ぐ際の共通言語として目を通しておくと、やり取りがスムーズになります。
発注形態ごとに変わる論点(スポット発注・準委任・請負)
システム開発の発注は、月額固定の準委任、成果物単位の請負、数万円規模のスポット依頼まで形態がさまざまです。形態によって押さえるべき論点が変わるため、自社のケースに当てはめて確認してください。
少額のスポット発注と少額特例の適用範囲・期限
小規模な修正依頼やアイコン制作など、少額のスポット発注については少額特例が使えるケースがあります。税込1万円未満の課税仕入れについて、インボイスの保存がなくても、一定の事項を記載した帳簿の保存のみで仕入税額控除が認められる特例です(国税庁 少額特例)。
適用にあたっては次の条件を押さえておく必要があります。
項目 | 内容 |
|---|---|
対象金額 | 税込1万円未満の課税仕入れ |
判定単位 | 1回の取引の課税仕入れに係る金額(税込)で判定する |
適用できる事業者 | 基準期間の課税売上高が1億円以下、または特定期間の課税売上高が5,000万円以下の事業者 |
適用期間 | 2023年10月1日〜2029年9月30日 |
相手方の登録 | 発注先が適格請求書発行事業者かどうかを問わず適用できる |
実務で誤解が生じやすいのが判定単位です。1回の取引の金額で判定するため、月額数十万円の準委任契約を「1日あたり」や「作業項目ごと」に分割して1万円未満とみなすことはできません。逆に、単発で発注した8,000円の修正作業は、その取引単独で1万円未満と判定されます。
また、この特例は事業者の規模要件があるため、そもそも自社が対象になるかを経理に確認してから運用に組み込んでください。売上規模の大きい企業では使えません。適用期限が2029年9月30日である点も、中期的な発注ルールを設計するうえでは意識しておく必要があります。
交通費・ツール利用料などの立替・実費精算の扱い
システム開発の発注では、常駐時の交通費、検証環境のクラウド利用料、外部SaaSのライセンス費用などを発注先が立て替え、実費として請求してくるケースがあります。
このとき、鉄道会社やクラウド事業者が発行するインボイスの宛名は、立て替えた発注先の名義になっています。そのままでは自社宛てのインボイスとは言えないため、原則として発注先が作成した立替金精算書を、元のインボイスの写しと併せて受け取る必要があります。これによって、実際の取引先が自社であることを明らかにします。
一方で、3万円未満の公共交通機関による旅客の運送については、インボイスの保存がなくても帳簿の保存のみで控除が認められる特例があります。都度の交通費が少額であれば、この特例の範囲で処理できる場合があります。
発注担当者として押さえておきたいのは、次の2点です。
- 精算の対象と必要書類を契約時に取り決めておく。後から立替金精算書を依頼すると、発注先に余計な事務負担をかけることになります
- 実費精算分の金額も、免税事業者への発注であれば同じく控除の制限を受ける。プロジェクト全体のコストを見積もる際は、実費分も含めて上乗せ額を計算します
書類の要否や具体的な処理方法は取引の実態によって判断が分かれるため、判断に迷う場合は経理・顧問税理士に確認してください。
準委任・請負・複数年契約で控除割合の切替時期が発注単価に効いてくる場面
2026年10月1日という切り替え日をまたぐ案件では、「どちらの控除割合が適用されるのか」が問題になります。判定の基準になるのは、契約日でも支払日でもなく、課税仕入れを行った日です。
国税庁の通達では、請負による資産の譲渡等の時期について、物の引渡しを要する請負契約は目的物の全部を完成して相手方に引き渡した日、物の引渡しを要しない請負契約は約した役務の全部を完了した日とされています(国税庁 消費税法基本通達 第2款 請負による譲渡等の時期)。これを発注側から見ると、次のような整理になります。
発注形態 | 課税仕入れの時期の考え方 | 切り替え時期の影響 |
|---|---|---|
準委任(月額固定) | 各月の役務提供が完了した時点 | 2026年9月分までは80%、10月分から70%が適用される |
請負(成果物納品) | 成果物の引渡しを受けた時点 | 契約・着手が9月でも、納品が10月以降なら70%が適用される |
保守契約(年額一括) | 契約内容・役務提供の実態による | 判定が分かれるため経理・税理士への確認が必要 |
実務上インパクトが大きいのは請負契約です。2026年8月に契約し、9月から開発に着手した案件でも、納品が10月にずれ込めば控除割合は70%になります。免税事業者に大型の請負開発を発注していて、納期が切り替え日の前後にある場合は、社内の予算管理上「どちらの割合で見込むか」を早めに決めておくと、着地のブレを抑えられます。
複数年にわたる保守・運用の委託についても同様です。2026年10月、2028年10月、2030年10月、2031年10月と、契約期間中に複数回の切り替えが発生する可能性があります。単価を据え置いたまま契約を更新し続けると、自社の実質コストだけが年々上がっていく点に留意してください。
免税事業者との取引をどう判断するか(継続・単価見直し・課税転換の相談)

数字が見えたところで、次は「では、どうするか」です。ここでの選択肢は3つあり、どれを選ぶかは金額の大きさと相手の代替可能性で決まります。ただし、いずれの選択肢にも法的に踏み越えてはいけない線があります。
3つの選択肢と選び分けの判断軸
選択肢は「そのまま継続する」「単価を見直す」「課税事業者への転換を相談する」の3つです。判断軸としては、年間の発注額の大きさと、そのスキル・関係の代替可能性の2つで整理すると考えやすくなります。
状況 | 想定される選択肢 | 考え方 |
|---|---|---|
発注額が小さく、代替も容易 | そのまま継続 | 上乗せ額が年数万円規模であれば、交渉コストのほうが大きい |
発注額が小さいが、代替が難しい | そのまま継続 | 属人的なスキルへの依存度が高いなら、価格より継続性を優先する |
発注額が大きく、代替が容易 | 単価の見直しを協議 | 相見積もりを取り直し、実質コストベースで再評価する |
発注額が大きく、代替が難しい | 課税転換を相談 | 相手の事情を聞いたうえで、時間をかけて協議する |
ここで強調しておきたいのは、「免税事業者だから取引をやめる」という判断を機械的に下すべきではないという点です。前述の試算のとおり、2026年10月時点での上乗せは税抜金額の3%です。優秀な個人開発者を失って開発が停滞するコスト、引き継ぎに要する工数、新しい発注先を探す時間を考えれば、3%は多くの場合その損失を下回ります。
一方で、2031年10月に経過措置が終了すると上乗せは10%になります。この水準になると判断は変わりうるため、いま結論を出すというより「いつ、どの水準になったら見直すか」をあらかじめ決めておくアプローチが現実的です。
価格交渉が問題になるライン
単価の見直しや課税転換の相談を進める場合、独占禁止法・下請法(現・取適法)およびフリーランス新法の観点から、してよいことと問題になることの線引きを理解しておく必要があります。公正取引委員会は免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&Aで、具体的な考え方を示しています。
問題となるおそれがある行為
- 仕入側の都合のみで著しく低い価格を設定し、免税事業者が仕入時に負担した消費税額も賄えないような単価にすること
- 免税事業者が課税事業者に転換したにもかかわらず、明示的に協議することなく取引価格を据え置くこと
- 相手方から価格の協議を要請されたにもかかわらず、協議に応じず一方的に価格を据え置くこと
- 著しく低い価格を提示し、これに応じないことを理由として取引を停止すること
- 課税事業者になるよう要請するにとどまらず、応じなければ取引価格を引き下げる・取引を打ち切ると一方的に通告すること
問題とならない行為
- 双方が納得したうえで、協議を経て取引価格を決定すること
- 課税事業者になるかどうかを相手方に確認し、意向を尋ねること
- 相手方の判断を尊重したうえで、今後の取引条件について時間をかけて協議すること
分岐点は明快で、「十分な協議を経ているか」「仕入側の都合のみで決めていないか」の2点です。結論として単価を据え置く場合であっても、協議のプロセスを踏み、その記録を残しておくことが重要になります。
加えて、2024年11月1日に施行されたフリーランス・事業者間取引適正化等法(フリーランス新法)にも留意が必要です。従業員を使用しない個人(特定受託事業者)に業務委託する場合、取引条件の明示や報酬支払期日の設定が義務づけられ、1か月以上の業務委託では報酬の減額・買いたたきなどが禁止行為とされています。発注時に決めた報酬を、インボイスがないことを理由に後から差し引く行為は、この報酬の減額に該当しうるため避けなければなりません。
条件の見直しは「次回契約から」が原則である、と理解しておくと判断を誤りにくくなります。
課税転換を相談する場合の伝え方と時期の考え方
課税事業者への転換を相談する場合は、伝え方と時期の設計が結果を左右します。
時期: 契約更新の3〜6か月前に切り出します。相手にとって課税事業者になることは、消費税の納税義務と申告事務が新たに発生する重い判断です。次回更新の直前に持ち出すと、実質的に選択の余地のない要求になってしまいます。
伝え方: 「登録してください」という要請ではなく、「制度変更で自社の負担が変わるため、今後の取引条件について一緒に考えたい」という協議の申し入れとして切り出します。そのうえで、次のような点を確認します。
- 登録を検討しているか、すでに検討した結果として登録しない判断をしているか
- 登録する場合、納税・申告事務の負担をどの程度と見込んでいるか
- 登録に伴い報酬の見直しを希望するか
結論の出し方: 相手が登録しないという判断をした場合も、それ自体は正当な選択です。その前提で、単価を据え置いて継続するか、実質コストを踏まえて条件を調整するか、双方が納得できる着地を探します。一方的な通告にならないよう、選択肢を提示して相手の意向を確認するプロセスを踏んでください。
なお、相手が課税事業者に転換した場合、報酬を据え置いたままにすると、消費税の納税義務が増えた分だけ相手の手取りが実質的に減ります。この状態を明示的な協議なしに継続することは、前述のとおり問題となるおそれがあります。転換の相談をした以上、転換後の報酬水準についても併せて協議することが必要です。
2026年10月以降を見据えた発注ルールの整え方

ここまでの内容を、その場限りの対応で終わらせず、社内の発注ルールに落とし込みます。担当者が変わっても再現できる仕組みにしておくことが、最終的な差し戻しの防止につながります。
見積依頼テンプレート・発注先マスタに組み込む項目
まず、既存の書式に確認項目を追加します。新しい書類を増やすのではなく、いま使っているテンプレートに欄を足すのが定着しやすい方法です。
見積依頼書に追加する欄
- 適格請求書発行事業者の登録の有無(はい/いいえ)
- 登録番号(T+13桁)
- 見積金額(税抜金額と消費税額を分けて記載)
発注先マスタに追加する項目
項目 | 用途 |
|---|---|
登録番号 | 公表サイトでの照会と、経理への引き継ぎに使用 |
登録状況の最終確認日 | 年1回の再確認の起点にする |
登録なしの場合の年間発注見込額 | 上乗せ額の試算と予算計上に使用 |
契約更新月 | 条件見直しの協議を切り出すタイミングの管理 |
発注先マスタに登録状況をまとめておくと、免税事業者への発注総額を横断的に把握できるようになります。控除割合が切り替わる前に、部門全体でいくらの上乗せが発生するかを算出できる状態にしておくのが理想です。
調達と経理の役割分担・連携タイミング
差し戻しの多くは、確認の責任者が曖昧なまま発注が進むことで起こります。役割と連携タイミングを明確にしておきます。
フェーズ | 発注担当(調達)の役割 | 経理の役割 |
|---|---|---|
見積依頼 | 登録状況の記入を依頼する | — |
見積比較 | 補正式で実質コストを算出する | 適用すべき控除割合を確認する |
稟議 | 実質コストと上乗せ額を記載する | 税務上の処理方針を確認する |
契約 | 登録番号と請求書の記載要件を契約に反映する | — |
請求書受領 | 記載事項の一次確認をする | 帳簿記載・仕入税額控除の処理を行う |
期末・更新前 | 登録状況を再確認する | 年間の控除対象外消費税額を集計する |
特に重要なのが「稟議」の行です。稟議資料に税込見積額ではなく実質コストを記載するルールにしておくと、比較の前提が組織として揃います。上長も、後から経理に指摘されて判断をやり直す必要がなくなります。
経過措置終了(2031年10月)を見据えた発注先ポートフォリオの考え方
最後に、中期的な視点です。2031年10月に経過措置が終了すると、免税事業者への支払いに含まれる消費税相当額は全額が自社の費用になります。税抜金額に対して10%の上乗せです。
とはいえ、これを理由に発注先を課税事業者だけに絞り込むことが最適とは限りません。次の観点でバランスを取るのが現実的です。
- 金額の大きい継続契約から優先的に見直す。年間発注額の上位から順に、登録状況と単価水準を確認します。上乗せ額の総量に対する寄与が大きい順に手を打つのが効率的です
- 少額・スポットの発注は少額特例の範囲を意識する。ただし特例の適用期限は2029年9月30日であり、それ以降は同じ扱いが続かない点を織り込んでおきます
- 代替が難しいスキルへの依存は、価格以外の指標で評価する。属人性の高い領域では、上乗せ分を「継続性を確保するためのコスト」として説明できるよう、稟議の書き方を整えておきます
- 切り替え時期をカレンダーに登録しておく。2026年10月、2028年10月、2030年10月、2031年10月の4つの節目を予算編成のスケジュールに組み込み、その都度ポートフォリオを見直します
インボイス制度は、発注先の優劣を決めるものではなく、比較の前提条件を変えるものです。制度に振り回されて発注判断を止めてしまうのではなく、実質コストという共通の物差しを持ったうえで、品質・継続性・スピードといった本来の判断軸とあわせて総合的に決めていく。それが、2026年10月以降も安定した外注運用を続けるための基本になります。
繰り返しになりますが、本記事で示した計算や整理は発注判断の材料であり、税務上の最終的な取り扱いは個別の事情によって異なります。実際の処理にあたっては、顧問税理士または所轄の税務署にご確認ください。
関連情報
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よくある質問
- 相見積もりで免税事業者の見積が税込3%程度しか安くない場合、どちらを選ぶべきですか?
税込金額だけで比較すると誤りやすいゾーンです。「実質コスト=税込見積額-(税込見積額×10÷110×控除割合)」で両者を補正し、2026年10月以降の控除割合70%で再計算したうえで発注先を決めてください。
- 免税事業者に「インボイスがないので消費税分は値引きしてほしい」と伝えてもよいですか?
契約で定めた金額から消費税相当額を一方的に差し引く行為は、独占禁止法・下請法・フリーランス新法上の買いたたきに該当するおそれがあります。まずは契約どおり支払い、単価の見直しは次回契約更新時の協議に委ねてください。
- 免税事業者だからという理由だけで取引を打ち切ってもよいですか?
機械的な取引停止はおすすめできません。2026年10月時点の上乗せは税抜金額の3%程度にとどまり、代替先探しや引き継ぎのコストがそれを上回ることも多いため、発注額の大きさと代替可能性で個別に判断してください。
- 少額のスポット発注なら免税事業者かどうかを気にしなくてよいですか?
税込1万円未満の取引で、自社が基準期間の課税売上高1億円以下等の少額特例対象事業者であれば、帳簿保存のみで控除が可能です。ただし判定は1回の取引単位のため、月額契約を分割して適用することはできません。
- 取引先に課税事業者への登録をお願いするのは問題ありませんか?
登録の意向を尋ね、時間をかけて協議する分には問題ありません。ただし応じなければ価格を下げる・取引を打ち切ると一方的に通告する行為は違法となるおそれがあるため、契約更新の3〜6か月前から余裕を持って切り出してください。



