SES契約でシステム開発を進めていると、こんな場面が日常的に起きていないでしょうか。「Slackで担当エンジニアに『今週はA機能を優先してください』と送った」「MTGでエンジニアに直接『この実装方法でお願いします』と伝えた」「エンジニアの勤怠が遅れたとき、直接連絡してしまった」。
どれも業務を進める上では自然な行動に見えます。しかし、SES契約(準委任契約)においてこれらの行動は、偽装請負と判断されるリスクを持つNG行動に当たる可能性があります。
偽装請負は「ベンダー側が罰せられる問題」と思われがちです。しかし実際には、発注者側も無視できないリスクを直接負います。2015年に施行された「労働契約申込みなし制度」により、偽装請負が発覚した場合、発注者は当該エンジニアとの雇用関係を成立させるよう義務づけられるケースがあります。
本記事では、発注者(クライアント企業のPM・事業部長)の視点に立ち、偽装請負の具体的な判断基準、日常業務でよくあるNG行動のパターン、適法な指示の出し方、そして体制整備のためのチェックリストを解説します。
フリーランス新法対応 業務委託発注の法律・契約リスク点検ガイド

この資料でわかること
業務委託でエンジニアに発注する企業担当者・法務担当者が、2024年11月に施行された「フリーランス新法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)」への対応を含め、業務委託契約に関する法律・契約実務を体系的に把握し、自社のコンプライアンス体制を整備できる状態にする。
こんな方におすすめです
- フリーランス新法への対応状況を社内で点検したい企業担当者
- 業務委託契約書・NDAの記載事項を確認したい法務担当者
- 偽装請負リスクを把握し指揮命令の境界線を整理したい開発マネージャー
入力いただいたメールアドレスにPDFをお送りします。
SES契約で発注者が負うリスクとは

SES契約における偽装請負リスクは、ベンダー側(SES会社)だけの問題ではありません。発注者側にも直接的なペナルティが生じる仕組みがあります。
ベンダー側が受けるリスク
偽装請負と判断された場合、SES会社(ベンダー)側には労働者派遣法違反として、1年以下の懲役または100万円以下の罰金(職業安定法第44条、労働者派遣法に基づく行政処分)が課される可能性があります(厚生労働省 37号告示関連)。
また、厚生労働省による企業名の公表(改善勧告・命令に従わない場合)という行政制裁も存在します。
発注者側が受けるリスク——労働契約申込みなし制度
ベンダー側のリスクと比べると見落とされがちですが、発注者側も重大なリスクを負います。
2015年の労働者派遣法改正で施行された「労働契約申込みなし制度」(派遣法第40条の6)により、発注者が違法な偽装請負を行っていた場合、その発注者は当該エンジニア(労働者)に対して直接雇用の申込みをしたものとみなされます。
エンジニア側が承諾すれば、発注者との間で雇用契約が成立します。意図せず正社員・契約社員を受け入れなければならない状況になり、急なコスト増加や労務管理負担が生じます。
さらに、この制度は「故意に」偽装請負を行っていたと判断されると適用される(違法派遣の受け入れが故意であること)点に注意が必要です。日常的に直接指示を継続していた場合、故意が推認されるリスクがあります(TMI総合法律事務所)。
偽装請負と判断される具体的な基準
37号告示の2つの基準(管理独立性・事業処理独立性)
偽装請負かどうかの判断基準は、昭和61年の「37号告示」(労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準)に示されています。
37号告示では、適法な業務委託(請負・準委任)として認められるためには、受注者(SES会社)が以下の2軸をすべて満たしていることが必要とされています。
第1軸:管理独立性——受注者が自ら管理を行うこと
- SES会社が、エンジニアへの業務遂行方法に関する指示を自ら行っている
- SES会社が、エンジニアの労働時間・休暇・欠勤を自ら管理している
- SES会社が、エンジニアに対する企業秩序(服務規律等)の維持・確保を自ら行っている
第2軸:事業処理独立性——受注者が独立した事業者として業務を処理すること
- SES会社が、業務遂行に必要な資金を自ら調達・支弁している
- SES会社が、単に労働力を提供するだけでなく、専門的な技術・経験の提供によって業務を行っている
これらの管理が発注者側(あなたの会社)に移っている実態があれば、形式上「SES(準委任)契約」であっても、実態は「労働者派遣」と判断される可能性があります。
「契約書に書いてあれば安全」は誤解——実態主義の判断
「うちは契約書に『発注者は直接指示しない』と明記してあるから大丈夫」と考えている発注者も多いですが、これは誤解です。
偽装請負の判断は、契約書の文言ではなく実態で行われます。調査・判断の際に参照されるのは、次のような「証拠」です。
- Slackや社内チャットのやりとり履歴
- メール・議事録における業務指示の内容
- 勤怠管理システムへのアクセス権限・承認履歴
- 組織図・体制図における指示系統の記載
- MTGやデイリースクラムでの発言内容
「契約書には書いてあるが、Slackでは毎日直接タスク指示をしている」という状況は、実態として偽装請負とみなされる可能性があります。「書いてある」と「やっていない」の両方が必要です。
現場でよくある偽装請負のNG行動10パターン

発注者が無意識に行いがちなNG行動を、現場のシーンごとに整理します。
作業指示系のNG(Slackでの直接タスク指示・MTGでの実装方法指示)
NG1: Slackで優先順位を直接指示する
「明日はB機能の実装を優先してください」「今週中にCのバグ修正を終わらせてください」といった、具体的なタスクの優先順位や締切を直接エンジニアに指示するのはNGです。これは「業務遂行方法に関する指示」に当たります。
NG2: MTGで実装方法・技術的アプローチを直接指定する
「この部分はNext.jsのServer Actionsで実装してください」「DBはこのスキーマ設計にしてください」といった技術的な判断を、発注者側が直接エンジニアに指示するのはリスクがあります。仕様・要件の伝達はOKですが、「どう実装するか」の判断を発注者が指示することは、業務遂行方法の管理に踏み込む可能性があります。
NG3: 日次タスク管理ツール(Backlog・Jira等)で直接タスクをアサインする
タスク管理ツール上でエンジニアに直接タスクをアサインし、担当者・期日を指定するのも注意が必要です。あくまでSES会社の責任者(PM)経由でアサインする体制が望ましいです。
NG4: コードレビューで「修正してください」と作業を直接依頼する
技術的なコードレビュー自体は「技術的アドバイス」として許容される範囲ですが、「このメソッドを修正してください」「このテストを追加してください」と作業内容を指定するのは、業務指示になるリスクがあります。
勤怠・労務管理系のNG(出退勤管理・残業指示・休暇承認)
NG5: エンジニアの出退勤を直接把握・管理する
社内の勤怠システムにSESエンジニアを登録し、発注者側が直接打刻管理・承認を行うのはNGです。勤怠管理は本来SES会社が行うものです。
NG6: 「今日は残業してください」と直接指示する
締切が迫っているとき、エンジニアに直接「今夜残業をお願いします」と伝えるのは、労働時間の管理(延長指示)に当たります。
NG7: 休暇・欠勤の連絡を直接受ける体制にしている
「明日休みます」という連絡をエンジニアから直接受け、発注者が承認・管理している場合も注意が必要です。休暇承認の権限はSES会社にあります。
人材管理・選定系のNG(特定エンジニアの名指し継続・面談での選別)
NG8: 特定のエンジニアを名指しで継続契約を要求する
「Aさんだけ継続してほしい、Bさんは交代してほしい」という個人指定での人選要求は、エンジニアの配置・管理がSES会社から発注者側に移っているとみなされるリスクがあります。
NG9: SES会社経由でない個人的なやりとりで業務を依頼する
SES会社のPM(責任者)を介さず、エンジニアに直接連絡して業務上の依頼をすることは、指揮命令の実態を生み出します。
NG10: 事前面談で「この技術ができる人を指名」する要求を繰り返す
契約前の事前面談自体は慣習的に行われていますが、「この人でないと契約しない」という特定個人の選別を反復的に行うことは、人材管理の実態を生じさせる可能性があります。
適法な指示の出し方——SES会社PMを介した実務フロー

NG行動のパターンが分かったとしても、「では実際にどう指示を出せばよいのか」が分からなければ現場は動きません。
3層指示フロー(発注者→SES責任者→エンジニア)の基本構造
適法な運用の基本は、発注者とエンジニアの間に必ずSES会社の責任者(PM・マネージャー)を介在させることです。
発注者(あなた)
↓ 要件・目標・優先度を伝える
SES会社の責任者(PM)
↓ 業務指示・タスク割り当て・勤怠管理
エンジニア
この3層構造を維持することが、偽装請負を回避するための最も基本的な運用です。
「要件説明」と「作業指示」の境界線——セーフとNGの判断基準
実務上、発注者がエンジニアに直接話しかけることがゼロになるわけではありません。「どこまでがセーフか」の判断基準を整理します。
セーフなコミュニケーション(要件・目標の伝達)
シーン | セーフな例 |
|---|---|
仕様確認 | 「このフォームからどんなデータが送信されるか確認させてください」(情報確認) |
要件説明 | 「来月のリリースまでにこの機能が必要な理由はこういう事業背景があります」(背景・目的の共有) |
技術的なすり合わせ | 「この仕様でシステム的に問題がないか確認させてください」(事実確認・協議) |
質疑応答 | 「実装上不明な点があれば直接聞いてください」(情報共有の促進) |
NGなコミュニケーション(作業内容・方法の指示)
シーン | NGな例 |
|---|---|
タスク割り当て | 「今日はこのチケットを担当してください」(作業の割り当て) |
優先順位の決定 | 「B機能よりA機能を先に進めてください」(業務遂行順序の指示) |
技術的手法の指定 | 「この部分はこの実装方法でやってください」(方法の指定) |
時間管理 | 「今週中に終わらせてください」「残業してください」(労働時間の管理) |
グレーゾーンの判断基準
「今日の進捗どうですか?」という声かけは、それ自体は情報確認ですが、継続的・日常的に行われると勤怠管理や作業管理の実態を生み出します。コミュニケーションの「内容」だけでなく「頻度・継続性・対象」も重要な判断要素です。
チャット・メールでの具体的な書き方例
NG → OK の置き換え例
NG(直接指示) | OK(責任者経由・要件伝達) |
|---|---|
「(エンジニアへ)今日はAタスクを優先してください」 | 「(SES責任者へ)今週はAタスクを優先してほしいです。エンジニアの方への指示よろしくお願いします」 |
「(エンジニアへ)この実装方法でやってください」 | 「(SES責任者へ)仕様上こういう動作が必要です。実装方法はそちらにお任せします」 |
「(エンジニアへ)明日残業をお願いします」 | 「(SES責任者へ)リリース日が迫っており、進捗が厳しい状況です。対応可能かご確認ください」 |
このように、「誰に」「何を伝えるか」を意識するだけで、偽装請負リスクを大幅に下げることができます。
現場運用を守るための体制整備チェックリスト
「指示の出し方を気をつける」だけでは、日常業務の流れの中で元に戻ってしまうことがあります。組織としての体制整備が、継続的なリスク管理には欠かせません。
契約書・SOW(作業範囲定義書)レベルの確認項目
- 契約書に「発注者はSES会社の責任者を通じて業務上の連絡を行う」と明記されているか
- SOW(作業範囲定義書)が具体的に記載されており、作業の指揮はSES会社が行うことが明確か
- 勤怠管理・休暇承認の権限がSES会社側にあることが契約書に記載されているか
- SES会社側の「責任者(PM・管理者)」が誰であるかが契約書に明記されているか
現場コミュニケーション運用の確認項目
- 日常的なタスク割り当て・優先順位の指示は、必ずSES会社の責任者経由で行っているか
- SESエンジニアへの直接連絡(Slack DM・メール)は、情報共有・仕様確認の範囲にとどまっているか
- チームのMTG(スプリントプランニング・デイリースクラム等)の議事録に、発注者がエンジニアに直接業務指示をした記録がないか
- SESエンジニアの勤怠管理(打刻・休暇承認)を発注者側が行っていないか
- タスク管理ツール(Backlog・Jira等)でのタスクアサインはSES会社の責任者が行っているか
問題発覚時の是正ステップ
もし現在の運用がNG状態であると気づいた場合、以下のステップで早期に是正することが重要です。
ステップ1: 現状の記録を整理する
直近のSlackログ・メール・議事録を確認し、どのような直接指示が行われていたかを把握します。
ステップ2: SES会社に現状を相談する
SES会社の担当営業・責任者に「現在の運用を適法な体制に整備したい」と相談します。SES会社側も同様のリスクを負っているため、協力的に対応してもらえる場合がほとんどです。
ステップ3: 指示系統のルールを明文化する
「発注者はSES会社の責任者経由で連絡する」というルールを社内の運用マニュアルやSlackチャンネルのガイドラインとして明文化します。
ステップ4: チームへの周知と定期確認
プロジェクトメンバー(特に発注者側のPMや社内エンジニア)に向けて、適法な運用を説明・周知します。定期的なチェック(月次・四半期ごと)を設けて継続的に運用を確認します。
SES活用と偽装請負リスク——発注者が押さえるべきポイントまとめ
本記事の内容を整理します。
今日から変えるべきNG行動
- エンジニアへのタスク割り当て・優先順位の直接指示(Slack・MTG)
- エンジニアへの残業・勤怠の直接管理
- SES会社責任者を介さないエンジニアへの業務依頼
適法な指示の出し方の原則
- 業務上の連絡は必ずSES会社の責任者経由で行う
- 発注者がエンジニアに直接伝えてよいのは「仕様・要件の説明」「事実確認」の範囲
- 「何を実装するか(仕様)」はOK、「どう実装するか・いつまでに(指示)」はNG
体制整備の第一歩
SES会社の担当者と「適法な指示フロー」を合意し、チーム内のルールとして明文化することが最も効果的な第一歩です。
偽装請負リスクは、「知らなかった」では済まない問題です。しかし、判断基準と適法な運用方法を理解すれば、SES契約の柔軟性を活かしながらリスクを適切にコントロールすることができます。SES契約を長期的・継続的に活用していくために、今回のチェックリストを参考に現場運用を見直してみてください。
SES契約の種類や他の調達方法との比較については、SES・派遣・業務委託の違いとは?発注者が知るべき調達方法の選び方も合わせてご覧ください。
フリーランス新法対応 業務委託発注の法律・契約リスク点検ガイド

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