フリーランスエンジニアとして継続案件で稼働している中、突然「来月で契約を終わりにしたい」と告げられた経験はないでしょうか。または、「いつ打ち切られるか分からない」という不安を抱えながら日々稼働していると感じる方も多いかもしれません。
2024年11月に施行された「フリーランス・事業者間取引適正化等法(フリーランス新法)」は、こうした一方的な契約打ち切りに対して、フリーランス側が法的に対抗できる仕組みを整えました。特に「契約解除予告」の条項は、6ヶ月以上継続している案件であれば、多くのフリーランスエンジニアが活用できる強力な権利です。
ただし、「フリーランス新法があることは知っている」という方でも、「実際に自分がどう動けばいいのか」という手順まで把握している方は多くありません。法律の条文を読んでも、具体的なステップが見えにくいのが現実です。
この記事では、突然の打ち切り通告を受けたときの初動から、交渉が難航した場合の救済手段まで、フリーランス自身が実際に動けるステップを順を追って解説します。また、将来の打ち切りリスクを下げる契約書のチェックポイントと、リスク分散の考え方もあわせてご紹介します。
※ 本記事は情報提供を目的としており、法的アドバイスではありません。個別の状況に応じた対応については、弁護士やフリーランス・トラブル110番(後述)にご相談されることをおすすめします。
フリーランス新法「契約解除予告」とは何か

フリーランス新法(正式名称:特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)は、2024年11月1日に施行された法律です(内閣官房)。この法律の中で、フリーランス側にとって特に重要な条項のひとつが「契約解除の事前予告義務」です。
なお、フリーランス新法の5つの主要な権利(書面交付・報酬支払期限・禁止事項・ハラスメント対策・育児介護配慮)を含む全体像については、フリーランス新法2026年版:5つの権利と実務チェックリストをあわせてご覧ください。本記事では「契約解除予告」に特化した行使手順を詳しく解説します。
対象となる「継続的業務委託」の条件
契約解除予告の条項が適用されるのは、6ヶ月以上の期間行う業務委託です。注意したいのは「6ヶ月以上の契約書を結んでいること」が条件ではなく、実態として6ヶ月以上継続して同じ案件・同じ発注者との取引が続いている場合に適用されるという点です。
月次更新型の案件でも、実態として6ヶ月以上継続している場合は対象になります。「1ヶ月ごとに更新しているから対象外」という判断は誤りで、継続的な取引実態があれば法律の保護を受けられます(公正取引委員会フリーランス法特設サイト)。
30日前予告の具体的な内容
法律では、発注者(特定業務委託事業者)が以下のような場合に、フリーランス(特定受託事業者)に対して少なくとも30日前までに予告することを義務づけています。
- 継続的業務委託を中途解除する場合
- 契約期間が満了した際に更新しない場合
口頭での予告は認められません。 書面の交付、FAXの送信、電子メール・SNSのDMなど、記録に残る方法で行う必要があります。口頭で「来月で終わりにしたい」と告げられた場合は、法律上の予告要件を満たしていないことになります。
予告期間の計算方法にも注意が必要です。例えば10月31日に契約を終了させたい場合は、10月1日までに予告をする必要があります(予告日から解除日の前日まで30日間確保)。
理由開示請求権
フリーランス新法では、契約解除の予告を受けた後、フリーランス側から解除理由の開示を求めることができます。発注者は遅滞なくその理由を書面等で開示する義務を負います。
これは「なぜ打ち切られるのか教えてほしい」という当然の疑問を法的な権利として明文化したものです。理由が不当・不透明であれば、それを根拠にした交渉や異議申し立てに活用できます。
即時解除が認められる例外事由
以下の場合は30日前予告の義務が免除され、即時解除が認められます。
- 災害その他やむを得ない事由により予告が困難な場合
- フリーランスが再委託しており、上流の発注者の契約解除により直ちに解除せざるを得ない場合
- 業務委託の期間が30日以下の短期間の場合
- フリーランス側の責めに帰すべき事由がある場合(契約違反・業務遂行能力の喪失等)
「フリーランス側の責めに帰すべき事由」については、正当な理由なく業務を放棄したり、契約上の義務に重大な違反がある場合などが該当します。通常通り稼働しているにもかかわらず突然打ち切りを通告された場合は、この例外事由には当たらないと考えられます。
突然の打ち切り通告を受けたらすぐやること

突然の打ち切り通告を受けたとき、動揺するのは当然です。しかし、初動の行動が後の交渉・救済手段の効果を大きく左右します。以下のステップで冷静に対処しましょう。
法律適用確認チェックリスト
まず、フリーランス新法の保護を受けられるかどうかを確認します。
- 同じ発注者・同じ案件で6ヶ月以上稼働しているか(月次更新の積み重ねでも可)
- 業務委託契約(準委任・請負)として稼働しているか(雇用契約は対象外)
- 発注者が事業者であるか(個人の依頼は対象外)
- 打ち切りを通告したのが発注者側か(フリーランス側が解除を申し出た場合は対象外)
すべてにチェックが入る場合、フリーランス新法の保護対象となり、30日前予告の権利を主張できます。
書面確認要求と理由開示請求の方法
打ち切り通告が口頭だった場合は、まず書面での確認を求めましょう。次に、理由開示請求権を行使して解除理由を書面で確認します。
以下は、理由開示を請求する際のメール文例です。状況に応じてアレンジしてお使いください。
件名: 業務委託契約の中途解除予告に関する確認(フリーランス新法第16条に基づく理由開示請求)
〇〇株式会社 〇〇様
お世話になっております。〇〇(氏名)です。
先日、〇月〇日付けで本件業務委託契約の終了についてご連絡をいただきました。
特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス新法)第16条に基づき、当該業務委託契約の中途解除(または不更新)の理由について、書面による開示をお願い申し上げます。
同法では、フリーランスから理由の開示を請求された場合、発注者は遅滞なく書面等で開示する義務があるとされています。
大変お手数をおかけしますが、〇月〇日までにご回答いただけますと幸いです。
何卒よろしくお願いいたします。
〇〇(氏名) 連絡先: 〇〇
このメールを送ることで2つの効果が生まれます。ひとつは発注者に「フリーランス新法を認識していること」を明確に伝えること、もうひとつは理由を書面で確認することで、後の交渉・申出の根拠となる証拠を確保することです。
交渉の進め方
理由開示を受けた後、交渉の選択肢は大きく2つあります。
選択肢1: 打ち切り撤回の交渉 解除理由が「業務上の課題」によるものであれば、改善策を提案して継続交渉ができます。「何が課題なのかを明確にしていただき、改善の機会をいただけないか」という姿勢で臨みましょう。
選択肢2: 損害賠償・補償の交渉 撤回が難しい場合でも、「30日前予告義務」が守られていなければ、予告期間に相当する報酬の補償を求めることができます。例えば月額50万円の案件で20日後に打ち切られた場合、残り10日分に相当する補償の請求は法的根拠のある主張となります。
いずれの場合も、やりとりはメールや文書で行い、記録を保存することが重要です。電話で合意が得られた場合も、その内容を書面(メール)で確認しましょう。
交渉で解決しない場合の救済手段
交渉が難航した場合や、発注者が法律違反を認めない場合には、以下の救済手段があります。
フリーランス・トラブル110番の活用
フリーランス・トラブル110番(厚生労働省委託事業)は、フリーランスが業務上のトラブルについて弁護士に無料で相談できる窓口です(電話・メール対応)。
- 電話: 0120-532-110(無料)
- 対応時間: 平日9:00〜17:00(土曜9:00〜17:00)
「申出まで踏み切れるか分からない」「まず状況を整理したい」という段階でも活用できます。相談した内容が発注者に知らされることはありません。
厚生労働大臣への申出(第17条)
フリーランス新法に違反する行為があった場合、フリーランス側は厚生労働大臣(実際は都道府県労働局)に対して申出を行い、適切な措置を求めることができます(同法第17条)。
申出の手順:
- 申出書を都道府県労働局(雇用環境・均等室)に提出する
- 労働局が発注者に対して調査を実施する
- 違反事実が認められた場合、指導・是正勧告・公表等の措置が行われる
重要なポイント: 申出をしたことを理由に発注者が不利益な取り扱い(報復的な契約拒絶等)を行うことは法律で禁止されています。「申出したら今後の仕事がなくなる」という不安を持つ方もいますが、報復措置自体が違法行為となることを知っておいてください。
申出の対象となる主な違反行為には、30日前予告の未履行、理由開示の拒否、申出を理由とした報復などが含まれます。
ADR(裁判外紛争解決)と民事訴訟
報酬の未払いや損害賠償請求が必要な場合は、以下の選択肢があります。
ADR(裁判外紛争解決): 弁護士や公認会計士などの専門家が間に入り、当事者間の合意形成を支援する手続きです。裁判と比べて費用・時間のコストが低く、フリーランス協会などがADR窓口を提供しています。
民事訴訟(損害賠償請求): 30日前予告なしの即時解除で損害が生じた場合、民事上の損害賠償請求ができます。金額が大きい場合や交渉の余地がない場合に検討します。少額訴訟(60万円以下)であれば弁護士なしで手続きできます。
契約打ち切りを予防する契約書チェックポイント

次の案件を受注する際、あるいは現在稼働中の案件で契約書を見直す機会があれば、以下の5項目を確認しましょう。
契約書で確認すべき5項目チェックリスト
チェック1: 契約期間が明記されているか 「期間の定めなし」や曖昧な表記では、6ヶ月の起算点が不明確になります。「〇年〇月〇日から〇年〇月〇日まで(以降1ヶ月ごとに自動更新)」のように明記されているか確認しましょう。
チェック2: 解除予告期間の条文化 フリーランス新法の30日前予告が契約書に明記されているか確認します。「一方が本契約を解除する場合は、少なくとも30日前に書面で通知するものとする」のような条項があると、法律の要件が契約上も明確になります。
チェック3: 理由開示条項の有無 「解除の理由を書面で開示する」旨が明記されていると、口頭での曖昧な説明を防げます。
チェック4: 自動更新条項の確認 月次自動更新型の契約では、「更新しない場合は〇日前に通知する」という条項が含まれているか確認します。この条項があると、更新拒絶のケースでも事前通知が契約上の義務となります。
チェック5: 支払い条件の明確化 報酬の支払いサイト(請求から入金までの期間)が60日以内になっているか確認します。フリーランス新法では、フリーランスへの報酬支払いを納品から60日以内とすることが義務づけられています。
発注者の姿勢の見極め方
契約書の内容だけでなく、発注者の姿勢も重要なシグナルです。以下に当てはまる発注者は、後々トラブルになりやすい傾向があります。
- 「契約書は必要ない」「口頭で大丈夫」と言う
- 業務範囲や納品条件が曖昧なまま稼働させようとする
- 「いつでも終わりにできる」という発言がある
- 前任のフリーランスを突然切り替えた実績がある
こうしたシグナルに気づいたら、契約書の整備を求めるか、他の案件の確保を並行して進めることが賢明です。
複業スタイルで契約打ち切りリスクを分散する

フリーランス新法による権利行使は重要な対抗手段ですが、根本的なリスクとして「単一案件依存」の問題があります。収入の大部分を1社・1案件に依存している状態では、どれだけ法律を知っていても打ち切りのダメージは大きくなります。
複数案件同時稼働の考え方
週40時間稼働を前提とした場合、「本命案件30時間+複業案件10時間」のような配分で稼働することで、以下のメリットが生まれます。
- 収入の分散: 1社からの打ち切りが即収入ゼロにならない
- 市場感覚の維持: 複数のクライアントと接することで、相場・技術トレンドを常にアップデートできる
- 次の案件確保の余裕: メイン案件が終了しても、複業案件を足がかりに次を探せる
「複業で他のクライアントを持つことをメインクライアントに言わなくてよいか?」という疑問をお持ちの方もいると思います。業務委託契約では、競業避止義務が定められていない限り、複数クライアントとの契約は原則として問題ありません。ただし、契約書に専属条項や競業避止条項が含まれている場合は確認が必要です。
複業案件の探し方
エンジニアとして複業案件を探す主な方法として、週10〜20時間の短時間稼働に対応した業務委託プラットフォームや、エージェント経由での案件紹介があります。スキルセット(フロントエンド・バックエンド・インフラ等)に合った案件を選び、段階的に複業スタイルを確立していくことが、長期的な収入安定化につながります。
まとめ
フリーランス新法の契約解除予告条項は、6ヶ月以上継続している案件において、突然の打ち切りに対抗するための重要な権利です。法律の存在を知っているだけでなく、実際に行使できる手順を把握しておくことで、いざというときに冷静に動けます。
本記事で解説した主なポイントをまとめます。
- 6ヶ月以上の継続案件であれば、月次更新型でもフリーランス新法の保護対象となります
- 口頭の打ち切り通告は30日前予告の要件を満たしていません。書面での確認と理由開示請求が初動の第一歩です
- 理由開示請求権を行使することで、不当な解除への根拠ある異議申し立てが可能になります
- 交渉が難航した場合は、フリーランス・トラブル110番(無料) への相談や、厚生労働大臣への申出制度を活用できます
- 申出をしたことを理由とした報復措置は法律で禁止されています
- 将来のリスクに備えるには、契約書チェックと複業スタイルによるリスク分散が効果的です
フリーランスエンジニアとして長く安定して稼働していくためには、自分の権利を正しく把握し、必要なときに行使できる準備をしておくことが不可欠です。本記事が、突然の打ち切り通告に直面しても冷静に対処するための参考になれば幸いです。



