システムのリリースが近づくと、開発会社から「保守契約を結んでほしい」と連絡が来ることがあります。でも、受け取った契約書を開いてみると、見慣れない法律用語が並んでいて、何を意味しているのかよく分からない——そんな経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
特に「準委任契約」と「請負契約」という言葉は、よく耳にするわりに違いが分かりにくく、どちらの形式で契約すればいいのか判断に迷います。その判断を誤ると、後から「思っていた作業がカバーされていなかった」「想定外の追加費用が発生した」というトラブルにつながることもあります。
システム保守契約は、開発費用より額は小さく見えても、5年・10年と続く長期契約になれば支払総額が開発費を超えることもある重要な契約です。正しく理解した上で締結することが、システムを長く安心して使い続けるための基礎になります。
本記事では、運用保守契約の2つの種類(準委任契約・請負契約)の違いと選択基準、そして契約書に記載すべき主要条項を発注者の視点から解説します。
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運用保守契約とは
「運用」と「保守」の違い
運用保守契約を理解するには、まず「運用」と「保守」の違いを押さえておきましょう。
システム運用とは、日々のシステムの稼働状態を維持・監視する業務です。サーバーの死活監視、バックアップ取得、定期的なパッチ適用、ユーザーからの問い合わせ対応などが含まれます。「現在の状態を維持する」ことが主な目的です。
システム保守とは、トラブル発生時の原因調査・修正や、機能改善・追加対応などを行う業務です。バグ修正やセキュリティ対応など、システムに何らかの変更を加える作業が中心です。
両者はセットで外部委託されることが多く、まとめて「運用保守」と呼ばれます。詳細な違いについてはシステムの保守と運用の違いとは?業務内容の違いを徹底解説もご覧ください。
開発完了後に保守契約が必要な理由
「開発完了で納品されたら、後はベンダーに無料で直してもらえるはず」と思っていると、後で大きな誤解に気づくことがあります。
開発契約(請負契約)には契約不適合責任という制度があり、納品物が仕様と異なる場合に修正や代金減額を請求できます。しかし、この権利は「発見から1年間」が基本であり、それ以降は適用されません(民法637条)。また、対応できる範囲も「仕様との不一致」に限られるため、運用中に明らかになった改善要望や外部環境の変化による修正はカバーされません。
長期にわたってシステムを安定稼働させ、必要な対応を確実に受けるためには、別途保守契約を締結することが欠かせません。
運用保守契約の2つの種類

システム保守契約には大きく2つの形態があります。準委任契約と請負契約です。実務では両者を組み合わせる「混合契約」の形をとることもありますが、どちらの性質が強いかを理解しておくことが大切です。
準委任契約とは
準委任契約は、民法第656条に基づく契約形態で、「法律行為以外の事実行為(事務処理)を委託する契約」です。
最大の特徴は、成果物の完成を保証しないという点です。受託者(ベンダー)は「善管注意義務(善良な管理者の注意をもって業務を処理する義務)」を負いますが、作業の実施そのものが対価の対象となり、「結果として問題が解決されること」を約束するものではありません。
準委任契約が向いているケース:
- 障害発生時の原因調査・応急対応
- ユーザーからの問い合わせ対応(ヘルプデスク)
- 定期的なサーバー監視・バックアップ運用
- 仕様が都度変わる可能性がある保守作業全般
準委任契約のメリット:
- 業務内容を柔軟に変更できる(発注者の指示で対応範囲を調整しやすい)
- 継続的なサービス提供に適している
- 収入印紙が不要なケースが多い(第7号文書として課税されないことがある)
準委任契約のデメリット:
- 「どこまでやってもらえるか」が曖昧になりやすい
- 作業の完了期限が厳格に定められないため、対応が遅れても免責されることがある
請負契約とは
請負契約は、民法第632条に基づく契約形態で、「仕事の完成を約束し、報酬を受け取る契約」です。
成果物の完成責任を負うことが最大の特徴で、約束した成果物に問題があれば修正義務(契約不適合責任)が生じます。
請負契約が向いているケース:
- 機能追加・改修など、明確な成果物が定義できる作業
- 「この画面を新たに作る」「この帳票を出力できるよう改修する」といった具体的な仕様がある対応
- 作業量が事前に見積もりやすいもの
請負契約のメリット:
- 成果物の品質・完成を約束してもらえる
- 対象と完了条件が明確なのでトラブルが起きにくい
請負契約のデメリット:
- 仕様変更に対応しにくい(追加費用が発生しやすい)
- 継続的な運用業務には不向き
どちらを選ぶかの判断基準
「監視・問い合わせ対応・障害復旧」といった継続的なサービス提供が中心であれば、準委任契約が適しています。一方、「機能改修や追加開発」など成果物の完成が求められる作業が含まれる場合は、請負契約または混合契約が向いています。
多くの場合、通常の保守運用は準委任契約とし、一定規模以上の改修対応は都度見積もりを取って別途請負契約を締結する形が実務的です。開発会社から提示された契約書に「準委任契約」と記載されていても、改修作業が含まれる場合はその作業の扱いを明確に確認しましょう。
運用保守契約書に記載すべき主な内容

どちらの契約形態であれ、保守契約書には以下の項目を具体的に定めることが重要です。項目が曖昧なまま締結すると、後からトラブルの原因になります。
保守対象の範囲
「何を保守するか」を明確に定める最も重要な項目です。対象となるシステム名・バージョン・モジュールを具体的に記載します。特に注意が必要な点として、以下を確認してください。
- バージョンアップ後の新バージョンが保守対象に含まれるか
- 連携している外部システム(APIや外部サービス)が保守対象か
- ハードウェアは対象に含まれるか(サーバー機器・ネットワーク機器など)
保守対象が曖昧だと、「そのシステムは対象外です」と後から言われても反論できません。
保守業務の具体的内容
「保守業務」の内容はベンダーとユーザーで認識が大きくズレやすい部分です。以下の対応が含まれるかどうかを確認しましょう。
- 含まれる業務の例: バグ修正・障害対応・問い合わせ対応・セキュリティパッチ適用・バックアップ
- 含まれない業務の例(別途費用の例): 機能追加・仕様変更・ドキュメント更新・第三者ソフトウェアへの対応
「含まれない業務」を明示することが特に重要です。曖昧にしておくと、ベンダー側は「対象外」と判断している作業についてユーザー側が「当然やってもらえる」と思い込むズレが生まれます。
対応時間・SLA
SLA(サービスレベルアグリーメント)とは、提供するサービスの品質を数値で定めた合意書です。保守契約では次の項目を数値で定めることが理想です。
- 対応受付時間: 平日9時〜18時、または24時間365日など
- 初報応答時間: 問い合わせ・障害連絡から最初の返答が来るまでの時間(例: 営業時間内2時間以内)
- 暫定対応時間: 障害発生から応急処置完了までの時間(例: 8時間以内)
- 恒久対応時間: 障害の根本原因を修正して対応完了までの時間(例: 5営業日以内)
- 稼働率: システムの稼働を保証する割合(例: 99.9%以上)
24時間365日対応は大幅なコスト増につながるため、システムの重要度と費用のバランスを見ながら設定しましょう。
費用・支払い方式
保守費用の形態には主に次の2種類があります。
- 月額定額制: 毎月一定額を支払う。対応量が少なくても費用が発生するが、予算管理しやすい
- 従量制(タイムアンドマテリアル): 実際に作業した時間や件数に応じて費用が発生する。利用が少なければ費用が抑えられる
また、定額の範囲を超えた作業が発生した場合の追加費用の計算方法(単価・計算根拠)も必ず明記してもらいましょう。「別途費用でご相談」のような記載だけでは後でトラブルになります。
なお、一般的な保守費用の相場についてはシステム保守費用の妥当性を見極める!相場と算出方法の完全ガイドでも解説しています。
契約期間・更新・解約条件
- 契約期間: 1年契約が一般的。期間終了後は自動更新か都度更新かを確認する
- 解約条件: 中途解約ができるか、できる場合は何ヶ月前に通知が必要か
- 価格改定: 次年度以降に費用が変わる場合の通知ルール
自動更新条項がある場合、更新拒否の通知期限を見落とすと不要な契約が継続してしまう可能性があります。
免責事項
ベンダー側が責任を負わないケースを明確にする条項です。以下のような内容が含まれていることが一般的です。
- ユーザー側の操作ミスや設定変更に起因するトラブル
- 第三者ソフトウェア(OSやフレームワーク)のバグに起因する問題
- 天災・停電など不可抗力による障害
免責事項は過度に広くなっていないかを確認しましょう。「いかなる損害についても責任を負わない」のような記載があれば、交渉の余地があります。
運用保守契約でよくあるトラブルと回避策

トラブル事例1: 保守範囲が曖昧で想定外の追加費用が発生
「機能追加は対象外です。追加費用が発生します」と言われて驚いた、というのはよくあるトラブルです。ユーザー側は「システムのことなら何でも対応してくれる」と思いがちですが、保守契約でカバーされるのは多くの場合「現状のシステムの維持・修正」に限られます。
回避策: 契約書に「含まれる業務」と「含まれない業務(別途費用が発生する業務)」を明示的に列挙してもらいましょう。
トラブル事例2: 改修作業の境界線が曖昧でトラブルに
「バグ修正」と「仕様変更」の境界線は実務的に曖昧になりやすい部分です。ユーザー側が「これはバグだから保守費用の中で直してほしい」と考えているのに、ベンダー側が「これは仕様追加なので別途費用が発生する」と判断するケースがあります。
回避策: 契約書に「バグの定義(仕様書との不一致)」と「仕様変更の定義」を明記し、判断が分かれた場合の協議プロセスを設けておきましょう。
契約締結前に確認すべきチェックリスト
保守契約書を受け取ったら、以下の項目が記載されているかを確認してください。
- 保守対象のシステム・バージョンが具体的に記載されているか
- 保守業務に「含まれる業務」と「含まれない業務」が明示されているか
- SLA(応答時間・解決時間・稼働率)が数値で定められているか
- 追加費用発生時の単価・計算方法が明記されているか
- 契約期間・更新方法・解約条件が定められているか
- 免責事項が過度に広くなっていないか
- 契約形態(準委任/請負)が明記されているか
これらが不明確な場合は、締結前にベンダー側への確認・交渉を行うことをお勧めします。
まとめ
運用保守契約の種類と記載内容について整理しました。
- 準委任契約: 継続的なサービス提供・柔軟な対応に向いている。成果物の完成保証はない
- 請負契約: 明確な成果物がある改修・開発に向いている。完成責任を負う
- 多くの保守契約では準委任契約がベースとなり、一定規模の改修は都度請負で対応する形が一般的
契約書に記載すべき主要条項は「保守対象の範囲」「業務の具体的内容」「SLA」「費用・支払い方式」「契約期間・解約条件」「免責事項」の6項目です。これらが曖昧なまま締結すると、後からのトラブルにつながります。
保守契約の内容を正しく理解してから締結することが、システムを長期にわたって安心して活用するための第一歩です。費用面の詳細についてはシステム保守費用の妥当性を見極める!相場と算出方法の完全ガイドも参考にしてください。



