「システム開発が失敗するかどうかは、要件定義でほぼ決まる」——システム開発の発注を控えた方なら、一度はこうした言葉を目にしたことがあるのではないでしょうか。実際、納期遅延・予算超過・現場で使われないシステムといったトラブルの多くは、開発作業そのものではなく、その手前の「要件定義」につまずきの原因があります。
とはいえ、いざ自分がプロジェクトの取りまとめ役になると、「要件定義が大事なのは分かった。でも、IT専任でもない自分が、開発が始まる前の段階で具体的に何をどこまでやればいいのか」が分からず、不安になるものです。ベンダーに任せきりにすると失敗しそうですが、かといって専門知識もなく、何を準備し、何を確認し、どこで立ち止まって精査すべきか——その判断基準が見えにくいのが正直なところだと思います。
この記事では、システム開発がなぜ要件定義で失敗するのかを構造的に整理したうえで、発注側が「要件定義の前・最中・終わり」のそれぞれで実践できる具体的なアクションに落とし込んで解説します。専門知識がない担当者でも実行できるチェック項目と判断基準を中心にまとめましたので、ご自身のプロジェクトに照らしながら読み進めてください。
なお、本記事はシステム開発を手がける秋霜堂株式会社が、これまで発注側のお客様と要件定義をともに進めてきた経験をふまえて執筆しています。発注側の立場に寄り添う形で、失敗を未然に防ぐための実務的な視点をお届けします。
システム開発 完全チェックリスト――発注前・発注中・完了後の3フェーズで使えるチェック集

この資料でわかること
システム開発の外注・発注を初めて経験する担当者や、過去に失敗を経験した担当者が、発注プロセスの各フェーズで「何をチェックすべきか」を明確に把握できるようにする。
こんな方におすすめです
- 初めてシステム開発を外注する担当者
- 過去の発注で失敗を経験した方
- ベンダー選定の基準が分からない方
入力いただいたメールアドレスにPDFをお送りします。
システム開発の失敗は「要件定義」で大半が決まる
要件定義の話に入る前に、まず「システム開発の失敗とは何か」と「なぜその原因が要件定義に集まるのか」を整理しておきましょう。ここがあいまいなままだと、後段の対策が「とりあえずやるべきこと」の羅列に見えてしまい、腹落ちしないからです。
そもそもシステム開発の「失敗」とは何か
ひとくちに「システム開発の失敗」といっても、実際には複数の状態を指しています。代表的なものを整理すると、次の4つに分けられます。
- 納期の遅延: 当初予定していたリリース時期に間に合わない
- 予算の超過: 追加開発・仕様変更により当初見積もりを大きく上回る
- 品質・要件の未達: 動くには動くが、必要な機能が足りない・バグが多い
- 現場での不採用: 完成したものの、現場の業務に合わず使われない(いわゆる「使われないシステム」)
注意したいのは、これらは別々の失敗ではなく、根を同じくしていることが多い点です。たとえば「現場の業務に合わないシステム」は、開発途中で「やはりこの機能も必要だった」と判明し、追加開発が発生して予算超過・納期遅延を同時に引き起こす——というように連鎖します。そして、その連鎖の起点をたどると、多くの場合「要件定義の段階で必要なことが固まっていなかった」というところに行き着きます。
失敗の原因は要件定義に集約されやすい
このことは、業界の調査データからも裏づけられています。日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)が継続的に実施している「ソフトウェアメトリックス調査」では、プロジェクトの工期遅延の最も多い原因として「要件定義の決定遅れ」が挙げられ、「要件分析作業の不十分さ」も上位に位置づけられています(JUAS ソフトウェアメトリックス調査)。つまり、上流工程である要件定義での詰めの甘さが、プロジェクト全体の遅延を引き起こす主要因になっているということです。
発注側支援の現場からも同様の指摘があります。システム開発の失敗事例を扱う発注ラウンジでは、「プロジェクトの軸となる要件定義の認識にズレがあった」ことが失敗の典型例として挙げられています(システム開発における失敗事例とその原因について(発注ラウンジ))。要件定義は単なる準備作業ではなく、プロジェクトの成否を左右する「軸」だと理解しておくことが、最初の一歩になります。
なお、システム開発が失敗する原因はフェーズごとに幅広く存在します。要件定義以外も含めた失敗原因の全体像を押さえたい場合は、システム開発が失敗する原因(フェーズ別)も併せてご覧ください。本記事は、その中でも最大の根本原因である「要件定義」に的を絞って深掘りします。
なぜ要件定義の曖昧さが致命傷になるのか
要件定義の曖昧さが、なぜここまで大きな影響を持つのでしょうか。それは、要件定義が「これから作るものの設計図のさらに上流」にあたるからです。
システム開発は、要件定義 → 設計 → 実装 → テスト → リリースという流れで進みます。要件定義はこの最上流であり、ここで決めた内容がそのまま下流の設計・実装の前提になります。したがって、要件定義の段階で認識がずれていたり、必要な要件が抜けていたりすると、そのズレや抜けは下流に進むにつれて雪だるま式に大きくなります。
具体的には、次のような連鎖が起こります。
- 要件定義で「言ったつもり・伝わったつもり」のズレが生じる
- そのズレに気づかないまま設計・実装が進む
- テストや受け入れの段階で初めて「思っていたものと違う」が発覚する
- 後戻りして作り直す(手戻り)ため、追加費用と納期遅延が発生する
- 最悪の場合、現場の業務に合わず「使われないシステム」になる
要件定義段階での修正は、文章を1行書き換えるだけで済むこともあります。一方、実装やテストの段階で同じ問題が見つかると、すでに作り込んだプログラムを大きく作り直すことになり、修正コストは何倍にも膨らみます。「要件定義段階で踏ん張る価値がある」のは、まさにこの理由からです。早い段階での1時間の確認が、後工程での何十時間もの手戻りを防ぐのです。
要件定義でシステム開発が失敗する5つの原因
ここからは、要件定義段階で実際に起きる失敗を5つの類型に整理します。大切なのは、これらを「自分が無能だから起きる失敗」ではなく、「発注側が構造的に陥りやすいパターン」として捉えることです。パターンとして理解しておけば、自分のプロジェクトがどの罠に近いかを冷静に自己診断でき、防止行動に移しやすくなります。
認識のズレ——「言ったつもり・伝わったつもり」の食い違い
最も多く、そして最も根深いのが、発注側と開発側の「完成イメージの食い違い」です。
発注側は「こういうものが欲しい」と頭の中にイメージを持っていますが、それを言葉で過不足なく伝えるのは想像以上に難しいものです。「商品を一覧で見たい」と伝えたとして、それが「表形式の一覧」なのか「画像付きのカード形式」なのか、並び順は何順か、絞り込みは必要か——発注側が当たり前と思っている前提ほど、言葉にされず、開発側に伝わりません。
この「言ったつもり・伝わったつもり」は、口頭の打ち合わせだけで進めると特に起こりやすくなります。要件定義の失敗事例でも、認識の齟齬は代表的な原因として繰り返し指摘されています(要件定義の失敗事例5選(lychee-redmine))。放置すると、完成品を見て初めてズレに気づき、大規模な手戻りにつながります。
業務整理の不足——要件を語る前の土台がない
意外に見落とされがちなのが、「そもそも自社の業務が整理できていない」という問題です。
要件定義とは、本来「自社の業務をシステムでどう実現するか」を決める作業です。ところが、現状の業務フローが担当者の頭の中だけにあり、文書化されていない企業は少なくありません。この状態でいきなり要件定義の打ち合わせに臨むと、「現状どうなっているか」を説明できず、結果として要件の土台そのものが欠けてしまいます。
業務整理ができていないと、要件定義に必要な情報が不足し、打ち合わせのたびに「持ち帰って社内で確認します」が続き、要件がいつまでも固まりません。要件定義を語る前段として、自社業務の棚卸しが不可欠なのです。
要件の抜け漏れ——例外処理や連携の見落とし
通常時の業務フローは説明できても、「例外」が抜け落ちるのもよくある失敗です。
たとえば、「通常はこの手順で処理するが、月末だけは別の承認が必要」「繁忙期は処理件数が10倍になる」「既存の会計システムとデータ連携する必要がある」といった、頻度は低いが重要な要件が見落とされがちです。これらはふだん意識せず運用でカバーしているため、要件定義の場で言語化されないまま開発が進み、リリース直前に「これでは実運用できない」と発覚します。
特に、既存システムとの連携や、繁忙期・月末月初といった負荷集中時の挙動は、後から追加すると大がかりな改修になりやすい部分です。要件定義の段階で「例外パターンを洗い出せているか」を意識的に点検する必要があります。
発注側の丸投げ——当事者意識の欠如
「専門的なことは分からないので、プロにお任せします」——一見すると謙虚な姿勢ですが、要件定義においては失敗の典型パターンです。
開発会社はシステムのプロですが、発注側の業務のプロではありません。どんな業務をどう改善したいか、現場が何に困っているかは、発注側にしか分かりません。それを開発側に丸投げしてしまうと、業務実態が反映されない「絵に描いた餅」のようなシステムが出来上がります。
要件定義の失敗事例でも、発注側の「丸投げ」「当事者意識の欠如」は繰り返し原因として挙げられています。要件定義は開発会社に任せるものではなく、発注側と開発側が協働で作り上げるもの——この前提を持てるかどうかが、成否を大きく分けます。発注側の判断ミスがシステム開発の失敗をどう招くかをより掘り下げたい方は、システム開発の失敗、原因の8割は発注者の判断ミスも併せてご覧ください。
部門間連携の不足——サイロ化で全体最適にならない
複数部門が使うシステムでは、「部門間の連携不足」も失敗を招きます。
たとえば営業部門の要望だけを聞いて要件を固めると、後から経理部門や物流部門から「この処理ができないと困る」という要望が噴出し、要件が大きく変わってしまうことがあります。各部門がそれぞれの都合だけを主張し、全体最適の視点が欠けると、つぎはぎだらけの使いにくいシステムになりかねません。
関係する部門を要件定義の早い段階から巻き込み、全体としてどうあるべきかを調整する役割が必要です。この調整役こそ、発注側の取りまとめ担当が担うべき重要な仕事です。
要件定義の失敗を防ぐために発注側がやるべきこと
ここまで見てきた5つの失敗原因に対して、発注側は何ができるのでしょうか。「丸投げするな」「当事者意識を持て」といった精神論で終わらせず、専門知識がなくても実行できる具体的なアクションに落とし込んで解説します。
ポイントは、要件定義を「ひとつの打ち合わせ」ではなく「前・最中・終わり」という時系列のプロセスとして捉えることです。それぞれの段階でやるべきことが異なります。
【要件定義の前】業務整理から始める
要件定義の打ち合わせに臨む前に、まず自社の業務を整理しておきましょう。これが先ほど触れた「業務整理の不足」を防ぐ、最も効果的な準備です。
具体的には、次の3つに取り組みます。
- 現状業務の棚卸し: 今、誰が・いつ・どのような手順で業務を行っているかを書き出す。完璧な業務フロー図でなくても、箇条書きや手書きのメモから始めて構いません
- ゴールの言語化: システム化によって「何を・どれくらい改善したいか」を言葉にする(例: 「月末の集計作業を3日から半日に短縮したい」)。具体的な数字があると、開発側も要件を判断しやすくなります
- キーパーソンへのヒアリング: その業務を実際に担当している現場の人に話を聞き、困りごとや例外処理を洗い出す
この準備があるだけで、要件定義の打ち合わせは「ゼロから探り合う場」ではなく「整理した内容をベースに具体化していく場」に変わります。打ち合わせの質と速度が大きく向上し、後の抜け漏れも減らせます。
【要件定義の最中】認識のズレを防ぐ伝え方と書面化
打ち合わせが始まったら、「認識のズレ」を防ぐことに最大の注意を払います。鍵になるのは「口頭合意で進めない」ことです。
人間の記憶は曖昧で、同じ会話を聞いても受け取り方は人によって異なります。だからこそ、決まったことは必ず書面に残します。
- 議事録を残す: 打ち合わせで決まったこと・保留事項・次回までの宿題を、その日のうちに文書化して双方で共有する
- 要件定義書で形にする: 「何を作るか」を文書(要件定義書)にまとめ、発注側・開発側の双方が同じものを見て合意する
- 図やサンプルで補強する: 言葉だけで伝わりにくい画面イメージは、簡単な画面イメージ図やサンプルを使って具体化する
特に要件定義書は、認識を合わせるための最重要ツールです。「言葉で伝えた」ではなく「文書で合意した」状態を作ることが、後の手戻りを防ぎます。要件定義書をどう書けばよいか、また機能要件と非機能要件をどう整理すればよいかといった各論は、別の記事で詳しく解説する予定です。本記事ではまず「口頭で済ませず必ず書面化する」という原則を押さえてください。
【要件定義の終わり】要件を確定してよいかの判断基準
要件定義の最後に立ちはだかるのが、「これで開発に進んでいいのか」という判断です。発注側にとって最も不安なポイントかもしれません。専門知識がなくても確認できる判断基準を持っておきましょう。
要件を確定する前に、次の項目をチェックしてください。
- 業務の流れが最初から最後まで通っているか: 開始から完了まで、業務が途切れずシステムで実現できるか
- 例外パターンが洗い出されているか: 月末・繁忙期・イレギュラーな承認など、通常以外のケースが要件に含まれているか
- 既存システムとの連携が考慮されているか: 他システムとのデータのやり取りが必要なら、その要件が明記されているか
- 関係部門の合意が取れているか: システムを使う全部門が要件に目を通し、納得しているか
- 「やらないこと」が明確か: 今回の開発範囲に含めないこと(スコープ外)がはっきりしているか
これらに自信を持って「はい」と言えない項目があれば、まだ要件定義を終えるべきではありません。逆に、すべてクリアできていれば「これで開発に進む」と合意を取る段階です。完璧を目指す必要はありませんが、上記の観点で大きな抜けがないかを確認してから次工程に進むことが、手戻りを防ぐ最後の砦になります。
信頼できる開発パートナーと進める要件定義
ここまで発注側がやるべきことを解説してきましたが、「自社だけで完璧な要件定義をするのは難しい」と感じた方も多いと思います。それはごく自然な感覚であり、実際、発注側だけで要件を完璧に固めることは現実的ではありません。
だからこそ、要件定義を一緒にリードしてくれる開発パートナー選びが重要になります。要件定義の巧拙は、ベンダーの伴走力にも大きく左右されるからです。
要件定義を「伴走」してくれるベンダーの見極め方
良い開発パートナーは、要件定義を発注側に丸投げさせず、かといって一方的に決めつけることもなく、対話を通じて要件を引き出してくれます。見極めのポイントは次のとおりです。
- 業務を理解しようとするか: いきなり技術や機能の話をするのではなく、まず「御社の業務はどうなっていますか」と業務理解から入る会社は信頼できます
- 専門用語を翻訳してくれるか: 機能要件・非機能要件といった専門用語を、発注側に分かる言葉で説明してくれるか
- 「やらないこと」も提案するか: 何でも「できます」と請け負うのではなく、「それは今回は不要では」とスコープを整理してくれる会社は、プロジェクトを成功に導く視点を持っています
要件定義の段階での対話の質を見れば、その会社が「伴走型」か「丸投げ歓迎型」かはある程度判断できます。発注先を選ぶ際の判断軸については、システム開発のベンダー選定基準も参考にしてください。
曖昧な要望を整理・翻訳してくれる開発会社の関わり方
発注側の「こうしたい」という要望は、最初は曖昧で当然です。優れた開発会社は、その曖昧な要望を専門的な視点で整理し、システムの要件へと翻訳してくれます。
たとえば「業務をもっと楽にしたい」という漠然とした希望から、「どの作業に何時間かかっているか」「どこを自動化すれば効果が大きいか」を一緒に紐解き、優先順位をつけて要件に落とし込む——こうした整理・翻訳のプロセスを担えるかどうかが、発注側の不足を補ってくれる開発会社の価値です。
秋霜堂株式会社でも、システム開発のご依頼をいただく際には、まず発注側の業務理解と曖昧な要望の整理から伴走することを大切にしています。「自社にノウハウがない」という不安は、適切なパートナーと組むことで十分にカバーできます。発注側として最低限の業務整理と当事者意識を持ったうえで、信頼できる開発会社と協働する——これが、要件定義の失敗を防ぐ最も現実的な道筋です。
よくある質問(FAQ)
最後に、要件定義について発注側からよく寄せられる質問に簡潔にお答えします。
Q. 要件定義にはどれくらいの期間・費用がかかりますか?
プロジェクトの規模によって大きく変わりますが、中小規模のシステム開発(発注金額300万〜2,000万円程度)であれば、要件定義に1〜3か月程度かけるケースが一般的です。費用は開発全体の10〜20%程度を要件定義工程が占めることもあります。
「要件定義にそんなに時間とお金がかかるのか」と感じるかもしれませんが、ここを急いで後工程で大量の手戻りが発生すれば、結果的にずっと高くつきます。要件定義は将来の失敗を防ぐための投資と捉えるのが適切です。
Q. 社内にIT専門人材がいなくても要件定義はできますか?
できます。要件定義で発注側に求められるのは技術の専門知識ではなく、「自社の業務を理解していること」と「何を実現したいかを言語化すること」です。これは現場を知る担当者であれば十分に担えます。
技術仕様の良し悪しの判断は、伴走してくれる開発会社に任せて構いません。発注側は業務とゴールを語る役割、開発側はそれを技術に翻訳する役割、と分担すれば、IT専任者がいなくても要件定義は進められます。
Q. 要件定義の途中で要望が増えてしまった場合はどうすればよいですか?
要件定義の途中で新しい要望が出てくること自体は、悪いことではありません。むしろ、開発が始まってから出てくるより、要件定義の段階で出てくるほうがはるかに健全です。
大切なのは、増えた要望を「今回やること」と「次回以降に回すこと」に仕分けることです。すべてを盛り込もうとすると、予算も期間も膨らみ、かえってプロジェクトが破綻します。優先順位をつけ、開発会社と相談しながら「今回のスコープ」を明確に線引きすることが、要望の増加(スコープの肥大化)に対処するコツです。
システム開発の失敗の多くは、要件定義段階での準備不足・認識のズレ・抜け漏れに起因します。逆に言えば、発注側が「要件定義の前・最中・終わり」でやるべきことを押さえておけば、失敗の大半は未然に防げます。本記事のチェック項目を、ぜひご自身のプロジェクトの自己診断に役立ててください。
システム開発 完全チェックリスト――発注前・発注中・完了後の3フェーズで使えるチェック集

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