システム開発やクラウド移行を検討するなかで、ベンダーや開発会社から「マルチクラウド構成がおすすめです」と提案を受けたことはないでしょうか。名前は聞いたことがあっても、自社に本当に必要なのか判断できず、費用感も掴めないままでいる担当者の方も多いと思います。
「コストを最適化できる」という説明を聞いても、実際にどんな費用が発生するのか、何に注意すればよいのかを詳しく説明してもらえないことがほとんどです。マルチクラウドのメリットを謳う情報は多くありますが、発注者の立場から「何がいくらかかるのか」を整理したコンテンツは少ないのが現状です。
本記事では、マルチクラウドの基本概念から始め、企業がマルチクラウドを選ぶ5つの理由、発注者が把握しておくべきコスト構造、そして自社に適しているかどうかの判断基準まで、システム開発の発注者視点でわかりやすく解説します。
ベンダーからマルチクラウドを提案された際に冷静に評価できる判断軸と、開発会社へ確認すべきポイントを持っていただくことがこの記事の目的です。
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マルチクラウドとは?複数のクラウドを使う仕組みをわかりやすく解説

マルチクラウドとは、AWS・Azure・Google Cloud(GCP)などの複数のクラウドサービスを組み合わせて利用する構成を指します。単一のクラウドサービスに限定せず、用途や目的に応じて最適なサービスを使い分けるアプローチです。
たとえば、「基幹システムの運用はAWSで行い、AIモデルの学習と推論はGoogle Cloud(GCP)を使用する」「バックアップデータの保管コストが安いAzureを活用しながら、メインの処理はAWSで動かす」といった構成がマルチクラウドの代表的な例です。
シングルクラウドとの違い
シングルクラウドとは、1社のクラウドサービスのみを使用する構成です。AWSだけを使う、Azureだけを使う、という形態がこれにあたります。運用がシンプルで管理コストが低い反面、そのベンダーの障害やサービス変更の影響を直接受けます。
マルチクラウドはこれに対し、複数のベンダーを使うことで特定のサービスへの依存を分散させます。ただし、管理すべき環境が増えるため、運用の複雑さも増します。
ハイブリッドクラウドとの違い
混同されやすい言葉に「ハイブリッドクラウド」があります。ハイブリッドクラウドは、自社のオンプレミス環境(自社サーバー)とパブリッククラウドを組み合わせる構成です。機密性の高いデータを自社内に置きながら、処理能力が必要な業務だけクラウドを活用するといった使い方が典型的です。
マルチクラウドは「複数のクラウドサービス同士の組み合わせ」であり、ハイブリッドクラウドは「オンプレミスとクラウドの組み合わせ」という点で性質が異なります。一方、両方の要素を組み合わせた構成も実際には多く、「ハイブリッドマルチクラウド」と呼ぶこともあります。
企業がマルチクラウドを選ぶ5つの理由

では、なぜ企業はあえて管理が複雑なマルチクラウドを採用するのでしょうか。主な理由を5つに整理します。
ベンダーロックインを避けたい
ベンダーロックインとは、特定のクラウドサービスに依存しすぎることで、他のサービスへ乗り換えることが難しくなる状態を指します。一度深く利用し始めると、そのベンダー独自の機能や仕組みに依存してしまい、移行コストが非常に高くなるためです。
マルチクラウドを採用することで、特定のベンダーへの依存度を下げ、価格交渉力を維持したり、より良いサービスに乗り換える余地を確保できます。発注者の立場からも、長期的なシステム運用において選択肢を持ち続けることは重要な観点です。
用途ごとに最適なサービスを使いたい
各クラウドサービスにはそれぞれ得意な領域があります。AWSはサービスの種類と実績の豊富さで市場シェアトップを誇り、Google CloudはAI・機械学習関連のサービスに強みがあります。Azureはマイクロソフト製品(Office 365、Windows Server等)との連携がスムーズです。
これらの強みを組み合わせることで、単一のクラウドだけでは実現しにくい構成を実現できます。ただし、本当に「組み合わせることで得られる価値があるか」をシステム開発会社に説明してもらうことが重要です。
障害時の事業継続性(BCP)を高めたい
特定のクラウドサービスに障害が発生した場合でも、もう一方のクラウドで業務を継続できる状態を作ることができます。2021年にAWSで大規模障害が発生した際には、AWS依存のサービスが広範囲で停止したことは記憶に新しいでしょう。
マルチクラウド構成は、こうした大規模障害時のリスク分散として有効です。ただし、複数クラウドにまたがるフェイルオーバー(自動切り替え)の仕組みを構築するには高い技術力と設計コストが必要で、単にクラウドを2つ契約すればよいわけではありません。
交渉力を維持してコストを下げたい
1社のクラウドにすべてを依存している場合、ベンダーに対する価格交渉力は弱くなります。複数のベンダーを利用することで、「他社に移行できる」という選択肢を持ち続けることが価格交渉の余地につながります。
また、同じ処理でも複数のクラウドで料金を比較し、安価な方を選ぶことで運用コストの最適化が可能です。ただし、この「コスト最適化」を実現するには、後述するマルチクラウド特有のコスト項目を把握した上で設計する必要があります。
データの保存場所に規制・要件がある(コンプライアンス)
金融業界・医療業界・公共機関のシステムでは、データの保存場所(データレジデンシー)に法規制や業界ルールが課されている場合があります。また、海外に拠点を持つ企業では、国ごとの規制(欧州のGDPR等)への対応が必要です。
こうした場合、1社のクラウドだけでは要件を満たせないケースがあり、複数のクラウドを活用することで適切な対応が取れることがあります。
マルチクラウドで発注者が知るべきコスト構造

マルチクラウドの最大の誤解のひとつが「コストが下がる」という期待です。確かにコスト最適化の余地はありますが、マルチクラウド特有のコスト項目が追加で発生するため、単純にシングルクラウドより安くなるとは限りません。発注者として理解しておくべき6つのコスト項目を整理します。
クラウド利用料(サービスごとの従量課金)
AWS・Azure・Google Cloudはいずれも使った分だけ支払う従量課金モデルを採用しています。マルチクラウドの場合、これが複数のベンダーから請求される形になります。それぞれの料金体系が異なるため、統合的なコスト把握には工夫が必要です。
データ転送費(エグレス料金)—マルチクラウド特有の落とし穴
最も見落とされがちなコスト項目が、エグレス料金(データ転送費)です。クラウドへデータを入れる(インバウンド)は基本的に無料ですが、クラウドからデータを外部に出す(アウトバウンド)や、クラウド間でデータを移動する際には課金が発生します。
マルチクラウド環境では、AWSからGoogle CloudへデータをコピーしたりAzureからAWSへデータを転送するたびに、この料金が発生します。扱うデータ量が大きいシステムでは、月間のデータ転送費が予想外に膨らむことがあります。
2024年には主要クラウドプロバイダーが他クラウドへの移行時のエグレス料金を無料化する方針を示しましたが、通常の運用中のクラウド間転送費は依然として発生します。システム設計の段階で、クラウド間のデータ転送量を最小化する設計になっているかを確認することが重要です。
管理・監視ツール費(複数クラウドを横断管理するための費用)
マルチクラウド環境では、複数のクラウドにまたがるリソースの利用状況・コスト・セキュリティを一元管理するためのツールが必要になります。
各クラウドが提供するコスト管理ツール(AWSはCost Explorer、AzureはCost Management等)は自社サービスの範囲しかカバーしないため、横断的な管理には専用のサードパーティツールが必要になることがあります。こうしたツールには月額費用が発生し、クラウドの利用規模が大きくなるほどコストも増加します。
構築・移行費(初期導入コスト)
マルチクラウド構成を実現するためには、シングルクラウドより高度な設計と構築作業が必要です。複数のクラウド間でネットワーク接続を確立する設計(VPN・専用線)、それぞれの認証・認可設定、監視・ログ収集の統合などが含まれます。
これらは初期の構築費として見積もりに反映されますが、想定外の複雑さが判明した際に追加費用が発生するケースもあります。複数クラウドにわたるシステムは技術的難易度が高いため、開発会社の経験値を確認することが重要です。
運用・保守費(人件費・教育費を含む)
マルチクラウド環境の運用には、複数のクラウドサービスを扱える技術者が必要です。AWS、Azure、Google Cloudはそれぞれ管理画面・CLI・API・セキュリティモデルが異なるため、一人のエンジニアがすべてを習熟するには相応の時間と教育投資が必要です。
外部のシステム開発会社に運用を委託する場合も、複数クラウドに対応できる体制を持つ会社の費用は、シングルクラウド専任の会社より高くなる傾向があります。
セキュリティ・コンプライアンス費
複数のクラウドにわたってセキュリティポリシーを統一するには、各クラウドに対応したセキュリティツールや監査体制が必要です。IDおよびアクセス管理(IAM)を複数のクラウドで統一管理するツール、セキュリティインシデントの横断的な監視基盤なども追加コストとなります。
マルチクラウドが向いている企業・向いていない企業

マルチクラウドは万能な解決策ではありません。自社の状況に合っているかを判断するための基準を整理します。
マルチクラウドが適している企業の条件
以下に当てはまる場合、マルチクラウドの採用を検討する価値があります。
システム規模と複雑さが十分である場合
複数のクラウドを管理する運用コストを正当化できるだけの規模感が必要です。月間のクラウド利用料が数十万円を超え、業務の複数領域でクラウドを活用している場合に、マルチクラウドのメリットが出やすくなります。
BCPへの要件が厳しい場合
「24時間365日絶対に止まってはいけない」というサービスや、金融・医療・インフラ系のシステムでは、可用性の担保が最優先事項です。こうした場合、マルチクラウドによるリスク分散は合理的な選択です。
用途ごとの最適化ニーズが明確な場合
「このシステムはAIを多用するためGoogle Cloudが適している」「既存のWindowsServer環境との連携があるためAzureが必要」という具体的な理由がある場合です。根拠のある使い分けでなければ、コストと複雑さが増すだけになります。
クラウドを扱える技術者がいる、または信頼できる開発会社に運用委託できる場合
マルチクラウド環境の設計・構築・運用には高い技術力が必要です。対応できる内製エンジニアがいるか、実績のある開発会社に委託できるかが前提条件です。
シングルクラウドで十分なケース
以下に当てはまる場合は、マルチクラウドを採用する必然性は低いことが多いです。
- クラウドの利用が基幹システム1〜2本に限定されており、規模が小さい
- 社内にクラウドに詳しい技術者がおらず、開発会社への依存度が高い
- コスト管理をシンプルに保ちたい、または管理リソースが限られている
- 特定の1つのクラウドですべての要件が満たせる
シングルクラウドであっても、複数リージョンへの分散配置や適切なバックアップ設計によって、十分な可用性を実現できるケースは多くあります。
中小企業にマルチクラウドを推奨された場合の注意点
中小企業に対してシステム開発会社がマルチクラウドを提案してくる場合、その理由を慎重に確認することが重要です。
開発会社にとってマルチクラウド構成は、複数クラウドの設計・構築・運用という技術的にチャレンジングな案件になりやすく、結果として開発費・保守費が高額になる傾向があります。「ベンダーロックイン回避のため」という説明が一般論として正しくても、小規模なシステムでは管理コストの増加がデメリットとして勝るケースがあります。
発注者として「なぜシングルクラウドでは要件を満たせないのか」という問いを、具体的な理由で説明してもらうことが大切です。
マルチクラウド導入時にシステム開発会社へ確認すべきポイント
ベンダーや開発会社からマルチクラウドを提案された場合に、発注者として確認すべき具体的なポイントを整理します。
採用理由の明確化(なぜその組み合わせか)
「なぜAWSとGoogle Cloudの組み合わせなのか」「シングルクラウドでは何の要件が満たせないのか」を具体的に説明してもらいましょう。「最新のトレンドだから」「将来の拡張性のため」といった曖昧な回答は要注意です。
自社の業務要件・システム要件に照らして、その組み合わせが必然である理由を確認することで、過剰な構成を避けられます。
コスト試算の内訳確認(隠れコストを引き出す質問)
見積もりに以下の項目が含まれているかを確認しましょう。
- 各クラウドの月間利用料の試算(従量課金の見積もり根拠)
- クラウド間のデータ転送費(エグレス料金)の試算
- 横断管理ツールの費用
- 運用・保守費(月次・年次)
- 将来的にシステム規模が拡大した場合のコスト変化
特に「初期費用は安いが、運用フェーズで費用が膨らむ」パターンが多いため、3〜5年の総費用(TCO)での比較を求めることをおすすめします。
運用・保守体制の確認
マルチクラウド環境の運用体制について確認すべき点は以下のとおりです。
- 複数クラウドに対応できるエンジニアが社内にいるか、外部に委託する場合は月額費用はいくらか
- 障害発生時の対応フロー(どちらのクラウドで何が起きたかをどう検知・対応するか)
- 月次のコスト報告の仕組み(予算超過の早期発見手段)
将来的なベンダー変更・見直しの柔軟性
「一方のクラウドを止めたい」「別のクラウドに切り替えたい」という将来の変更が必要になった場合の対応コストを事前に確認しておくことが大切です。
各クラウド固有の機能に深く依存した設計になっていると、移行コストが非常に高くなります。標準的な技術(コンテナ技術、Kubernetesなど)を活用した設計であれば、将来的なクラウド変更の柔軟性を確保しやすくなります。
まとめ
マルチクラウドとは、複数のクラウドサービスを組み合わせて利用する構成であり、ベンダーロックインの回避・最適なサービスの活用・BCP対応・コンプライアンス対応といった理由で採用されます。
しかし、「コストが下がる」という単純な話ではなく、エグレス料金・管理ツール費・高度な運用体制などマルチクラウド特有のコストが追加で発生します。シングルクラウドより管理が複雑になることも踏まえ、自社の規模・要件・体制に照らして本当に必要かどうかを判断することが重要です。
ベンダーや開発会社からマルチクラウドを提案された際は、「なぜその組み合わせが必要なのか」「どんなコストが発生するか」「運用はどうなるか」を具体的な数字・根拠とともに確認するようにしましょう。適切な構成選定が、長期的なシステム運用コストの最適化につながります。
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